アンゼリカとニゲラ
「さてと、石鹸は時間との戦いだから、しばらくは何も出来ないわね。次、何しよっか?」
残った素材は、邪悪な存在を退ける【アンゼリカ】と、魔獣大好き【ニゲラ】、全く未知数の【ラムズイヤー】だ。
「ニゲラは封印物件だから使わないとして、アンゼリカでお守りでも作ってみる?」
「お守りってさ、魔獣除けのサシェみたいなやつ?」
「そうそう」
「ホワイトセージも似たような効果じゃなかった?」
「あれは、浄化と解呪効果だから、起きてしまった事に対するハーブね。お守りはそうならない為に身に付けておく対策? かな」
今のところ、ホワイトセージが一番強力なハーブだ。まぁ、これからラムズイヤーがどんな効果を与えるのか分からないが……。
お守り、魔除け、そんなイメージで作るといいかもしれない。
魔除けって言うと、沖縄のシーサーとか、ブラックオニキスのアクセサリーとか、あとはドリームキャッチャーなんてのもあったわね。
「シーサーか……家の守神……魔除け……」
うん、閃いたかも!
「ロジー、スノー。アンゼリカを使ったリースを作りましょ」
「リース?」
「それは魔除けなのか?」
リース……って言うと、クリスマスリースを思い浮かべる人も多いだろう。
リースの輪には、「永遠」という意味があり、はじめも終わりもなく「生命や幸福がいつまでも続くように」という願いが込められている。
またクリスマスのリースが緑色なのは、「農作物の繁栄」を願う言い伝えがあり、赤色の柊の実は「太陽の炎」、尖った葉やリボンやベルなどは「魔除け」と意味が込められているの。松ぼっくりや姫リンゴなども「収穫」「神への捧げもの」の象徴だったはず。
そのクリスマスリースをヒントに、家庭に降りかかる厄除け、魔除としてアンゼリカリースを作ろうと思う。
これならば、家の玄関の扉に飾る事も出来る。ベースのアンゼリカリースに花や木の実を飾って、枯れてしまったら新しい花を交換すれば長持ちしそうだ。
それに、アンゼリカはとても良い香りがする。玄関に飾れば家を出入りする際、気分が良くなりそう。
アンゼリカの茎はその香りの良さから、お菓子作りの素材としてアンジェリカの名で知られている。絞り出しクッキーなどに緑色の砂糖漬けや、丸くて赤いゼリーのようなものが乗っているのをご存知だろうか。その緑色の砂糖漬け、実はアンゼリカの茎で出来ている。
「取り敢えず、アンゼリカから花や葉っぱを取り除いて、茎だけの状態にしましょう」
机に広げられた何本ものアンゼリカを魔法で乾燥させ、ロジーとスノーが花と葉を除去していく。
「そしたら、今度はこの茎を丸い輪っかに組んでいくわよ」
何本もの茎を使い、解けないようにしっかりと組んでいく。
「うん、いいわね。次はこの輪っかに飾り付けをしていくわよ」
テーブルの上に、今まで収穫して来た様々な種類のドライフラワー、ハーブ、そして、リボンがある。
三人それぞれ好きなように飾り付けしてみよう。となったので、私は薔薇の花をメインに、赤と緑のリースを使った。さっきクリスマス話をしたので、クリスマスカラーになってしまった。
ロジーは、ラベンダーをふんだんに使った紫が綺麗なラベンダーリース。
スノーは、白い花をメインに緑と白のコントラストが綺麗なリースを使った。
「二人とも、意外とセンスあるのね」
「でっしょー? リリーが好きなもので使ってみた」
「私はリリーをイメージして使ってみた」
これは、売れない‼︎ 一生手放さない‼︎
「二人共ありがとう! 一生大事にする‼︎」
そう言うと、二人は嬉しそうな顔を向けてくれた。
「この三つは記念に取っておくね。魔法で完全保存とか出来ないかな?」
三つのリースを前に、両手をかざして「保存! 完全保存! 一生朽ちる事のないように‼︎」そう願いながら魔力を流した。
果たしてその魔法は成功したのだろうか……。分からないが、この先ずっと家に飾っておこうと決心したのだった。
その後、一度お昼ごはんを食べにダイニングへ移動し、みんなと共に食事をした。
「あ、そうだ、リリー。午後からって時間空けられる?」
そう聞いて来たのはディランさんだった。
「ん〜午後からはまたラボに籠ろうと思ってたんだけど、何かありました?」
「そうか……実は、この間リリーに見せてもらった新しいハーブなんだけど、ニゲラだったか? それを試してみたいと思ってね。魔物の研究にも使えるか試してみたいんだ。なに、ここのみんながいれば魔物など脅威ではないよ。それと、リリーの魔法もこの目で確認してみたくてね。危ない事はさせないから協力してくれないか?」
うーん……。人々の安全の為に、王都では魔獣の研究も行われているとディランさんに聞くし、クラウスさん達が付いているのなら問題ないかな?
