別れ、そして旅立ち
更新遅くなりました。
始まりの土地編は終わりを迎え、次は王都編です。
長い冬を終え、ようやく暖かな日差しが世界に降り注ぎ、辺りを見渡せば、地面が薄らと緑色に染まっている。
「リリー、行こうか」
そう言って私の手を引いてくれるのは、特務部隊の優しき隊長クラウスさんだ。
とうとうこの日がやって来た……旅立ちの日だ。
「せっかくこんな立派な家建てたのに勿体ないな〜」
名残惜しげに家を見つめるのはフレドリックさんだ。
「あ、この家の事ならご心配なく。持っていきますから」
そう伝えれば、「は?」と返事が返ってくる。
「リリー待ってくれ、持っていくってどう言う事だ?」
不思議そうにこちらを見るのはローブ姿のディランさんだ。
「忘れたんですか? 神の箱庭はね、必要に応じて縮小拡大が可能なんですよ」
そう言って、みんながこの家の敷地から出たのを確認し、両手を敷地に向けると、魔力を込め縮小させる。すると、見る見るうちに家の敷地が縮んでいった。
「はい、出来上がり」
元、家のあった場所は広い更地になり、その中央には箱型の何かが落ちていて、それをヒョイっと拾いみんなに見せる。私の右手には、ミニチュア化した神の箱庭がコロンと乗っかっている。まさに『箱庭』だ。
「いやいやいや! 縮小ってそう言う事じゃないでしょう」
ナイスなツッコミを入れてくれるのは、特務部隊の紅一点、アニーさんだ。
「いいですか、アニーさん。魔法はね、想像力次第でどんな期待にも応えてくれるんですよ」
両手を腰に当て、ドヤ顔をしてみたが、「そんな訳あるか‼︎」とディランさんがツッコミを入れて来た。
「リリーに常識は期待するな。俺はもう諦めた」
ガウルさんはそう言いながら、私の頭をその大きな手でポンポンしてくる。……肉球ポンポン最高……。
そして、最後に一年間住んだこの土地を目に焼き付けるように見渡した。
森を見れば、沢山のことを思い出す。
スイーツ作りのために色んな果物を探しに森へ入り採取した。そのおかげでロジーに迫られた事もあったわね。そして、スノーとの出会い。
その魔素が濃く、人間が近寄れなかった森も今では穏やかな森へと変貌した。これからもきっとこの森は穏やかにそこにあり続けるだろう。
森の入り口に咲き誇るヒソップはまだ姿を現していないが、これからもっと暖かくなればグングン成長して、ガンガン魔素を吸い込んでくれるだろう。
「さて、行きますか!」
そう言うと、みんなはそれぞれの馬に跨った。私は勿論……
「スノー、よろしくね」
そう言ってスノーの頬を撫で、スノーに跨った。
この旅ではスノーが私を乗せてくれる。初めはクラウスさんの馬に一緒に同乗してブローディアまで行く予定……とクラウスさんが言ったのだが、スノーがそれを許さなかった。
「私と言う馬がいながら他の馬に乗るなんて許さない」
だそうだ。
ブローディアまで行けば、そこからは馬車に乗り換えて移動をするみたい。いくらスノーが気を使ってくれるとは言え、流石に一ヶ月近く馬での移動は辛い。
「一年間ありがとう」
そう呟いて出発した。
スノーに乗ってしばらく走れば、この一年たくさんお世話になったバースの村が見えて来た。
そして、村の入り口には大勢の人が。
「うわ〜すごい人!」
旅立ちの日はバースの村総出で見送ってくれると村長さんから聞いていたが、本当にここまでの人数が集まるとは思っていなかった。
「リリーさん。今まで本当にありがとう。この村の村長としてお礼を言わせてくれ。あなたがこの村に来てくれるようになってから、村が元気になった。感謝しきれないよ。リリーさんの旅が何事もなく順調に進むよう祈っているよ」
「はい、こちらこそ本当にお世話になりました。きっとまたここに帰ってくるので、それまでお元気でいて下さいね」
「リリー……俺はあんたが毎週この村に来るのを楽しみにしてたんだ。リリーが来る日は年甲斐もなくそわそわしたもんだ。リリーの「おはよう」が聞けなくなると思うと寂しくなるよ。門番の俺が一番最初にリリーと会話したって事忘れないでくれよ」
「そう言えばそうだったわね。私も一番最初にこの村に来た時、バルテロさんが優しくしてくれて嬉しかったわ。この村に帰ってきたらまたバルテロさんが迎えてね」
「リリー、俺はあんたに救われたおかげで家族を養って行く事が出来た。リリーに助けてもらえなかったら今の俺はここにいなかったかもしれない。本当にありがとう」
「リリーさん、主人を助けてくれてありがとうございました。貴女は私達家族の女神よ。リリーさん、ちょっとお耳を貸して? ……ここだけの話だけど、息子達は貴女をお嫁さんに貰うんだって話していたのよ。ふふふっ」
「まぁ! それは嬉しいわ! 今度会うときは大きくなっているでしょうね! 楽しみにしてるわ!」
「魔女様……」
「みんな、もう泣かないって約束したよね? 貴女達は私の優秀な弟子よ。貴女達を誇りに思うわ。次に会う時までしっかりと力を磨くのよ。その時を楽しみにしてるからね。そうそう、貴女達にプレゼントよ」
私はアイテムボックスから五つのアクセサリーを取り出した。それは、ブローディアで購入した空の魔石付きの細身のバングルだ。バングルの表面にはハーブのデザインが彫り込まれている。
「このバングルの魔石にはね、私の魔力を限界まで入れてあるわ。このバングルが魔女リリーの弟子の証よ。そして、何があっても貴女達を守ってくれるように願いを込めたからね。あ、そうそう貴方達の成長に合わせてこのバングルも大きくなるからきつくなったりしないはずよ」
今このバングルは小さい子供サイズ。いつまでもバングルが守ってくれるように、成長に合わせて大きくなる仕様にしてみた。
そう言いながら一人一人にバングルを着けていく。
「魔女様、私達頑張るね。次に会う時、魔女様がびっくりするぐらい立派になってるから!」
彼女達の顔からは涙は消え、強い意志のこもった笑顔を向けられた。うん、頼もしい!
