バース
さてさて、今日は週に一度のバースの村へ行く日だ。いつも通り、私一人で村へと向かう。
「こうして一人で歩くのも久しぶりね」
ここ数日はクラウスさん達特務部隊に囲まれ、賑やかな日々を送っていたので、なんだか懐かしい。
村へと到着すれば、村の周りに咲き誇っていたペパーミントは、越冬の為その姿を見る事が出来ないが、ほんのりと爽やかな香りが残っていた。
「春になればまたここから新しい芽が出るでしょうね」
それまでは、地面の下で根を張り続け株を大きくし、春には今年以上に立派なペパーミントが咲き誇るだろう。
「お、リリー。この間はお土産ありがとうな! いや〜久しぶりにあんな強い酒飲んだよ! あの鼻に抜ける香りがたまらないのなんのって! 大事に飲むよ」
「喜んでくれて良かったですバルテロさん!」
ブローディアから帰ってからお土産を渡す為に、一度バースに寄ってから帰宅したのだ。
「今日は騎士様達はいないのかい?」
「ええ。村のみんなも突然騎士様達が来たりしたらパニックになっちゃうでしょ? だからお留守番してもらってるの」
「あ、そういや騎士様達ってどこで寝泊りしてるんだ? 俺たちゃてっきりソニアの木漏れ日亭に泊まるもんだと思ってたからよ。まさか……リリーの家に泊めてたりしないよな……?」
あ〜……クラウスさん達も言ってたけど、男女が一つ屋根の下で暮らすって、この世界では有り得ない話らしい。クラウスさん達も、プライベートエリアを完全に分けるって事で納得してくれたけど、この世界の人達の理解を得るのは大変みたいだ。
「まぁ、一緒の敷地で共同生活はしてますけど、男性陣とは別々の家みたいなもんなんで、その辺りは心配しなくていいですよ。あ、アニーさん……女性騎士の方とは一緒に暮らしてますけどね」
「本当か? 村のみんなが心配してたぞ? リリーも嫁入り前の女なんだから気をつけなきゃダメだぞ」
「分かってますって。それじゃ、ミラ達と約束あるんで!」
心配してくれるのはありがたいけど、話が長くなりそうだったので、早々に逃げ出した。
「あ! バルテロさ〜ん。お昼過ぎたら木漏れ日亭に来て〜! みんなにお話ししたい事があるの!」
危ない危ない、大事な事伝えるの忘れるところだった。振り向きざまにそう伝えると、片手を上げ応えてくれた。
「みんな〜! おはよ〜!」
「あ、リリーおはよ!」
『魔女様おはようございます!』
「みんな頑張ってるわね! どう? 何か問題はない?」
いつものように、一人一人回りながらアドバイスをしていく。そのアドバイスも最近では少なくなり、ほとんど自分達の力で解決することの方が多くなってきた。
流石優秀な弟子たち。
「そうそう、今日みんなに聞いてもらいたい事があるから、お昼を過ぎた辺りに木漏れ日亭にきて頂戴。あ、あと村長さんも一緒に連れてきてね」
ミラには事前に話をしておいたから何も言わずに頷いてくれた。孫ちゃんズは首を傾げながらも『はーい』と答えてくれる。
次は我が家のお庭グッズを作ってくれているハリスさん夫婦の元へ向かい、バルテロさんや孫ちゃんズにも言ったように、お昼に木漏れ日亭へ来てくれるように伝えた。
最後はジェフのお店だ。扉を開くと『カランカラン』と乾いた鈴の音が店内に響く。
「ジェフいる?」
そう声をかければ、いつものように奥からエプロン姿のジェフが姿を現す。
「お、来たね。みんなに話すのは今日だったね」
そう、今日はみんなに木漏れ日亭で大事な話を聞いてもらう為に集まってもらうことにしたのだ。
「うん。まだまだ旅立ちは先だけど、今のうちみんなに知っててもらいたいからね」
「そうだね。きっとみんなリリーの気持ち分かってくれるよ」
「うん。それじゃあジェフも後でお願いね。今日は新作スイーツも持ってきたから後でみんなで食べましょ」
「楽しみにしてる」
ジェフのお店を出て木漏れ日亭に向かう道すがら、村のみんなに引き止められ世間話を繰り返した。
こんなやりとりもあと僅かか……そう、感傷に浸りながら木漏れ日亭へと向かった。
「ソニアさーん」
「おや、リリー早かったね」
「ええ。今日はね新作のスイーツを持ってきたからみんなに食べてもらおうかと思って、準備の為早めに来てみたの」
「そりゃ楽しみだ。食堂だったら好きに使ってくれていいからね。私は上の客室を掃除してくるよ」
ソニアさんはそう言って二階へ上がっていった。
この新作スイーツ試食会はこの宿で何度か開催しているので、ソニアさんも好きに食堂を使わせてくれるのだ。勿論、宿泊客のいない日に限るけどね。
さて、食堂の準備をしますか。まずはテーブルにクロスをかけ、ティーセットを並べていく。
