旅のひと時
順調に王都への旅路を進んでいたある日の出来事。
「クラウス、ここから少し遠いが魔泉があるな……」
そう言うのは鼻をヒクヒクさせているガウルさんだ。ガウルさんが警戒している方向をよく見てみれば、空に立ち昇る煙の様な物が薄らと確認できた。
「魔泉か。前回ここを通った時は見つけられなかったから新しく出来た物だろうな」
マセン……って何だろ?
「クラウスさん、ガウルさん、マセンって何ですか?」
「あぁ、リリーは知らないか。魔泉って言うのは地下からの魔力の噴出によって湧いた泉でね、時々地下に溜まった魔素が噴き出すんだが、同時に泉が出る事があるんだ。その泉を魔泉と呼んでいるんだ」
「そしてその魔泉には治癒の力を持つものもあると聞く。その効果もその土地その土地で違って、色んな効果があるんだ。魔泉の多くは熱い湯として湧く事が多いから、湯に浸かって体を癒す事が多いな」
ん? それって……
「温泉?」
「オンセン?」
「そう。地球にもね、お湯の湧く泉があって温泉ってよばれているの。多分こっちの魔泉と同じかも」
地球でも温泉の効果はその土地それぞれだし、湯に浸かって体を癒す湯治療法もある。
「せっかくだから寄っていくか。まだ新しい魔泉だろうから調整は必要だろうが、まぁ何とかなるだろう」
「ホント⁉︎ 嬉しい‼︎」
やった! 久しぶりの温泉だ! やっぱ日本人に生まれたからには温泉は堪能しないとね〜。
そこからガウルさんに案内されしばらく歩くと、私の鼻でも分かるくらいの温泉独特の匂いが漂ってきた。そして、辺りは白い湯が立ち昇っている。遠目で煙だと思っていたのは温泉の湯気だったみたいだ。
「お、見えたよ」
フレドリックさんの指差す方を見ると、岩場から渾渾と湧き出る源泉が見えた。
「うわ〜! 意外と大きいのね!」
てっきり山の奥のこぢんまりとした秘湯みたいな所を想像したのだけれど、目の前にあるのは大きな露天風呂だった。泉質は分からないが、真っ白……と言うほどでもないが、白く濁った濁り湯のようだ。
「本当だな。ここまで大きな魔泉は中々ない……うん、やはり出来たばかりの魔泉の様だ。人の手が加わった様子はないな」
クラウスさんは魔泉の周囲を念入りに調べ、この魔泉がまだ誰の目にも触れていない事を確信したようだ。
「クラウスさん、せっかくだから今日はこの近くで一泊しませんか? 少し先に開けたところがあったから、そこに箱庭を出せば問題ないですよね?」
今回のこの旅では私に気を使ってか、近くに村や街があれば必ず宿屋へ泊まり、そうでない場合は開けたところに箱庭を出して寝泊りしていた。それでも極力宿屋へ泊まるようにクラウスさんによって調整されていたが……。
野営ってどんなものなのか興味あったのに、過保護なクラウスさんだけではなく、ディランさんにも止められていて、ちょっと残念……などと思っていた。
「まぁ、この辺りなら停滞している魔素もないし大丈夫だろう。せっかくの魔泉だ、少しゆっくりするか」
「やった! それじゃ早速……アニーさん、一緒に入りましょう! 男性の皆さんはここにいてくださいね、私たち向こうに行くので!」
意気揚々とアニーさんの手を引き、ここから反対側のもうもうと煙る湯気の先へ行こうとしたが、クラウスさんに待ったをかけられた。
「まぁ、待て待て。流石に女性が入浴するのにこのままではまずいだろう。もし誰かが来たらどうするんだ。それに、あまり離れすぎるのも何かあった時、助けに行くのが遅くなってしまう。何か囲いでも作って周りから見えなくするから少し待ってくれ」
そんなぁ……
「だめよ。せっかくこんなに立派な露天風呂なんだもの、余計な事して風景損っちゃ楽しみが半減しちゃうわ」
「いや、だがな……」
でも。だって。そう押し問答していたが、「あ!」とフレドリックさんが何かを閃いたみたいだった。
「ねぇ、リリーの隠匿の魔法って周りからは見えなくなるけど、中からははっきり景色が見えるんじゃなかったっけ?」
「……‼︎ フレドリックさん‼︎」
「は、はい‼︎」
「冴えてる〜‼︎ 頭いい〜‼︎ ナイスアイデア〜‼︎」
「び、びっくりした……怒られるのかと思った」
余りにも勢いが良かったのか、フレドリックさんに変な誤解を与えてしまった。
「クラウスさん、それなら大丈夫ですよね? それに、アニーさんと一緒なら何があっても大丈夫」
