ジャンク、リリアナ
子供達の救出から三日。子供達は新しく立てたシェアハウスで共同生活を送っていた。
あれからクラウスさん達と話し合い、身寄りのなくなった子供達を、まずは王都へ連れて行こうとなった。王都までは私たちが乗っていた大型の幌馬車があるので、子供達を幌馬車に乗せて移動することとなる。
傷付き疲れ果てていた子供達は、子守唄と共に発動された回復魔法のおかげで、身も心も癒された。
あの酷く警戒していた、ルーナを助けてくれた男の子も、目を覚ますと憑物が落ちた様に大人しくなり、ルーナの姿を見つけると「あぁ。無事で良かった……」とルーナの頭を撫でていた。
男の子の名はジャンク、歳は十五。男の子の中で最年長だ。奴隷として売られる男児の多くは五歳〜十歳が多いと聞く。ジャンクはその範囲から大きく外れているが「自分はライオンの亜人の父と虎の亜人の母から生まれた珍しい存在だからだろう」とジャンク自身が語っていた。自分自身の事なのに、まるで他人の話をしている様で気になった。
「魔女様、みんな食堂に集まりました」
そう声をかけるのは、真っ白な肌に長い耳の兎の亜人、リリアナだ。リリアナも歳を聞けば十五だと答えてくれた。お風呂に入り、汚れた体を清めたリリアナは、思わず見惚れてしまうほどのとんでもない美人さんだった。
後でガウルさんに教えてもらったのだが、兎の亜人は男女共に見た目の美しい者ばかりなのだそう。なので、兎の亜人は男女共に奴隷として高額で取引されるらしいのだ。
ーーあぁ、本当に反吐が出そうだわ。
……魔女様。初めは【女神様】と呼ばれたが、それだけはやめてくれと頭を抱えると、フレドリックさんが「リリーは魔女様だよ」とナイスなフォーローをくれた。おかげで私は子供達みんなから魔女様と呼ばれている。
「ありがとうね。すぐ行くわ」
ジャンクとリリアナは自分達が一番最年長だという事を自覚して、率先して他の子の面倒を見てくれている。
ジャンクとリリアナ以外は殆どが小さい子達で、最年少がルーナの妹シリーだ。
そして今、子供達は食堂に全員集合している。これから子供達に王都に連れて行く事を話する為だ。
「みんな、おはよう。ちゃんと眠れた?」
そう問いかけると、子供達は返事はないが小さく頷いた。
「今日はね、これからみんながどこに行くのかを話すからね。よく聞いてね。私達はこれから王都に向かいます。そして、王都についたらお城の騎士様達が貴方たちを保護してくれます。騎士様達は貴方達にいっぱい質問すると思うけど、思い出せる範囲で大丈夫だから、騎士様に今まであった事をお話しして欲しいの。騎士様は貴方達のお話を聞いたら、今度は貴方達の住んでいた村を調べてくれるからね。そこまでは大丈夫?」
小さい子達はコクンと頷いて、私の話を理解してくれた。
「あの、魔女様……」
白い手が挙がる。
「なあに? リリアナ」
「王都についたら魔女様はどうするんですか? 私達、そこで魔女様とお別れですか? 騎士様に保護されたら私達、どこに連れて行かれるんですか?」
次々と質問をぶつけてくるリリアナの表情は不安気だった。
「不安なのね、リリアナ。大丈夫よ、すぐにお別れなんてしないから。ちゃんとみんなが安心して暮らせるまで、私どこにも行かないから。最後まで貴方達を見守らせて」
家族を殺され無理やり拉致されて、奴隷にさせられそうになった子達を、王都に着いたら騎士に預けてはい終わりだなんて、そんな無責任な事はしない。この子達が安心して暮らせる場所を見つけるまでは見守り続けると決めている。それが救うという事だから。
「魔女様、俺……もし帰る場所がなかったら魔女様に仕えさせてもらえませんか? 俺……こんなナリで存在自体が珍しいからどこに行ってもうまく馴染めないんです。今更普通の生活も出来ないので……」
そうか……ジャンクは前に自分の生い立ちについて話をしてくれた時、父と母は愛し合っていたが、異種間の交わりを良く思っていない亜人達から忌避されていたと言っていた。そして、生まれたジャンクも奇異の目で見られ、耐えられなくなった両親はジャンクを連れ、森の奥でひっそりと暮らす様になったそうだ。