次は……
「ミラ」
そう声をかけてミラの手を両手で包む。
「ミラは私の初めての友達よ。私、ミラに出会えて本当に良かったわ。私達、どんなに離れていてもずーーーーっと友達よ」
「もちろん! 落ち着いたら絶対戻ってきてよね! お土産話、期待して待って……るから……。あ……あぁ、ごめん。絶対……絶対笑顔でリリーを送り出してあげるんだって思ったたのに……やっぱりダメだった……」
話始めは笑顔だったミラが、笑顔を貼り付けたまま涙をポロリポロリと溢す。
「ミラ……ダメじゃない。私だって我慢してたのに、ミラに泣かれたら私まで泣いちゃうじゃない……」
私は涙を隠すようにミラをギュッと抱きしめた。
「二人共、これが最後じゃないんだから」
そう言って私とミラの背中をポンポンと叩いてくれるのはジェフだ。
「ジェフの言う通りよね。ねぇジェフ、もし良かったら私がいない間、ミラの相談に乗ってあげてくれないかな?」
「もちろんだよ。工房ミュゼとフロスト商会との取引は俺が責任を持って担当するからね」
そう、バース村の工房はギャレットさんからの強い要望で、【工房ミュゼ】として本格的にフロスト商会と取引を行うことになったのだ。私はミュゼの創設者として、その取引をジェフとミラに任せた。
「そうだ、ミラ。これ受け取って」
アイテムボックスから取り出したのは、シルバーチェーンのペンダント。ペンダントトップには私の魔力を注ぎ込んだピンクの魔石が揺れている。
「孫ちゃんズと同じで、私の魔力を注ぎ込んであるわ。お守りだと思って身につけてくれたら嬉しい」
ミラの身を守ってくれるように……と願いを込めて魔力を注いだが、途中からミラの恋が叶いますように! との願いも込めた。効果あるのか分からないが、陰ながら応援させてもらおう。
「ありがとうリリー。大切にするね」
そして、最後は……
「ソニアさん。私、ソニアさんの事はもう一人のお母さんだと思ってるわ。何も知らない私に呆れながらも色んな事を教えてくれたよね。私が今こうしてここに入れるのはソニアさんのおかげよ。一人で不安だった私を助けてくれてありがとう」
ソニアさんには私がどんな経緯でこの世界に来たのかを、包み隠さず全て話した。初めは信じられない様だったが、一つ一つ質問に答えていくうちに、「そりゃ、何も知らないわけだ」と納得してくれたのだ。
「ふふふ。私には息子しかいないからね、こんな娘が出来て嬉しいよ。いいかいリリー、あんまり非常識な事すると変な噂が広まるからね、変な噂がこの村まで届かない事を願ってるよ。私は湿っぽいのが嫌いだから笑顔であんたを送るからね」
「変な噂は私が元気で頑張ってるって証拠だと思っておいて」
そう言いながらアイテムボックスからオレンジ色の花が咲いた鉢植えを取り出した。
「ソニアさんにはこれを……前に話をした花で【サンダーソニア】って言う花よ。花言葉は【望郷】【祈り】【愛嬌】。ソニアさんにぴったりよね」
「これが……ありがとうリリー、大事に育てるよ」
さあ、今度こそ本当に出発だ。
「みんな! 行ってきます‼︎」
私はバースの人々に見送られ、この地を後にした。
「……行っちゃったね」
「うん。さよならじゃなくて行ってきますか。……リリーらしいね」
溢れる涙をそのままに、リリーの姿が見えなくなるまで見送るミラと、その背中を優しく撫でるジェフリー。
「ミラ姉。魔女様ね、騎士様に迎えにきてもらったお姫様みたいだね」
孫ちゃんズの最年少ミリアは、いつか来た商人に見せてもらった子供向けの絵本を思い出した。
「ふふふっ。ほんとね」
ミリアの言葉は、この村を訪れた商人から商人へと噂話になり、後に【魔女と騎士の恋物語】として世界中に知られるベストセラーとなる。
もちろん、リリーの目に耳にも入り大変慌てることとなるのだが、それはまだ大分先の事。
こうしてリリー達は次の目的地、王都へ向けて旅立った。