「そうだな、リリーの隠匿の魔法の実力はこの目で確かに確認したから大丈夫か」
何とかクラウスの了承を得て、私とアニーさんは露天風呂を楽しむこととなった。
まずは、良さげな露天ポイントを探す。
「リリー、この辺りなら大きな岩もあって何かあっても目隠しになるんじゃない?」
「うん、いいね。ここにしましょう。それじゃあ隠匿の魔法を張るね」
そんなに大きく張る必要もないだろうから、五メートル四方を隠す隠匿の魔法を唱え、確認の為にクラウスさんに声をかけた。
「クラウスさん、そっちから見えませんか?」
「ああ。毎度の事ながらリリーの隠匿の魔法は独特だな。景色は変わらないのにリリーとアニーの姿だけが見えなくなった。私達はこの辺りにいるからゆっくりしておいで」
「はい。お言葉に甘えてゆっくりさせてもらいますね」
そらからアニーさんと二人衣服を脱ごうとしたが、いくらあちら側から見えないと言っても、こちら側からは丸見えなので恥ずかしい事に気付き、クラウスさんたちがいる方向だけスモーク付きの隠匿の魔法を張り直した。
湯加減を確かめてみればこのまま入れそうだったので、二人でゆっくりと魔泉に浸かる。
「あーーーーーーー。ちょっと温めだけど、気持ちいい〜」
「リリー、その「あーーーー」っておっさんくさいよ」
「やだなアニーさん。お風呂に入る時は声出した方いいのよ」
「何か理由があるのか?」
「気分よ、気分。声出した方が気持ちいいじゃない」
でも、あながち嘘でもないのよね。ストレス発散とかの意味でもいいし、熱いお湯に入る時は尚更声を出した方がいいのよ。詳しい事は忘れちゃったけど、熱いお湯に入ると体がびっくりして戦闘態勢に入るらしく、呼吸を速くしたり、血圧を上げたり、筋肉を緊張させたりするんだけど、声を出す事でそれに耐えられるんだったかな? まぁ、難しい事は言わないでおこう。
「それにしても気持ちいいね〜」
「それに、お湯がトロトロしてて肌も滑らかになってるような……」
「おお……言われてみれば本当にお肌が滑らかになってる! そうだ! もしかしたら……」
そう言って場所を移動しながら足であるものを探す。すると、足にフニフニとした柔らかい感触が。
「あったー!」
掬い上げてみれば、白くねっとりとした物体……そう、白泥だ。
「アニーさん、これこれ!」
掬い上げた白泥をアニーさんに見せれば、首を傾げられる。
「泥?……」
「そう! これね、お肌にとってもいいのよ! この泥をこうやって体に伸ばしてパックするとさらに艶々になるわよ」
首からデコルテにかけてと、腕の先まで白泥パックをして、思い切って顔まで塗りたくった。
「えー! そんな事するなんて初めてよ! じ、冗談じゃなくて本当に?」
「私を信じなさーい!」
そこから、二人で体に白泥を塗り合いっこしたり、地球の温泉トリビアを話したりして楽しく魔泉を堪能した。その中でアニーさんが衝撃を受けていたのは、日本の混浴文化についてだった。「ま、まさかリリーはした事があるのか⁉︎」と聞かれたが、「流石にないわよ‼︎」と笑った。
「あぁ‼︎ 気持ちよかった‼︎ お肌すべすべだし、疲れも吹き飛ぶわね!」
「リリーに言われた通り、あの泥のパックすごいな。今までで一番肌が滑らかだ……」
アニーさんはそう言って上機嫌でみんなの元へ戻った。
「あ、クラウスさん、とっても気持ち良かったですよ。クラウスさん達も交代しながら入ってきたらどうですか?ここのお湯、とってもお肌が滑らかになるんですよ」
そう言って勧めると、クラウスさんはスッと手を私の頬へ滑らせ、親指ですりすりと頬を撫でる。
「本当に滑らかだな。まるでシルクのようだ」
クラウスさんは微笑み、もう片方の手でうなじに手を当て、わざとらしく指を這わせた。
「んっ、くすぐったいです……」
そう抗議すれば、チュッと音を立てて頬に口付けを落とされる。
「ふふふ、柔らかい。ごちそうさま」
そう言ってクラウスさんはみんなの元へと向かっていった。
誰も見ていないと思ってやりたい放題に遊ばれ、私の心臓は爆発寸前だ。
「な、なんて事を‼︎」
岩場にぺたりと腰を落とし、早まる鼓動を抑えるようにギュッと胸を押さえた。
湯当たりしないように長湯を避けたのに、最後の最後にクラウスさんによってのぼせさせられたのだった。