人攫い達はどこでジャンクの噂話を聞きつけたのか、ジャンク達家族が住う森深くまでやってきて、ジャンクの父と母に剣を突き立てジャンクを攫ったのだと言っていた。
「ジャンク、貴方の言いたい事は分かったけど、まずは貴方のご両親を探しましょう。ジャンクはご両親が……亡くなるところは見てないんでしょう?ジャンクが見たのはご両親が剣で貫かれた所だけ。まだ生きているかもしれないわ。諦めちゃダメ、まずはそこからよ」
まだ希望を捨てて欲しくはない。もし最悪の結末が訪れてしまったらその時に考えよう。
そこから子供達を連れた大移動が始まった。子供達を幌馬車に乗せ、私達は馬で移動することにした。幌馬車を少しでも広く使うためリリアナはアニーさんの馬に二人乗りし、ジャンクはガウルさんと一緒に二人乗りしている。
箱庭にいた三日間、ジャンクはガウルさんを兄貴と呼び慕うようになり、ガウルさんもまた慕われる事に喜びを感じているようだった。
ある日の朝、ガウルさんが狩りに出てくると言うと、ジャンクは「俺も連れてってくれ!」とガウルさんに頼み込んでいた。ガウルさんは躊躇っていたが、ジャンクの必死の頼みに根負けし、連れて行く事を決めた。
とそこで「私も連れていってください」と声が聞こえ、振り向くと獣化したリリアナが前に出た。
「リリアナ⁉︎ ど、どうしたの⁉︎」
まさかリリアナが狩りに行きたいなど言うとは思わず驚いていると、フレドリックさんが「ああ、なるほど」と一人納得している。
「ねぇ、説明してよ」
「あのね、リリアナ達兎の亜人は森の狩人と呼ばれててね、魔弓の名手ばかりなんだよねー。同じ弓使いとして一度その姿を見てみたかったんだ」
「そうなの?」
リリアナを見れば、ニッコリ笑って頷いてくれた。その手には魔力を練り上げて形作った弓を持っている。
「それが魔弓?」
「はい、私の魔力で出来た弓です。矢も同じく魔力で作り上げます。あの時は……咄嗟の出来事で、対応しきれないでいるところに、魔封じの枷を付けられたので戦う事が出来なかったけど、狩りとならば私も手伝えます。自分と子供達の分くらいなら調達出来るので手伝わせてください。お世話になりっぱなしって言うのも申し訳ないので……」
そういえば、リリアナは一人で狩りに出ているところを襲われ攫われたって言ってたわね。
「そんな事気にしなくていいのに……」
「いいんじゃない? 彼女だってみんなの役に立ちたいんだよ。心配なら俺がついて行くからさ、許可してあげて」
「フレドリックさんはリリアナの魔弓を見たいだけなんでしょ……」
「へへへ、バレたか。でもね、本当に危ない目に合わないようにちゃんと守るからさ」
それでも私は心配なのよ。もぅ……
「仕方ないわね、分かったわ。いい? フレドリックさん。ちゃんと守るのよ? リリアナに怪我させたら三日はフレドリックさんのご飯作らないからね」
渋々許可を出すと、四人は私達の進行方向にある森へと馬を走らせた。この先にある森に先行し、狩りをするのだそう。私たち馬車組はその後をゆっくりと追い、合流する事にした。
ガウルさん一行を追いかける私達は、歌を歌いながらゆっくりと追いかける。歌っているのは【チューリップ】のうたと【きらきら星】だ。歌って見せると子供達はあっという間に覚えて、一緒になって歌っている。
「さぁ、今日はこの辺りで休むとしよう」
陽が傾いてきた頃クラウスさんは馬車を止め、御者台から降りた。
私はいつものようにアイテムボックスから箱庭を取り出し、広げる。初めは驚いていた子供達も、難しい事を考えないので「うわ〜! 凄いね‼︎」の一言で適応してしまった。今では慣れた様子で広げた箱庭へ入って行く。ジャンク、リリアナは未だに箱庭を出す度首を傾げ、どんな魔法を使っているのかと聞いてくるが、私にも説明ができないので「生まれ持った【ギフト】のおかげ」とだけ説明した。
ディラン曰く、世の中には稀に特別なギフトを持って生まれてくる者がいるので【ギフト】と言えば、説明のつかない魔法にもすんなりと納得してもらえるとの事だった。
今日はガウルさん、フレドリックさん、ジャンク、リリアナが不在のまま夜を明かす。
「みんな大丈夫かしら……」
