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王都

「うわ〜、凄い立派ね」

 目の前には高い塀が聳え立ち、どこまでも続くその塀の先は見えないほどだ。

 

「長旅お疲れ様でした。魔女リリー様、ようこそ王都へ」

 ディランさんはわざとらしく、恭しく頭を下げる。

「似合わないわよ、ディランさん」

 そう言えば「ははは」と軽く笑われる。一ヶ月にも及ぶ長旅で、私達は大分砕けた気安い関係へと変化していた。


「これから王都へ入るに手続きがあるんだからふざけてる場合じゃないだろう。ディラン、さっさと行くぞ」

 クラウスさんはディランさんを連れ、門の方へと向かって行く。目の前の大門には長い列が出来ていて、みんな王都へ入るための手続き待ちの人だった。私達もその列の一番後ろへと並んだが、幌馬車に何人もの子供を乗せているので、かなり浮いた存在だった。


「やっぱり目立つわね」

「仕方ないわよ、誰が見ても妙な組み合わせだもの。騎士と亜人と子供達の組み合わせなんて、そうそう見ないじゃない?」

 アニーさんと二人で話をしていると、フレッドさんが声をかけてきた。フレッドさんとの関係も、長い期間一緒にいたおかげでかなり親しくなり、呼び方もフレドリックさんからフレッドさんへと変化していた。

「リリー、隊長達戻ってきたよ」


 大門を見ると、ディランさんとクラウスさんがこちらに向かって来ていた。そしてその後ろには見たことのない騎士の方が。

「あれは第一騎士隊の者だ。第一騎士隊は王城を含め、主に王都の守りを固めているエリート集団だ」

 ガウルさんは私が聞く前に、騎士の説明をしてくれる。

「確か、クラウスさんとフレッドさんの古巣よね?」

 ガウルさんは頷く。

「中にはごく少数だが、プライドの高い、エリートを鼻にかけて威張り散らす奴もいる。気を付けろよ」

 なるほどね。ガウルさんはいつもこうやって先回りして色んな情報を私に与えてくれる。おかげで前もって身の振り方を考えておけるのはとても助かる。


「この者達ですか」

「ああ。任務の途中で救出した子供達だ。これから調査になるだろう」

「分かりました。それで、そちらの女性は?」

 幌馬車の中を覗いていた騎士は次に私を見た。

「彼女は私達の友人だ。子供達の救出に大きく手を貸してくれた。彼女の身分は私が責任を持って保証しよう」

 クラウスさんはそう言って説明する。


「そうでしたか。それでは貴女にも事情聴取が入ると思いますので、子供達と一緒に詰所までお越し下さい」

 騎士はそう言って私達を別の入り口へと招いた。

「クラウスさん、私が魔女だって事、黙ってた方がいい?」

「いや、どの道すぐバレるだろう。王都にもハーブの魔女の噂は届いているからな」

「そっか、子供達も魔女様って呼んでるしね」


 それから私達は騎士の方に案内され、大門から少し離れた騎士隊専用の通用口から王都へと入った。

 通用口を通った先には、騎士達の詰所があり、私達はそこで待たされる事となった。

「リリー、すまないが私達は王太子殿下への帰還報告がある。しばらくの間ここを離れるが、すぐに戻ってくるからここの詰所で待っていてくれ。恐らく、その間に騎士からの質問が続くと思う。規則だから仕方がないが、答えにくい質問は答えなくていいから、しばらく付き合ってやってくれ。何かあればアニー、ガウル、フレドリックに言うんだぞ。三人はリリーに付いていてもらうからね」

「分かりました。これも騎士様達のお仕事ですもんね。規則なら大人しく従いますよ」

「もし、リリーに対して威圧的だったり尊大な態度を取ったりしたら、すぐに三人に言うんだぞ」

 クラウスさんは私にそう言いながら、詰所にいる騎士様達に視線を送っている。

「ふふふっ。もう、心配し過ぎよ。騎士様もお仕事なんだからそんな目で見ちゃダメよ。ほら、ディランさんが待ってるわ、早く行ってあげないと……」

 私がそう促すと、クラウスさんは渋々と言った様子で、ディランさんと共に去って行った。


「おい、見たか……」

「あ、あぁ。あれ、本当に特務の隊長か⁉︎」

「だよな‼︎ そう思ったよな‼︎」

 どうやらクラウスさんの話題で盛り上がっているようだ。コソコソと噂話をするかのように語り合っている。若い騎士達はクラウスさんの去って行った方向を見た後、私の方をジロジロと見ている。