「分かりました。どの道午後からラボに籠もって新しいハーブの研究をするつもりだったから、午後からはニゲラに時間を割きましょう!」
「そうか! ありがとう! これでやっとリリーの魔法が見れる‼︎」
え? 喜んでるのはそっち⁉︎
「リリー、本当にすまない。魔法の事となるとディランは見境がなくなるから……。リリーには絶対に危険な目に遭わせないように私が守るから」
クラウスさんは申し訳なさそうに目尻を下げた。
昼食を終え、全員で外へ出た。ここは、森と神の箱庭から少し離れた広く開けた草原。周りには風にそよぐ下草ばかりだ。
「この辺りなら周りに被害が被らず安心して実験できるな」
「そうね、それじゃあ早速試してみますか?」
アイテムボックスからニゲラから採取した種を取り出す。取り敢えず、普通に指で潰してみればフルーツのような香りが辺りに広がった。
「フルーツみたいだね。これがニゲラの香り?」
アニーさんも種を取り、指で潰して香りを嗅いでいる。
「ん〜、何も起こらないわね」
魔獣が好む香りなら、この香りに誘われて魔獣が現れるんじゃないかと予想したが、どうやら外れたみたいだ。
「いや、リリーあそこ……」
耳をピンと立て、周囲の音を拾っていたガウルさんが、草陰を指差した。
「あ、可愛い……うさぎ?」
そこには頭から角を生やした白いうさぎが、鼻をヒクヒクさせ
こちらに向かってピョンピョンと近づいて来ていた。
「あれはただのうさぎじゃないよ。ホーンラビットって聞いたことない?」
あ、そう言えばジェフのお店から園芸用の手袋を買った時、素材はホーンラビットって言う魔獣の革でできているって言ってたわね。
「そっか、あれがホーンラビットなのね」
「そう、見た目は可愛いかもしれないけど、れっきとした人間を襲う魔獣だよ」
よく見れば、ホーンラビットは一体だけではなかった。
「リリー、三体いるよ。こっちに一体と、そっちに二体」
フレドリックさんに言われた方向を見れば、先程の白い個体とは別にグレーの個体と茶色い個体が近づいて来ていた。
「ちょっと行ってくる」
そう言うと、ガウルさんは素早くホーンラビットを仕留めて来た。
「ホーンラビットの肉も食用だ。後でみんなで食べれるように解体しておくよ」
解体担当のアニーさんが近くの木にウサギを逆さに吊るし、血抜きをしている。
ちなみにホーンラビットもバースの村で実食済みだ。
それからしばらく待ってみたが、他の魔獣が現れる事はなかった。
「う〜ん、これじゃあニゲラの香りで釣られたのか、たまたま現れたのか分からないな」
確かに。
「次はもっと沢山潰してみる? 一応乳鉢も持って来てるからやってみようか?」
「そうだな。もし、大型の魔獣が現れてもこのメンバーならなんて事ないだろうし……頼めるか?」
「分かったわ」
アイテムボックスから乳鉢を取り出し、そこそこの量のニゲラの種を、まずは魔力を込めずに普通にすり潰してみる。
しばらく魔獣が現れるのを待っていると……
「上だ‼︎」
ガウルさんが大きく叫ぶ。するとガウルさんとアニーさんは私を挟むように、クラウスさん、ディランさんは前方へ、フレドリックさんは後方へと陣形を組んだ。
上を見上げれば鳥だろうか、翼を広げて上空を旋回するシルエットが。
「何の鳥かしら?」などと考えていると、ディランさんがその鳥に向かって魔法を放った。
「遠いな……」
「近づいたところを仕留めるしかないな」
どうやら遠すぎて魔法が届かなかったようだ。放たれた魔法は上空で霧のように消えた。
単眼鏡でその様子を見ていたフレドリックさんは「あぁ……ダメか」と言葉を溢している。
「隊長、ディランさん、おそらく西の森の猛禽類、フォレストイーグルです。」
そうしてる内にも上空には鳥達が集まって来ている。
「ちなみにリリー、あそこまで魔法届くか? 俺では遠すぎて、こちらに攻撃を仕掛けてくるまでは手出しが出来ない。ヤツはフォレストイーグルと言って大型の猛禽類に属する魔獣だ」
「わ、私? どうだろ、やった事ないけど……それに、魔獣に向けて魔法を放つのもワイルドボア以来だし……」
う〜ん、どうしようか……と、ふとフレドリックさんをみると大きめの弓矢を構えて上空を狙っていた。
弓ね……なるほど。
私は魔法で氷の矢を数本作り出し、空へと向けて一気に放った。放たれた氷の矢は一体のフォレストイーグルへと突き刺さり、そのまま落下。その落下を皮切りに、他のフォレストイーグルが次々とこちらに向かって急降下して来た。
「ナイス! リリー!」
クラウスさんとディランさんはそれぞれ魔法を放ち、フレドリックさんは弓矢で撃ち落としていく。アニーさんとガウルさんは三人が撃ち漏らしたフォレストイーグルを次々と仕留めていく。
フォレストイーグルの襲撃はあっという間に収束を迎えた。