次はスイーツの準備。今日はフルーツマカロンとシュークリームを用意した。マカロンはルビーベリー味、グリーンフルーツ味、リモーネ味、キャラメル味、ミント味の五種類。シュークリームはオーソドックスなカスタードクリームのシュークリームだ。
準備をしていると、入り口の扉が開き次々とみんなが集まってきた。
「お、話があるって言うから何かと思えば、新作スイーツの試食会か」
「好きなお席に座っててくださいね。つまみ食いはダメですよバルテロさん」
「まぁ、可愛らしいお菓子。リリーさん、呼んでくれてありがとうね」
ハリスさんの奥さんはマカロンの色鮮やかさに目をキラキラさせている。
「来てくれてありがとうございます。ハリスさん、奥様とご一緒にお座りください」
一人一人お迎えし、全員が揃ったところでミラに手伝ってもらいながらハーブティーを注いで回った。
「みなさん、今日は来てくれてありがとうございます。今日の新作スイーツはマカロンとシュークリームです。どうぞお召し上がりください」
そう言って、みんなに勧め私も席に座りスイーツと紅茶を楽しむ。
「魔女様〜、とっても甘くて美味しいです‼︎ それに可愛い‼︎ 後でレシピ教えてください‼︎」
「勿論、色々アレンジして好きなフルーツで作ってみて」
工房のスイーツ担当のシルヴィは目を輝かせ、早速次の試作のためにメモを取り始めた。
そして、それぞれが新作スイーツを楽しんだあとは、いよいよみんなに話を聞いてもらう時間がやってきた。
「みなさん、今日は来てくれてありがとうございました。それで、今日は新作スイーツの試食だけの為にみんなに来てもらった訳じゃないんです。大事な話を聞いてもらいたくて来てもらいました。どうか最後まで聞いてください」
いつもならここで解散となるのだが、私の言葉を聞いたみんなは何事かと心配そうにこちらを見つめてくる。
「私は……雪が溶け、新しい季節が巡って来た時、この土地から新しい土地へと旅に出る事にしました」
そう告げると、「え?」と一瞬の間の後、一斉にざわつき始めた。すると、パンパン! と手を叩く音が聞こえる。ソニアさんだ。
「みんな、最後まで聞いてあげな。質問はその後だ」
ソニアさんは私に目配せをすると、「ほら……」と話の続きをするように促してくれる。ソニアさんはきっと……既に何かを察してくれていたのだろう。
「数日前、私はこの国の騎士団からある提案をされました。それは、私の存在を国で保護させて欲しいとの事でした。この土地は隣国サラセニアと近く、私の力を欲したその隣国に危害を加えられないようにとのお話でした。ただ、私にはやるべき事があるのでその提案は受けれないとお断りしました。その、やるべき事とはこの世界の魔素を浄化する事です。詳しくはお話し出来ませんが、私には魔素を浄化する力があります。私は世界を浄化する為に色々な土地を巡らなければなりません。私がこの土地に来てもうすぐ一年です。この土地の魔素はもうすぐ浄化を完了し、魔獣に怯える事なく暮らす事ができるでしょう。なので、暖かい季節が巡って来たら、しばらくみんなとはお別れです。みなさんにはとても良くしてもらって、ここを離れるのはとっても寂しいけど、世界の浄化を終えたらきっとまたここに帰ってきます。だから……だから、」
そこまで一気に言うと、ポロリと涙が一粒溢れた。
「リリー、あんたがこの村に初めてやって来た時、リンクの実も知らない、お金の価値も知らない、何とも世間知らずな女の子が来たな〜って思ったよ。それなのに私たちが知らないことをたくさん知っていて、村の為と言って色んなことを教えてくれたね。私はね、騎士様がこの村にやって来た時、あぁ、ついにこの時がやって来たんだな……って覚悟を決めたよ。リリーほどの力を持った子をこの国が放っておく訳がないからね。それなのにリリーは国の提案を蹴るだなんて……相変わらずな子だよ。でも、あんたにはやるべき事があるんだね。リリーが決めた事なら心から応援するよ。だから、きっとまたここへ帰って来ておくれ」
ソニアさんはそう言って私を抱きしめてくれた。
ソニアさん、ありがとう。私、ソニアさんは私のもう一人のお母さんだと思ってる。ソニアさんには後で時間をもらって、みんなには話せない真実を聞いてもらわないとね。きっと、きっとここに帰ってくるから……
それから村長さんに感謝をされ、バルテロさんには寂しくなると泣かれ、ハリスさんにはまだ恩返しが済んでないと言われ、孫ちゃんズには離れたくないと駄々をこねられた。ミラとジェフには既にその事を伝えていたので、二人には暖かく見守られてその日を終わらせる事が出来た。
この土地にいるのも後僅か。旅立ちのその日まで、精一杯この村で楽しもうと決めたのだった。




