神と再び
あの楽しいディナーから一夜明け、薄く明るい日差しにまぶたの奥が刺激される。
目を開け窓の方を見れば、まだ夜が明けきってない白い世界が広がっていた。だが……
「ん?」
いつも窓から見える景色とは明らかに違う。
ベッドの隣を見てみればアニーさんが静かな寝息をたてている。
「真っ白……真っ白!?」
私が大きな声を出してもアニーさんは起きることなく眠り続けている。
一つの可能性が頭を過り、慌ててベッドから起き上がり、服だけ着替えて一階に降りる。
リビングには昨日そのまま眠ってしまったフレドリックさんと、ソファに座ったまま眠るクラウスさん、床に座ったまま眠っているガウルさんがいる。
「もう、何も掛けないで……寒くなってきてるんだから風邪引きますよ」
全く起きる気配がない三人に、上掛けを掛けてそっと外に出た。
やはりそこは見慣れた庭ではなく、真っ白世界が広がっていた。
「神様?」
そう呟くと、目の前にはいつか見たあの東屋が現れた。
『久しぶりだの』
こちらに微笑みを向けるのはやはり神様だった。
「お久しぶりです、神様。驚きましたよ」
『いや、すまんの。どのタイミングで呼ぼうか儂も悩んだんだがな。まぁ、とにかくいつかのようにお茶でもどうかの?』
神様が手をかざすと、東屋の中には若いらしいテーブルクロスの上にティーセットが現れる。
「相変わらずですね」
あれからまだ一年も経っていないのに、酷く懐かしく感じた。
「あ、折角ですからハーブティー入れさせてください。ストレリチアで育てたカモミールなんてどうでしょう」
私がそう提案すれば、神様はとても喜んでくれた。
『これがカモミールティーか。お主を時々見る度、気になっていたんじゃ。紅茶とは違ういい香りだの』
カモミールティーを飲んで一息ついたところで、今回呼ばれた訳を聞いてみた。
「ねぇ神様。ここに呼んだのは何か理由があるからですよね?」
『まぁ、そんなところだ。お主に警告をしたくての。お主は既に知っているとは思うが、サラセニアについてじゃ』
「やっぱり……何かあるんですね」
『ああそうじゃ。あの国は今から約四百年前に現れた闇の魔女を崇拝しておるのじゃ』
「漆黒の魔女と呼ばれていた魔女ですね」
『うむ。その魔女はな……元々お主と一緒……転移者だったんじゃよ』
神様はそう言って、漆黒の魔女について話してくれた。
彼女は私と同じ目的……つまり世界の魔素を浄化するためにストレリチアへ送られた。
彼女はストレリチアで平穏な生活を送りながら体に魔素を取り込み、世界を浄化をしていった。
世界を巡りながら浄化の旅を続けていた彼女は、やがて一人の男性と恋に落ちた。彼も彼女を愛し、子宝にも恵まれた。
神に感謝をし、幸せな生活が続く事を疑わなかった。
だが、そこで大きな悲劇に見舞われる。
その当時は、現在ほど世界の情勢が安定していなく、頻繁に戦争が行われていた。
彼女達家族も例外ではなく、戦争に巻き込まれ、愛しい夫とまだ小さな命が失われた。
彼女は世界を神を呪った。世界の為に尽くしてきたのに、なぜ神は救ってくれなかったのかと。
世界に裏切られたと感じた彼女は、その膨大な魔力を使い、世界を滅ぼしていった。
元々、無限の魔力を授けられていた彼女だが、平穏な生活に魔力は必要ないとして、魔力を封印してきたのだが、その溜め込んだ魔力を爆発させたのだ。
彼女は村から街から国から子供を攫い、自分の手元に置いた。そして、その子らに闇の魔力を授けた。
二度と戻らぬ我が子の代わりとしたのかは分からないが、その子らも強力な魔導士へと成長していった。
そして、世界は闇の魔女の出現で大きく変化した。
戦争が続いていた世界だが、魔女討伐という名のもとに、国が手を結び協定が結ばれた。
そして、魔女出現の十年後【漆黒の魔女】はとうとう討伐されたのだった。
最後の姿は、攫ってきた子らを背に庇い、強力な魔法をその身に浴びて首を落とされた。
神様の話を静かに聞いていたが、余りにも悲しく嗚咽が零れてしまった。
『儂もな、彼女をずっと見守っていたのじゃが、どうしても助けることは出来なかった。我々神には世界に直接手を加えることできないんじゃ。儂に出来ることは世界を見守る事だけだからの』
「なら、今こうして私を呼んでいるのは? どうして私はここに来ることが出来たんですか? 彼女もこうして呼んであげられなかったのですか?」
『前にも言った通り、ここでは時間の流れが違うのじゃ。お主はここでこうして儂と話をしているが、世界に戻ればこちらに来たその時間に戻る』
そうだ。あの時、車に轢かれそうになった時、私は神様によってこの白い世界へやってきた。
命はまだ失ってはいなかったが、地球に戻ればこちらへ引っ張られたその瞬間に戻る。だから戻れなかったのだ。戻った瞬間、目の前の車に轢かれるのだから。
「そっか……そうでした……」
『だからの、お主の身に何かあっても儂には助けることが出来ない。見守ることしか出来ない。それを覚えていて欲しい』
「はい」
『問題のサラセニアには、その【漆黒の魔女】に闇の魔法を授けられた生き残りの子孫が多く残っておる。おそらく、その子孫らが【漆黒の魔女】の復活を求めているのじゃろう。お主は既に奴らに目を付けられておる。くれぐれも気を付けるんじゃぞ』
「私には……多くの仲間が出来ました。その仲間を失わない為にも強く生きていきます」
『うむ。それに随分とお主を愛おしく想ってくれるヤツもいるようだしの〜』
「か、神様、そんなとこまで見てたんですか!?」
『たまたまじゃよ。たまたま。幸せそうな顔をしおって。羨ましいぞ〜』
神様にまで揶揄われ、火が出そうだ。
「あ、神様。確認したいことが」
『なんじゃ。言うてみ?』
「私のこの真実、他の人に話しても大丈夫ですか? 既に二人には話してしまったんで、事後報告にもなっちゃうんですけど……」
『ああ。その事なら構わない。お主が信じた相手なら大丈夫だろう。ただ、余り話が広がるとお主の身も危険になるからそこは考えて話すと良いじゃろう』
「はい」
『ほれ、名残惜しいがそろそろ戻る時間じゃ』
次に神様に会えるのはいつだろう。もう二度と会えないかもしれない。
これだけは伝えなきゃね。
「神様。前にも言ったけど……私の命、拾ってくれてありがとう。私、今幸せよ」
神様は何も言わず、優しく微笑むだけだった。
そして、住み慣れた我が家の扉を開き、振り返ることなく扉を閉めた。