花と少女と魔獣
「次は、ラベンダーのポプリです。これもハーブの一種で、とても良い香りのはなを咲かせるハーブなんです。この香りを嗅ぎながら眠ると体の調子が良いんですよね。特に女性は好きな香りだと思うんですけど、ソニアさんどうですか?」
ソニアさんにポプリの容器を渡して感想を聞いてみる。これはきっと女性が気に入ってくれると思うので、余計な説明はせずにただのポプリとして販売しよう。
「ああ。いい香り。胸いっぱいこの香りを吸い込むと心が安らぐね。世の中にはこんな薬草があったんだねぇ」
いえ、ありませんよ。持ち込みです。ふふふ。
「これは銅貨五枚くらいで」
「どんどん行きます。次はカモミールの安眠ハーブティーです。この葉は紅茶のようにお茶にして飲みます。夜眠れない時なんかはこのハーブティーを飲めば寝つきが良くなりスッキリとした気持ちで起きることができます。あとは、酷く疲れた時にもこのお茶を飲んで寝ると疲れが取れるんですよ」
持参したティーポットに茶葉を入れ、ソニアさんにお湯を沸かしてもらい二人でお茶をしてみる。
「うん。いい香りで美味しい。どうですソニアさん」
「いい香りだね。この茶葉、葉と言うより花が入ってるんだね。花のお茶なんて初めてだけど、とっても美味しいね。これは宿で疲れた旅人なんかに出してあげれば喜ばれるかもしれないね」
さすが宿屋の女将。いい事考えてくれるね。確かにここは目的地ではないが旅の途中の中継地点としてよく利用されるとの事なので喜ばれる事間違いなしだね。
「これも銅貨五枚で」
「次で最後です。これはペパーミントの魔獣避けです。さっきのスペアミントのうがい薬より、強い香りのミントです。この香りは魔獣系のモンスターが嫌う香りのようで、これを身につけているとモンスターが寄りにくくなります。実際、今日私がここまで来るまでに一時間半くらいかかったんですけど、一度もモンスターに遭遇しませんでした」
さっきこの村の門番の男性も言っていたが、この村にも時々小さいモンスターがやってくるらしい。そのために門番が必要なのだろう。
「確かに強い香りだね。魔獣が嫌いな香りがあるのは初めて聞いたけど、あんたはそれで一度も襲われたことがないんだろ?」
「はい。ただ今まで襲われたことがなかっただけで、確実に襲われないのかと言われると、ちょっと自信が無いのでお守り程度に考えてください。なので、銅貨三枚くらいで」
「随分と作ったね。そしてまた随分と安く売るんだね」
ソニアさんもう諦めてますね。そうそう。それでいいんですよ。
「それで、どのくらい買い取ってもらえますかね?」
宿屋で料理や飲み物として提供出来るものと、うがい薬やポプリのように宿屋で活用出来ないものがあるだろうから、必要そうなものだけ買い取ってもらおう。
「全部買い取るよ。買い取らせておくれ。こんなに安く売ってくれるんだし、ポプリやお守りなんかは泊まり客が買ってくれるようにカウンターに置いといてあげるよ」
「ほ、ほんとですか? ありがとうございます!」
まさか全部買い取ってくれるとは思っていなかったので、驚きだ。
「全部計算すると、金貨二枚と銀貨一枚になるけど、どうする? 全部銀貨で渡すかい?」
そう言われたが、これから買い物もして帰るから細かいお金の方が使いやすいだろう。
「銀貨でお願いします」
と伝えると、また革の袋から銀貨を取り出し渡してくれた。
それからソニアさんに、お世話になったお礼として異世界の花で作ったミニブーケをプレゼントとして渡し、木漏れ日亭を後にした。
「ソニアさんいい人だったな。またおいでって言ってたし、また何か作ったら買い取ってもらいに来よう」
鼻歌を歌いながら買い物へ向かった。
それから、村唯一のお店でジャムを入れる瓶や、お茶を入れる容器と食料品を買い店を出た。すると、店を出たすぐ近くで女の子たちが集り何かを探しているようだった。
何か無くしちゃったのかな? そう思っていると、十歳くらいの女の子が近づいてきて、
「あー! このおねぇちゃん! みんな〜! このおねぇちゃんだよ!」
と他の女の子を呼んだ。私がどうかしたの?
