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ルーナ

「クラウスさん……」

 誓いの口付けを落とされた指先は熱が篭ったように温かくなる。

「リリー愛してるよ」

 そう言ったクラウスさんは立ち上がり今度は唇に口付けした。

 一度落とされた口付けは次第に深くなり、閉じられた唇はクラウスさんによってこじ開けられる。甘く痺れるその快楽に甘い声が出てしまう。


 このまま流されて……などと思っていたが、ベッドから「う〜ん……」と幼い声が聞こえ、一瞬で我に返った。

「すまない、こんな状況で理性が飛ぶなんて……」

「う、あ、わ、私も……」

 我に返ってみれば、一気に恥ずかしさが込み上げてきた。

「クラウスさん、あの子が起きそうだからアニーさん呼んできて。男の人がいるとびっくりするかもしれないから」

「わ、分かった。すぐに呼んでくる。くれぐれも無理しないようにな」

 そう言うと、慌ただしく部屋を出て行った。


「リリー、あの子が起きそうだって?」

 アニーさんは静かに扉を開けてそっと部屋に入ってきた。

「そうなの……でも、なんだかうなされてるみたいで……」

 ベッドに眠る小さな子は呻き声をあげながら荒い呼吸を繰り返していた。


「それで邪魔されちゃったわけか……」

 アニーの呟きはリリーに届かなかったが、丸く収まって何よりだと心からホッとしていた。


「ん? 何か言った?」

「いや、それより気を付けるんだよ。また怪我されたら今度は私がクラウスに怒られてしまう」

「わ、分かってます」

 余りにも酷いうなされ方に心配になって頭を何度も何度も撫でているとパッと目が開かれた。


 亜人の子は目が覚めると同時に飛び上がり、机の下へと隠れると「フーッ、フーッ」と呼吸を荒らげる。やはりかなり警戒されているようだ。

 私は腰を落とし、近づかずに目線を合わせると、なるべく静かに、驚かさないように、静かに話しかける。

「大丈夫よ、ここにはあなたをいじめる人いないからね。さっきは驚かせちゃって本当にごめんなさい。私はリリーよ。こっちはアニー。怖くないからこっちにいらっしゃい」

 こちらからは近づかず、相手の出方を見る。警戒している相手に無理に近づくなど馬鹿のする事だ。

「ねぇ、もしかしてお腹空いてるんじゃない? 良かったらこれ食べてみない?」

 

 アイテムボックスから取り出したのはサンシードで作った栄養満点の固形栄養食、カロリーブロックだ。イメージはカロリー○イト。

「こんな見た目だけど、とっても栄養があって元気になれるわよ。ほら、私も食べてみるね」

 知らない人間から与えられるものなど警戒して口にはしないだろうと思い、カロリーブロックの端を一かじりして食べてみせた。

「うん、美味しい。ほら、大丈夫だから。ね?」

 そう言って、机から少し離れた場所に小皿に乗せたカロリーブロックを置いて、壁際まで下がった。


 亜人の子は私とカロリーブロックを何度も交互に見ると、意を決したようにバッ!と飛びかかり、そしてカロリーブロックを掴むと前を向いたまま後ろへ飛んだ。

 机の下に戻ったその子はこちらからは決して目を離さず、クンクンと匂いを嗅いでいる。

 もう、空腹に耐えられなかったのだろう……カロリーブロックを持った手は口元へ運ばれた。一口かじれば後は勢いのままにバクバクと食べ始める。

「うん、いい子ね。喉に詰まらせちゃうといけないからミルクも飲んでね」

 先程カロリーブロックを置いた場所より机に近いところへ小皿を置けば、小皿に爪を引っ掛けて自分の元へ引き寄せ遠慮気味に飲み始めた。もちろん目線はこちらに向けたまま。


「お腹一杯になったら少し眠るといいわ。何もしないから好きなところで眠って」

 そう言葉をかけると、目がトロンとし始め、目を擦って眠気に対抗していたがとうとうその場でパタンと倒れるように眠ってしまった。


「……はぁ〜。何とか落ち着いてくれたわね」

「そうね。こちらの言う事も警戒しながらだけど聞いてくれたし」

 変に気を張ったせいか、今になってどっと疲れが出た。

「さすがに今日は疲れたわね。今日は早めに休みましょう。あ、でもリビングでみんな待ってるから行かなきゃ……」

 そう言って立ち上がろうとすると、アニーさんに止められた。

「リリーは寝てな。私がみんなに話しくるから。本当は立ち上がるのもしんどいんでしょ?バレバレなんだから無理しないの。ちゃんと精霊か神獣にその子を見張ってもらいなさいよ」

 そう言ってアニーさんは部屋から出て行った。……やっぱりアニーさんには敵いません。


「ロジー、スノー」

 小さく声をかければ二人が姿を現す。

「僕、まだ許してないからね」

 ぶすっと仏頂面のロジーがまだいじけている。

「もぉ! いい? 絶対に手出しちゃダメだからね。あ、睨まないの! も〜!」

 駄々をこねるロジーを宥めるのはほんと大変。何とか宥めようとしていると、スノーが溜息を吐いた。

「いい加減にしろ。少し頭を冷やせ」

 スノーはそう言うと、ロジーに向かって魔力を放った。すると、ロジーの体は透明な球体に包まれ、そこから出られなくなってしまった。ロジーは焦った様子で球体の壁を叩き、スノーに何かを訴えているが、その声は届かない。