「あの冷血紳士の特務隊長がね……」

「そう言えば、だいぶ前に噂があったよな。冷血紳士が遂に女神を見つけたって……」

「あぁ……そう言えばそんな噂あったな。もしかして、それがあの子か?」

「…………普通じゃね?」

「あぁ。普通だな」

「あれのどこがいいんだ……」


 若い騎士達は私を値踏みするかのように眺めている。その視線からは蔑みも見て取れる。

 どうもすみませんね、普通で。それに、何なの【冷血紳士】って。クラウスさんのどこが冷血よ? 言いたい放題言っちゃって……

 騎士達の囁きは、こちらまで丸聞こえで、まるでわざとこちらに聞かせているかのようにも思える。

 思わずムッと顔を顰めると、アニーさん、ガウルさん、フレッドさんが前に出た。


「貴方達、わざとやってる?」

「この方は我らの友人であり、王太子殿下のお客人でもある。その方に対して何と言う態度だ」

「王族の客人に対する態度とは思えないね。俺、知ーらない」

 

 三人がそう騎士達に言い放ち、冷たい視線を送る。すると、辺りはすぐに騒めき立つ。

「王太子殿下の客人⁉︎ そんな事書いてないぞ」

「なぜそれを早く言わないんだ!」

「お、おい、まずくないか……⁉︎」

 騎士達が騒いでいると、誰かが人をかき分けて近づいてきた。


ーーガン‼︎ ガン‼︎ ガン‼︎

 その人物は目の前の若い騎士達の頭頂部に思いっきり拳を振り落とした。

「いっ‼︎」

「あだっ‼︎」

「ーーーー‼︎」

 突然の出来事に、私は目を瞬かせ、騎士達の後ろに立つ大柄な男性に目をやる。男性は四十台と思しき貫禄のあるイケオジだった。側頭部から伸びる白髪が余計に貫禄を増している。


「お前ら、クラウスの客に随分と好き放題言ってるじゃねぇか」

 声の主に、騎士達はビクリと肩を弾ませた。未だ振るわれた拳の威力に頭を抑え悶える騎士達は、恐る恐る振り返る。

「た、隊長……!」

「なぜ詰所なんかに⁉︎」


 隊長と呼ばれた男性は、こめかみに青筋を立てご立腹の様だ。

「なぜ⁉︎ そんなに聞きたいか……なら教えてやろう! クラウスからの先触れで本日、王太子殿下の客人が王都に到着すると知らされたから迎えにきたに決まってるであろう‼︎ 今朝の朝礼で伝えただろうが‼︎ 我が隊の隊員は丁重にもてなしているだろうと思い、覗いてみれば……何と嘆かわしいことか‼︎ とても客人に対する、いや! 女性に対する対応とは思えぬお前らの言動‼︎ 騎士道精神がまるでなってない‼︎ お前もそう思わんか、リーヴェス?」

「…………シゴキ直しですね。特別に私が一から叩き直して差し上げましょう」

 リーヴェスと呼ばれた男性は黒い笑みを騎士達に向ける。美しい顔立ちから放たれる黒い笑みは迫力満点。騎士達は顔面蒼白、ガタガタと震え上がっている。

「おぉ! そうか! いや〜お前ら良かったな! リーヴェスの特別訓練なんて滅多に受けられるものじゃないぞ。お前達は運がいい、思う存分楽しんでこい!」

 

 隊長さんがそう言うと、リーヴェスさんは騎士達を引き連れ……もとい、引きずり去って行った。騎士達の表情は、これからまるで地獄に行くかの様な絶望が見て取れた……。

「相変わらずですね、フェルンバッハ隊長殿」

「おぉ、フレドリック。よく無事に戻った。どうだ、懐かしいだろう、お前もリーヴェスの特別訓練受けていくか? お前もよくああやって引きずられてたなぁ」

 フレドリックさん……

「や、やめて下さいよ! ほら、リリーが変な目で見てるじゃないですか! リリー、俺いくら若い時とは言えあんな酷くなかったからね!」

 あまりに必死に言い訳をするフレドリックさんを見て、思わずプッと笑いが溢れてしまう。


「フレドリックさん、随分とヤンチャだった様ね。特別訓練、楽しかった?」

 揶揄う様に話をすれば、フレドリックさんはぶんぶんと顔を横に振った。

「もう、二度と思い出したくない記憶だよ……」

「特別訓練、効果絶大みたいね!」

 アニーさんもガウルさんもその頃のフレッドさんを知っているのだろう、顔を見合わせて笑い合っている。

 

