旅のひと時 三
いつも通り王都へ向かって移動し、一日の終わりに箱庭で夕食をとり、現在食後のティータイム中の私達。
今日のハーブティーはちょっと珍しい工芸茶。聞き慣れない言葉だと思うけど、工芸茶って言うのは木綿の糸で束ねた茶葉の中に花をそのままの形で仕込んだ工芸品のようなお茶だ。花を丸く包んだ茶葉は片手に小さくコロンと乗るほどの大きさ、それを耐熱のガラスで出来たティーポットに入れて静かにお湯を注ぐ。
ちなみにこのティーポット、旅の途中に立ち寄ったガラス工房で特注で作ってもらったものだ。お礼にハーブティーとアロエの軟膏を渡せばとても喜ばれた。
お湯を注いだティーポットを見れば、丸く固められた茶葉がゆっくりと開いていく。まるでスローモーションで花が咲くかのようだ。そして茶葉の中から白と黄色の花がお湯を吸い込み膨らんでいく。ジャスミンとカレンデュラだ。
「リリーはほんと貴族向けの商品作るのうまいよね。これ、絶対商人達が挙って買い付けに来るに違いないよ」
「あ、これは売りませんよ。馬車に揺られている間、暇を持て余した時間に作った物なので。これ作るのすっごい時間かかるんです。体がいくつあっても足りないもの」
この工芸茶、一つを作るのに十分ほどかかってしまった。茶葉を一本一本丁寧に束ね、長さを揃えてカット。そこに小さな乾燥させた花々を縫い付けていくのだ。力の入れ方次第では乾燥させた花々は粉々になってしまう。実際いくつもの失敗作を生みながらの完成となったのだ。
出来ないと分かっている事は初めからやらない方がいい。こうしてみんなで楽しむくらいが丁度いい。
「あ、そうだクラウスさん。明日一日だけ移動止めても良いですか? 箱庭でやりたい事があるんです」
「やりたい事?」
「ええ。気温も少しずつ上がって来たので、お庭のお手入れも兼ねて、敷地を整備したくて」
旅に出てからというもの、箱庭には夜と朝にしかいないので庭のお手入れが出来ていない。花に囲まれていた箱庭は、長い冬を迎えると同時にその姿を消していた。そろそろお庭を目覚めさせないとね。
「一日だけで足りるのか?」
「ええ!」
「面白そう、俺も手伝っていい?」
「あ、私も手伝うわよ!」
「力仕事なら俺に任せろ」
フレドリックさん、アニーさん、ガウルさんの三名は手伝う気満々のようだ。
「ありがとうございます‼︎」
「そうだな。私達もリリーの庭には世話になってるから、全員で手伝うか」
結局、明日は全員で庭の整備をする事になった。
「皆さんよろしくお願いします」
私の前には動きやすい格好に着替えた五人が並んでいる。
「それじゃあ作戦通り、クラウスさんはハーブ園を、フレドリックさんはお野菜畑を、アニーさんはローズガーデン、ガウルさんは藤棚の作成をお願いします。ディランさんは私と手分けして土魔法を使って土を耕すのを手伝ってくださいね」
クラウスさんとフレドリックさん、アニーさんには何をどこに植えるかを事細かに書いたメモと、手作りの原肥、事前に苗の状態まで育てておいたポットを渡し、それぞれの担当場所まで運んでもらった。
「ディランさん、さっき説明した通りハーブ園とお野菜畑をお願いしますね。私はアニーさんとガウルさんに付いてますから。何かあったら呼んでください。では!」
私が育てる地球の花やハーブは私が魔法で耕した土地でしか育たない。だが、一度私が耕した場所であればその後、誰が耕しても同じ効果を得られる。ディランさんに手伝ってもらえるのでとても助かった。
「リリー、僕たちは? 僕たちにも何かやらせて」
「奴らがいなければ本来私達のすべき事だからな」
もちろん二人にお願いする分も考えてある。
「ロジーとスノーには箱庭の入り口からシェアハウスまで続く小道の整備と、その周りに花を植えて飾って欲しいの。それで、植えて欲しい苗なんだけど……」
そう言ってアイテムボックスから事前に苗の状態に育てておいた花々を取り出した。
「青い花ばっかだね。あ、白い花もちょっとあるね」
「うん。イメージは青を基調としたブルーガーデンよ。青い花だけじゃなくてシルバーリーフもあるからバランスよくお願いね。あなた達の腕の見せ所ね。期待してるわね!」
「それは責任重大だな。リリーの庭を彩る重役確かに任された」
「そんなに硬く考えなくて良いからね。二人の好きなように植えてくれたら良いから」
二人にそう告げると、早速小道を作るために外へと飛び出して行った。
さて、私もアニーさんの所へ行かないとね。
ローズガーデンへ向かうと、アニーさんは私のメモを見ながら、薔薇の苗たちを地面に仮置きしていた。
「あ、リリー! こんな感じで良いのかな?」
「うん! 完璧ね! 今年もこのローズガーデンでみんなとティータイムできたら嬉しいな」
西の森にいた頃はミラやジェフがよく来て午後のひと時を楽しんだものだ。そしてほんの数回だったが、伯爵令嬢ヴェロニカもローズガーデンに訪れていた。今は遠く離れた友人達を思うと寂しい気持ちが込み上げる。
また新しい友達できると良いな……
「リリー、切りのいいところで来てくれるか?」
友人達を思い出し、センチメンタルになっているところにガウルさんがやってきた。
「あ、はーい!」
ガウルさんには藤棚をお願いしていたので、その確認だろう。
「アニーさん、ちょっと行ってきますね」
そう言って、ローズガーデンを後にした。
ローズガーデンから少し離れた家の近く、そこでガウルさんは木材を組み立ていた。
「ガウルさん、お待たせ! うわ〜! もうほとんど完成ね!」
藤棚を見れば、木材でできた格子状の天井が八本の支柱に支えられている。
いつも思うが、あの肉球の手でどうやって細かなところを仕上げているんだろうと疑問に思う。ガウルさん、意外と細かな作業も得意でとっても器用なのよ。
「あぁ、棚の方はリリーに言われた通り組み立てられたんだが、問題は渡された藤の苗なんだ……」
そう言ってなんだか口籠るガウルさん。何だろう?