「ちょ、ちょっとスノー。やり過ぎよ……」

「リリーはこいつを甘やかしすぎなんだ。甘やかし過ぎてこんなにわがままになったじゃないか。今のこいつにはこのくらいが丁度いいんだよ」

「で、でも……」

「心配するな。明日になればちゃんと出してやるから。おいロジー、わがままが過ぎたんだ、そこで少し頭を冷やせ。リリーを困らせてどうする……」

 ロジーはスノーの言葉を聞いてムッとしながらも大人しくなり、膝を抱えて座り込んでしまった。

「ロジー、大丈夫よ。明日になったら絶対に出してもらうからね。ちょっとだけ我慢して?」

 声をかけるとロジーは膝を抱え丸まったままコクン、と頷いた。


「リリー、こいつは俺が見てるから早く横になれ。少し眠った方がいい」

 ベッドに促され布団をかけられ頭を撫でられる。

「スノー……ありがとね」

 スノーは何も言わず優しく頭を撫でてくれる。あぁ……もう限界……


 そのまま私は深い眠りへと導かれたーー。


 翌朝。

「ん、暖かい……」

 微睡ながらもいつもの目覚めとは違った感覚を覚え、ふと隣を見れば丸まって眠る小さな体があった。

「あ……」

「リリー、起きたか。そいつな、夜中に目を覚ましたかと思ったらフラフラとリリーのベッドに近付いてな。危害を加えるようでもなさそうだったからそのまま様子を見てたら、布団に潜り込んで寝てしまったみたいだ。止めた方が良かったか?」

「ううん。止めないでくれてありがとう。あんなに警戒はしていたけど本当は寂しかったのよきっと……まだこんなに小さいんだもん……」

 私は横になったままその子を優しく抱きしめて何度も何度も撫でてあげた。

 しばらくすると、その子はモゾモゾと身動ぎをしゆっくりと目を開ける。一瞬、ハッ‼︎ と身構えたが抵抗する事はなく、キュッと私の服を掴んで顔を隠してしまった。

「目が覚めた? もう、怖くないよね? 昨日は驚かせちゃってごめんね? ここには貴女に意地悪する人いないから安心して。起きられる?」

 そう声をかけるとコクンと頷きベッドから出た。


「さて、ちょっと私とお話ししましょう? 昨日も言ったけど、私の名前はリリーよ。貴女のお名前も聞かせてくれる?」

 そう言うと、自分の服を掴んでモジモジしながらもコクンと頷いた。

「ル、ルーナ」

 やっぱり‼︎ 女の子だ‼︎ 何となくだったけど、雰囲気が女の子っぽいな、と思っていたらビンゴだった。

「ルーナね。可愛いお名前ね。もう少しお話ししましょうね?」

 声をかければ素直にコクンとまた頷いた。

「ルーナは何の亜人さんなのかな?」

「ルーナ、狼の亜人」

「そっか、ルーナは狼の亜人さんなのね。ルーナはどうしてウチの庭にいたのかな? あ、怒ってるわけじゃないからね? 貴女に何があったのか知りたいだけだから、嫌なら答えなくてもいいからね」

 すると、ルーナは首を横にブンブンと振って涙を浮かべた。

「ルーナ逃げてきた。お父さんとお母さん悪いやつに殺された。村のみんなも同じ。ルーナたち小さい子、みんなみんな捕まえられて……ふぇっ……うぇっ……うぇぇぇぇぇん‼︎」

 そこまで話すとルーナは大声で泣きじゃくった。


 なんて事……両親が殺されて捕らえられたなんて……思った以上に事態は深刻だ。

 泣きじゃくるルーナをギュッと抱きしめて「もう大丈夫よ。一人で逃げてきたのね、偉かったわね」と何度も何度も撫でてあげる。

「ルーナ、怖かった……人間怖かった……だからお姉ちゃんの事傷つけちゃった……ごめんなさい……ごめんなさい!」

「あぁ‼︎ ルーナ……怖かったんだもんね、私は大丈夫よ。ルーナの心の傷に比べたらこんなもの……もう大丈夫だからね、ここにいれば怖い人間は絶対にルーナに手を出せないから安心して」


 未だに涙が消えないルーナを優しく優しく撫でていると、扉をコンコンと叩く音がした。

「リリー入ってもいいかな?」

 アニーさんだ。

「ちょっと待って」

 アニーさんにそう声をかけ、今度はルーナに話しかける。

「ルーナ、もう一人お姉さんがいるんだけど、この部屋に入れてもいいかな? アニーさんって言うんだけど、とっても優しいお姉さんなのよ」

 そう言うと、コクンと頷いてくれた。


「アニーさん、どうぞ」

 声をかけるとそっと中の様子を伺い、静かに部屋へと入ってきた。ルーナは私にギュッとしがみついてアニーさんをチラチラと見ている。

「アニーさん、この子はルーナよ。今までとっても怖い思いをしてきたみたいなの」

「そうか……ルーナ、私はアニーよ。よく今まで頑張ったわね。ここにいれば怖い思いしなくていいからね。ルーナの事は私が守ってあげるから安心して」

「そうよ、ルーナ。アニーさんはね、とっても強い正義の騎士様なのよ。悪い奴なんてすぐにやっつけちゃうんだから」

 ルーナはそれを聞くとコクンと小さく頷いた。


「さて、必死で逃げてきたせいか体が汚れちゃってるわね。アニーさん、ルーナをお風呂に入れてくれる? 私はみんなにルーナの事を話してくるからお願いできるかな」

「任せて。ルーナ、アニーお姉ちゃんとお風呂に入りましょう。リリーお姉ちゃんは他のお友達にルーナが大変な目に遭ってきた事を話さなきゃならないの。私じゃ嫌かな?」

 アニーさんがそう言うと、ルーナは首を横に振ってアニーさんの手を取った。良かった……アニーさんも大丈夫そうね。


 そこからお風呂に向かう二人を見送り、急いでリビングに向かった。


 






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