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サポナリア

 清潔感のある白い壁に設置された魔石に手をかざせば、室内に明かりが灯る。およそ三十畳ほどの広い室内には作業台からキッチン、乾燥室まで設置されている。壁に備え付けられた背の高い棚には、大きなガラス瓶に入れられたドライハーブやドライペタル、そして様々な種類のオイルがずらりと並んでいる。

 ここはシェアハウス一階の奥の部屋。私の研究ラボ兼工房だ。


「さてさて、今日はお手伝いよろしくね」

 今日の助手はロジーとスノーだ。多段の料理の助手や素材採取の助手なら誰でもいいのだが、今日の素材はレア度の高い曰く付きのハーブも入っているのだ。何が起こってもこの二人ならば、ある程度のハプニングなど慣れたものだろう。私がもし失態を晒しても、今まで散々私の失態を見てきた二人だ。今更どうとも思われないしね。


「やっぱ特別な実験には僕じゃないとね!」

 朝イチで「今日は工房に籠るから」とクラウスさんに言えば、手伝いを申し出てくれたが、どんな効果が出るか分からないので丁重にお断りした。アイテムボックスの封印物件を思えば妥当よね。ただ、危険な真似だけはしないでくれと何度も言い聞かされたが。

 ロジーは特別な助手の立ち位置に、少しばかりの優越感に浸っている。なんだか嬉しそうね。クラウスさん達と共同生活を始めてから、どうしても二人との時間が少なくなってしまった。ロジーは寂しくなると、あからさまに拗ねて私の気を引こうとするので分かりやすいが、スノーはどう思っているのだろう。


「ね、ね。今日は何から作るの?」

 テーブルに並べられた材料を見てロジーは首を傾げる。

「そうね、まずは安全そうな素材からって事で、サポナリアを使って石鹸を作るわよ」

「へぇ、このハーブが石鹸になるんだ」

「そうなの。このハーブを水に浸して揉み込んでみると、泡が立つのよ」

 実際に水に浸けて揉み込んでみれば、だんだんと泡が立ってくる。ちなみに、使用したお水は私の水魔法。純度の高い精製水だ。

「ほんとだ。でもさ、これって石鹸じゃなくて石鹸水だよね。どうやって固めるの?」

「そうなのよね〜。そこが今の問題点なのよ」


 そう、そこが今回の課題だ。石鹸を手作りするには【苛性ソーダ】が必ず必要になってくる。名前を聞いてピンとくる人もいるだろう。【苛性ソーダ】は危険な劇薬として【青酸カリ】と同等の知名度で知られている。そう、ドラマなどで犯人が毒殺などに使う、アレね。

 地球で手に入れるには、簡単な書類(何の為に使うのか)と印鑑が必要になるくらいの劇薬だ。

 その苛性ソーダが無ければ鹸化は難しい。もちろんこの世界にそんなものは無い。


「この世界にも石鹸はあるけど、全く以て泡立たないのよね」

「それに、臭い」

「そうね、スノーはこの世界の石鹸の匂い嫌いだもんね」


 この世界の石鹸は、植物を燃やした際に出る灰を水に浸し、その上澄(灰汁(あく))で油脂を焚く方法が用いられている。なので、とっても油臭い。

 私も仕方なしにその石鹸を使っているが、さすがに匂いがキツいのでリメイクして使っている。

 石鹸を削り少量のお湯を加え、ハーブオイルを混ぜて柔らかくなるまで揉んで成形し、乾燥させてから使っている。これで少しは匂いがマシになるが、やはり、どこか油臭いんだよね。


「ねぇ、灰汁(あく)で焚いてみたらどうかな?」

 ロジーはサポナリアの石鹸水と灰汁(あく)を一緒に焚いたらどうかと提案する。

「えっとね、灰汁(あく)で固まるのは油脂だけだから、油分のないサポナリアは固まらないかな」

「じゃ、もっといい油使えばいいんだよ。サンシードオイルとか」

「ロジー……サンシードオイルの効果忘れちゃった?アイテムボックスに封印中の物件よ? それに、折角サポナリア栽培したのに元も子もなくない?」

「だよね〜」

 う〜ん…………。何かいいアイデアは……。


「なぁ、いつもみたいに魔力流しながら揉み込んでみたらどうだ?」

 おぉ。ナイス、スノー。

「いいね。やってみましょ。」

 もう一度ボウルに水を張り、魔力を込めながら揉み込んでみる。

 お? 何か泡立ちがさっきより豊か……そう思ったのも束の間、その泡は一気に勢いを増し、噴水の様にボウルから溢れた。

「…………」

「失敗か」

 そうみたいね。

「ドンマイドンマイ! さぁ次よ。次のアイデアどんどん出してこー!」

 