 そうだ、隊長さんにご挨拶しないと。


「ご挨拶が遅くなりました、リリーと申します。ブローディアよりさらに西の森からやって参りました。一部世間では【魔女】と呼ばれております、お見知り置きください」

 私は名乗った後、軽くカーテシーでご挨拶をした。

「私はアズレア王国騎士団、第一騎士隊隊長ウドルフ・フェルンバッハだ。聞いているかもしれないが、クラウスもフレドリックも、元第一騎士団で俺の部下だった。二人が世話になったそうだな、礼をさせてくれ。二人を救ってくれた事、特にクラウスの命を救ってくれた事は感謝しきれないほどだ、ありがとう」

 隊長さんは先程鉄拳を奮っていた人物とは思えないほど顔を緩ませ、私に礼を言った。


「そんな! 怪我した人を助けるのは当たり前じゃないですか。それに、命を救ったなんて大袈裟ですよ」

「いや、クラウスに傷痕を見せてもらったが、あのまま放っておけばあの傷では死に至っていただろう。そうやって命を落としていった者達は少なくはない」

 確かに大怪我はしていたが、命を落とす程ではないと思っていた。だが、医療が発展した元の世界とは違い、この国では大怪我を負えば死に至るらしい。

「私の方がクラウスさんにお世話になってばかりですから……今回だって、本当ならもっと早くに王都に来ることが出来たのに、私の事情のせいでこんなにも遅くなってしまったんですから」

 

 隊長さんとそんな話をしていると、馬車の方から「魔女様〜」と子供達の声が聞こえてきた。どうやら飽きてしまったらしい。子供達はリリアナとジャンクに「しーっ」「お利口にしてないとダメよ」と宥められている。何人かは既に幌馬車から身を乗り出して、辺りをキョロキョロと見回していた。

「おお、その子らが例の?」

 子供達の事も、既に報告を受けていたのだろう。訳知り顔で子供達を眺めるフェルンバッハ隊長さん。

「ええ。どうかこの子達の帰る場所を探してもらえないでしょうか? ここに来る間、子供達から出身地などの情報を聞いておいたので、こちらに纏めておきました。お役に立てるかどうか分かりませんが、どうか子供達を助けてあげて下さい」

 私は十五人分のメモを渡し、頭を下げた。


「こらこら、そうやって簡単に頭を下げては駄目だぞ。全く、お前らこの子に頭を下げる行為がどんな事か教えなかったのか?」

 フェルンバッハ隊長はフレドリックさん達を見て咎めている。

「いえ、ちゃんとその意味は知っています。分かってて頭を下げました。ですからどうか子供達を……」

 少しの間の後、フッと息の溢れる音がした。

「分かった。貴女はクラウスの恩人だ。我が隊で全力を持って捜索出来るよう団長殿に進言しよう。俺一人の判断では動けないからな。まぁ、クラウスがもう進言しているとは思うがな……」

 これから先、子供達の行末がどのように動くかは騎士団での会議で決まるらしい。フェルンバッハ隊長は騎士団のトップ、騎士団長に話を通してくれることを約束してくれた。


 それからクラウスさんが戻るまで、子供達と共に騎士達の質問に答えたり、しばらく滞在することになるだろう王都の地理的情報を聞いたりした。


 あ、そうそう……リーヴェスさんに連れて行かれた騎士達だけど……一週間後、疲弊した様子で私の元を訪れ、謝罪の言葉を口にした。その姿は満身創痍、疲労困憊。言葉通りボロボロの状態で思わず同情してしまうほどだった。

 それを見たフレッドさんは何かを思い出したのか、遠くを見つめ「あぁ、今日も天気がいいなぁ」などと意味の分からないことを呟いていた。

 フレッドさん……今日は土砂降りですよ……余程リーヴェスさんの特別訓練がキツかったのだろう。ブルリと身震いをするフレッドさんだった。


 

 


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