いつもなら眠っている時間なのだが、四人が心配になり、リビングに降りてきてしまった。窓から暗くなった外を眺めているとクラウスさんがホットミルクを持ってきてくれた。クラウスさんはいつも一番最後まで起きていて、私が眠れない夜はこうしてホットミルクを持ってきてくれるのだ。
「心配しなくても大丈夫だよ。ガウルもリリーに心配かけたくないだろうから明日の朝には帰ってくるさ」
「そうよね。ガウルさんがついてるんだもん、大丈夫よね」
クラウスさんがくれたホットミルクは蜂蜜が入っていて、ほんのりとした甘さが気持ちを落ち着かせてくれる。
「クラウスさん、ホットミルクありがとう。おかげで眠れそうだわ」
私はクラウスさんにお礼を言い、自室のベッドに戻ると四人の無事を祈って眠りに付いた。
翌朝、リビングに降りると庭に通じる窓から、小型の魔獣から大型の魔獣が山のように積まれているのが見えた。
「あ、おはようリリー!」
朝なのに随分と元気ね……疲れてないのかしら……
「フレドリックさん、お帰りなさい。今帰ってきたところですか?」
「そう! もう少し狩りを続けたかったけど、ガウルさんに「リリーが心配するから帰るぞ」って言われて、今帰ってきたところ」
ふふふっ。クラウスさんの言う通りね。
私達の声が聞こえたのか、窓からガウルさんが顔を出した。
「リリー、今帰った。早速で悪いが、どんどん解体するからアイテムボックスにしまってくれないか? 血抜きは向こうで済ませてきたから、鮮度が良いうちにしまうといい」
「分かったわ。ガウルさん、無事に帰ってきてくれてありがとう。お疲れ様!」
そこからは、ガウルさん、アニーさん、ジャンク、リリアナの四人で魔獣をどんどん解体していく。
私はルーナ達小さい子供達に手伝ってもらい、解体された肉を
団扇状の笹に似た葉っぱ【ストナの葉】に包んでいく。この葉っぱ、この世界で肉などを包む際によく使われるらしい。昔から、この葉っぱに包めば肉が腐りにくくなると言われているらしく、鑑定してみれば殺菌作用がある事が分かった。
「それにしても凄い数ね……」
「いや〜、ジャンクがアイテムボックス持ちでホント助かったよ。特にこの【ベルベットバイソン】なんか大きすぎて運べなかったからね〜」
フレドリックさんがそう言ってポンポンと叩いているのは、超大型魔獣【ベルベットバイソン】。その毛並みはベルベットの名に相応しく、滑らかな手触りと深い光沢感が特徴的だ。
「いや、俺のアイテムボックスもそんなに大きくないからベルベットバイソン一体でパンパンだよ」
実はアイテムボックス持ちだったジャンクだが、その容量は目の前のベルベットバイソン一体分。アイテムボックスは魔力の有無に関わらずその容量は個人によってバラバラだ。
ジャンクも、魔力はほとんど無いがそこそこの容量のアイテムボックス持ちだし、ディランさんは莫大な魔力の持ち主だが、ジャンクよりも容量の小さいアイテムボックス持ちだ。
「でもさ、リリアナの狩りの能力には驚いたな〜。まさかベルベットバイソンを一撃で仕留めるなんて……」
ジャンクがそう言ってリリアナを見る。そう、この超大型魔獣を仕留めたのはリリアナだった。魔弓でベルベットバイソンの眉間を一撃。これにはガウルさんも驚いて剣を落としそうになったと言うから相当衝撃的だったのだろう。
「それはみんながベルベットバイソンの注意を引き付けてくれたから……」
みんなに褒めちぎられているリリアナは、その白い顔を赤くして大いに照れている。
何にしても、誰も怪我なく帰ってこれて本当によかった。
「この毛皮も高く売れるから、他の魔獣素材と一緒に保管しておくといいね。王都に着いたら買い取ってもらうといいよ」
そう、フレドリックが言うようにこの旅で仕留めた魔獣の素材が溜まりに溜まっていた。
こんなに素材持っていても仕方がないから、買い取ってもらった素材代金は仕留めた彼らに分配しよう。
王都までもうあと僅かか……王都に着いたらなんだかんだで大忙しになるんだろうな。王太子殿下ライアン様との謁見、それに伴う今後の私の処遇。子供達の未来。私の旅の行方……不安すぎるわ……
王都での生活に不安を覚えながらも、着々と王都へ近づいていく。
何もかもが上手くいくといいわね……そう願いながら今日も前へ前へ進むのだった。