 溢れた石鹸水を片付けながら、三人でアレはどうだ、コレはどうだとアイデアを出し合う。


 新しいアイデアが浮かぶたび、どんどん実践していった。

 粉末にしてはどうか、固めるんだからマシュマロウは使えないか、他に固まる性質を持つハーブはないか、などなど色々考えてみたが、どうにもうまくいかない。

 だが、しばらく何度目かの挑戦をしていた時に、微かな活路が見出された。


 何度もサポナリアを刻んでいたら、ナイフで手を切ってしまった。

「あ〜やっちゃった。地味にヒリヒリする〜」

「も〜何やってんだよ」

「ほら、軟膏塗って」

 スノーがそう言って渡してくれたのは、私特性主婦の味方【アロエ軟膏】だ。

「ありがとね」

 軟膏を塗り込むと、痛みも随分と引いてくる。


「そう言えばさ、アロエにも面白い種類があるんだよね」

 アロエを見た瞬間、ふと思い出した様に口にすると、ロジーが興味を持った。

「それってどんな?」

「名前はね、【アロエ・サポナリア】別名シャボンアロエっても呼ばれているわね」

「ん? サポナリア?」

「そう、そのアロエも泡立つのよ」

「へぇ〜。ちなみにそのアロエって栽培してある?」

「うん。あるわよ」

「例えばさ、サポナリアとアロエ・サポナリアを混ぜたら濃い泡とか出来るのかな」


 ふむふむ。考え方としては安易な様な気がするけど、丁度ネタ切れだったので、やってみてもいいかもしれない。もしかしたらちょっとしたヒントを得られるかもしれないしね。

 ロジーのアイデアを試す為に、アロエ・サポナリアを取り出し、サポナリアと共に揉み込む。

 すると、サポナリアだけの石鹸水はサラサラしていたのだが、揉み込めば揉み込むほど、もったり、ぽってりと変化していった。

「‼︎」

「あ〜、ドロドロにはなったけど、流石に固まらないか〜。残念」

いやいやいや‼︎

「ロジー!これ成功かもしれない!」

「え? だって固まってないよ? ゆるゆるじゃん」

「このゆるゆるの液体をモールドに流し込んで、数日乾燥させると石鹸になるかも……」

 苛性ソーダを使った石鹸の作り方は、苛性ソーダを入れた四十度の精製水と、同じく四十度に温めたオイルを撹拌する。すると、次第にゆるゆるのもったりした液体に変わるのだ。それをモールドに入れて一日保温したら、しっとりと固まる。あとは、カットして三、四週間乾燥させれば完成だ。

「って事で、今のこのゆるゆる状態が、石鹸作りの工程にそっくりなのよ。もしかしたらこのまま成功するかも」

 そこからはロジーとスノーに手伝ってもらい、色々な条件で観察できる様に、十個ほどのもったり石鹸液をモールドに流し込んだ。

 保温の時間や、乾燥時間、サポナリアとアロエ・サポナリアの割合などを変えて様子を見る事にしよう。


「ロジー‼︎ 良くやったわ‼︎ ロジーってば最高よ‼︎」

 手放しで褒めちぎれば、満面の笑みを浮かべる。

「僕えらい?」

「うん‼︎ えらいえらい‼︎」

 もう、とことん甘やかしちゃう‼︎


 それを見ていたスノーが口を開く。

「例えばだが、さっきはどちらのハーブもそのまま水に浸けて揉み込んだが、どちらも粉状にしてみたらどうだろうか。それを水に溶かして混ぜてみるとか……」

「それいいね。やってみよう。それが上手くいけば、手軽に石鹸作れるかもしれないわね」


 スノーのアイデアを取り入れるべく、早速サポナリアと、アロエ・サポナリアを乳鉢でゴリゴリし、粉末にしてみた。

「さぁ、これを取り敢えず、半々の割合で混ぜて精製水を加えてみましょう」

 大きめのボウルに二種類の粉末を入れ、精製水を入れて撹拌する。

「あ、いいかも。もったりしてきた。スノー、モールド取って」

 スノーが持ってきたモールドに石鹸液を流し込む。

「うん。成功しそう。いちいち水の中で揉み込まなくてもいいからお手軽だね。スノー、ファインプレーよ!」

 ついついロジーにする様に、頭を撫で撫でしてしまったが、なんだか嬉しそうだったので良しとしよう。


「二人とも、ナイスアイデアだったわ。これが成功すれば、色んな香りや、保湿成分なども取り入れて、種類豊富な石鹸作れるわ〜。ありがとうね、また次も頑張りましょう」

「リリー、僕頑張ったから後でご褒美頂戴ね」

「ロジー、たまにはいい事言うな。私もリリーからの褒美、期待してるよ」

「ふふふっ。ご褒美ね。分かったわ。ロジーにはスイーツ、スノーにはお酒がいいかな?」

「「そう言うご褒美じゃない」」

 二人は意図せずに声が重なった。


 その後二人からはそれぞれ、「一日でいいからリリーを独占したい」とのご褒美をねだられ、丸っと一日独占された日が二人分続いた。




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