そして、苗が置いてある方を見て私は絶句した。
ーーウニョン、ウニョン、ウネウネ〜ーー
「リリー、気付いたか?」
デ、デジャブ‼︎ これってロジーの時と一緒じゃない‼︎
「ガウルさん……私、この光景すっごく見覚えあるわ……」
「前に言ってたあれか?」
「うん。精霊が宿ってるのかも……」
よーく観察してみると、ウネウネしているが、ロジーの時の動きとは違う事に気付く。ロジーは元気いっぱいに動いていたが、この藤の苗はどこか品のあるような動きだ。
しばらく観察していると、藤の枝は枝を伸ばして藤棚の方をツイツイと指した。
「早く植えて欲しいんじゃないか?」
「そうみたいね。待ってね、すぐに植えてあげるから」
そう言うと、藤の苗は優雅にゆらゆらと枝をしならせた。
藤の花が開花するのは早くて三年。開花まではとても長い年月がかかる。おまけに少し根が傷付いただけでも花を付けなくなるほどにデリケート。慎重に、絶対傷を付けないようにそっと優しく土に下ろしてあげる。
無事に植えたら後は水やりだ。魔法で優しく水をかけてあげれば、ゆらゆらと揺れていた枝は静かにその動きを止めた。これから根を張り台地に定着するのに全力を使うのだろう。
「凄い貴重な瞬間を目撃してしまったな……流石に驚いた」
「でしょ? 私もロジーの時は驚いたもの。藤の花ってね、花が咲くまで早くて三年もかかるのよね。いくら私の魔法の庭って言っても花が咲くのも精霊化するのもまだまだ先でしょうね」
「いつか会える日を楽しみにしてるわね」
そう声をかければ、ガウルさんが目を細めてこちらを見守ってくれていた。
「リリーは俺のような亜人にも花にも人間と同じように接するんだな……」
「当たり前じゃない。植物にも心があるって思ってるし、それに前にも言ったけど、ガウルさん怖くないもの、とっても優しいじゃない。それに、私ガウルさんの顔好きよ? だから自分の事、「俺のような……」なんて言っちゃダメだからね。自分で自分の事蔑んじゃダメよ?」
そう言って聞かせるとガウルさんは困ったような顔で笑みを浮かべた。
ーー亜人族として生まれ、成長するに従い凶悪な顔に変化する自分の顔が大嫌いだった。同じ亜人族の中でも何もしていないのに怖がられ、話しかけただけでも怯えられる。そんな日が長く続いたが、持ち前のガタイの良さと体力、筋力をクラウスによって認められ、特務部隊へと入隊することが出来た。
隊のみんなは彼の顔の事など気にもせず、隔たりなく接してくれた。初めての事だった。しかし、街へと出れば相変わらず恐怖の目で見られる事は変わらない。
そんな毎日に心は荒み諦めていたが、リリーと会う事でガウルの人生は一変する。初めて会った時の衝撃は今でも忘れられないだろう。彼の顔を見て可愛いだなんて……それからもリリーと話をしていくうちにガウルの心は次第に癒され、顔付きも柔らかくなったように思える。
思えば、自分の顔を嫌う事でさらに表情がきつく険しくなっていたのだろう。
ガウルは思う。もっと早くリリーと出会えていればと……さらに言えばクラウスよりも早く出会えていればと。
だが、クラウスには大恩があるし、二人の仲を壊そうだなんて微塵も思ってはいない。それにリリーが幸せならそれでいいと自分に言い聞かせ、心に灯った小さな感情に蓋をしたのだった。
ガウルの切ない恋心でした。