「みんなどうしたの? 何か探しているみたいだったけど。」
首を傾げて尋ねてみた。
「あのね、あのね。この辺りでさっきからとってもいい匂いがするの。それでね、みんなで何の匂いだろうねって話してたんだ。そしたらね、おねぇちゃんが同じ匂いをしているの。おねぇちゃんこれ何の匂い? とってもいい匂いね!」
その女の子と周りの子達は目をキラキラさせながらこちらを見ている。
さすが女の子。小さくてもこういうことには敏感ね。さっき、ポプリやミントを出していたから匂いが体に移ったんだろう。
「ありがとう。さっきね、木漏れ日亭のソニアさんにウチで採れた花を使った商品を買ってもらったのよ。その時に体に香りが残ったんだと思うわ」
スンスンと匂いを嗅ぐ子供たち。かわいいっ! 「いいな、いいなぁ〜」と騒ぐ子供達。
「いい匂いがするのは売ったからもうないけど、代わりにこれをあげるね」
とミニブーケを取り出す。
「わぁ〜かわいぃ〜こんな綺麗な花見たことない! おねぇちゃんの匂いと違うけど、この花もとってもいい匂いだね! ありがとう!」
子供たちは大喜びでお礼を言ってきた。素直でいい子達ね。
そのあと、家へ帰る私を見送ってくれると言う子供たちと村の入口までやってきた。道中はお花の話や、ハーブの話をして子供たちは目をさらにキラキラさせた。
「おねぇちゃん、今度来る時あのいい匂いのする【ポプリ】持ってきて。お母さんにお願いして買ってもらうから。ね? お願い!」
もう、可愛いんだから、おねぇちゃん頑張っちゃう!!
「もちろん! 次はもっと色んな香りの花も持ってくるね。楽しみにしてて」
最後の挨拶を済ませ帰ろうとした時だ。
一一一一一カンカンカンカンカンカン一一一一一一
突然鳴り響く音が身を強ばらせる。
「なに? なに? この音なんなの?」
訳も分からず動揺していると子供達が私にしがみついてきた。
「おねぇちゃん大変! 魔獣よ!」
すると、既にすぐ近くまで赤い目をした大きなイノシシが近づいていて、門番の男性が剣を抜きイノシシと対峙していた。
初めて見るモンスターに目が離せない。イノシシの体からは黒いオーラのようなものが立ち上っている。きっとあのオーラは魔素。初めてみるが、何となくそう感じる。じっと見つめていると、静かな声で
「おねぇちゃん、逃げないと……」
と女の子に手を引かれる。目を離そうとした瞬間、門番の男性の体が空に浮き上がる。牙で持ち上げられ飛ばされたのだ。
門のすぐ前にいた私は、子供たちに「逃げなさい!」と叫び、迫るイノシシに駆ける。
「リリー‼︎ 戻りな‼︎ 戻りなーーーー‼︎」
心配して探してくれたのであろうソニアさんの声が背中に飛んだが、言葉を振り切り両手を前に突き出す。
「村に近づくな‼︎」
言葉と共にイノシシの体を水球の中に閉じ込め空中へ浮かせる。イノシシは突然水の中に落とされ混乱し、もがき出ようと暴れる。が、壊されてたまるかと水圧を加える。ものの十秒ほどでイノシシは動かなくなった。完全に動かなくなったイノシシを確認すると水球を解除。大量の水が流れ出た。
「リリーーー‼︎」
と、声の方に振り向くとソニアさんが足をもつれさせながら走って来て、私に勢いよく抱きついてきた。
「心配させるんじゃないよ! 突然ワイルドボアに向かって行くんだもの、何を考えてるのかと思ったよ!」
肩で息をしながら涙を浮かべるソニアさん。
「あ、あははは、ごめんなさい? 周りが見えなくなってた」
言い訳をしていると、いつの間にか集まった村の誰かがある言葉を発した。
「魔女だ……」
そう一言呟いた。その後すぐに……
「魔女? どうしてこんな所に」
「何をされるか分からないわ。逆らってはダメよ」
「子供たちを隠さないと。あなた、早く」
そう、ザワザワと村の人達が静かに囁きあっていた。