近づく距離
あぁ……やっぱり……
ガウルさんの元へ駆け付けると思った通り、私の思った通りのハーブが植えられていた。
【キャットニップ】☆☆
猫が好む香りを持つハーブ。たいていの猫は陶酔状態になります。
効果時間は十五分。
用法用量は正しくお使いください。
「ガウルさん……ごめんね」
ガウルさんを見ると倒れたのではなく、寝転んでゴロゴロ喉をならしキャットニップに鼻を擦り付けていた。
『あ〜あ。こりゃ酷い。さすがに僕も同情するよ……』
「ロジー、とにかくキャットニップを刈り取るわよ。アイテムボックスに封印よ!」
キャットニップを刈り取ろうと手を伸ばした瞬間、私はガウルさんによってその腕の中に捕まってしまった。そして、大きな顔が近づきベロンと顔を舐められる。
『おま……さすがにそれはダメだろう!』
「あぁ、もう良いから良いから! 早く刈り取っちゃって!」
ガウルさんにされるがままの私は放っといてもらって、ロジーに何とか刈り取ってもらっていると、騒ぎを聞き付けた皆がハーブ畑に入ってきた。
「あ。クラウスさん……」
「ガウル!! お前、一体何をしてるんだ!!」
今まで見たことも無い形相のクラウスさんがガウルさんを睨みつけてる。
「スノー、クラウスさんを止めて!」
怖い顔をしてこちらに近づくクラウスさんはスノーによりその動きを押さえられた。
「クラウスさん、ごめんなさい!! 私が悪いんです!! このハーブを植えていたのと、ガウルさんが猫科の亜人だって事を忘れてました!!」
傍から見たらとんでもない光景だろう。
尻もちをついた私が喉を鳴らしたガウルさんによって舐められているのだから……
「クラウスさん、ホントにごめんなさい! ガウルさんにこんな醜態を晒させるなんて……このハーブ、猫科の動物を陶酔状態にさせる成分が入ってるんです。こうなると十五分はもとに戻りません。ガウルさんが悪いんじゃないんです。お願いだから怒らないでください!!」
私の必死の説得を聞き、クラウスさんは頭を抱えてその場に崩れ落ちた。フレドリックさんは大笑い、アニーさんは頭に手を当て顔を赤くし、ディランさんは呆れた顔でこちらを見ていた。
そこからは、ロジーに刈り取ってもらったキャットニップをアイテムボックスに封印し、陶酔状態から抜け出しフラフラのガウルさんをカバードポーチまで連れていき、念の為、セント・ジョーンズ・ワートで記憶を消去した。
尚、この事はガウルさんのメンツに関わる為、二度と話題に上がることは無かった。
「ガウルさんごめんね。私が植えていたハーブとガウルさんが合わなかったみたいで、ガウルさん……気を失ってしまったの」
目を覚ましたガウルさんにはそう言って誤魔化しておいた。
「何だかすまないな。どういう訳か記憶が飛んでるんだ……ただ、随分とスッキリして心地よかったのは覚えてる」
「「「「「でしょうね」」」」」
クラウスさんは言葉には出さないが、未だに顔をヒクつかせている。
とんだハプニングに見舞われたが、なんとか皆で落ち着いて話をすることが出来そうだったが、この妙な雰囲気の中、私の真実について語るのは難しいので、明日改めて話をする事にしよう。
「そうだ皆さん、今晩は懇親会でもいかがですか? 折角お知り合いになれたので夕食を共にし乾杯しません?」
私の提案に皆が顔を綻ばせ頷いた。
「それはいい提案だな。この先も続く私達の関係を深めよう」
「それじゃ、アニーさん。夕食のお手伝いお願いしてもいいですか?」
そう言ったその直後。
「「「「ダメだ!」」」」
男性陣が一斉に声を合わせてそう告げる。
「あ、アニーさん貴族でしたもんね。本で読みました、貴族女性はお料理なんかしませんもんね……ごめんなさい」
そう言うと「いやいやいや、アニーは貴族だが、騎士団に入れば自分の事は自分で何でもしなければならない。貴族の常識は捨てなければならない」と即答された。
「じゃあ、何でダメなんですか?」
アニーさんを見れば諦めたような表情をしている。
「アニーはな……」
「「「「料理が絶望的に下手なんだ」」」」
「俺はまだ死にたくない」
「私もアニーの料理だけは……」
あぁ。アニーさんはいたたまれなさそうに項垂れている。よし、ここは私が!
「まったく、女性に対して失礼ですよ! アニーさんは今まで貴族として料理なんて教えてもらわなかったんだからしょうがないじゃないですか!アニーさん、大丈夫ですよ。私がアニーさんに全てを教えますから。失礼な男性陣は放っといて一緒にお料理しましょ」
私はアニーさんを連れキッチンに行く。そして、様々な料理を手伝ってもらった。
「そうそう。そこでこのハーブを香り付けとして加えて……うん、完璧!」
私の言葉を聞くと、アニーさんは「私でも料理が出来た!」と大喜びしていた。
その後、いい香りに誘われてキッチンを覗きに来た男性陣を追い払った所、アニーさんは男性陣に全力で謝られていた。
私達は顔を見合わせ笑いあった。
「さぁ、お待たせ致しました。スペシャルディナーです」
狭いリビングには寄せ集めのテーブルとソファ、ダイニングから持ってきた椅子などが並べられ、テーブルの上にはアニーさんと一緒に作った料理が並べられた。
・スイートバジルを使った生パスタのジェノベーゼ
・ナッツとルッコラとトマトのサラダ
・オレガノ風味のチキングリル
・サーモンのローズマリーソテー
・ポテトのカリースパイスグラタン
・ローリエ香る香草スープ
・ワイルドボアのローストボア
そして乾杯は感謝祭で手に入れたワイン。
「うわ〜! いい香り! これホントに二人で作ったの!?」
フレドリックさんは目を輝かせ香りを楽しんでいる。
「もちろん! アニーさん要領もいいし、すぐ覚えてくれたから助かったわ!」
「いや、リリーの教え方が良かったんだ。とても楽しかったよ」
「アニーさんにも楽しんでもらえて良かった! さぁ、乾杯しましょう」
「それじゃあリリー、乾杯の挨拶を」
クラウスさんに促され、席を立つ。
乾杯の挨拶。この世界に来てソニアさんに教えて貰ったしきたり。こうやって色んな人に教えて貰いながら私は世界に馴染んでいくんだろう。
「皆さんと出会えた事を感謝します。辛い別れや泣きたいこともあったけど、今こうしてこの世界にやって来たことを神に感謝します。乾杯」
「「「「「乾杯!」」」」」
皆との食事は本当に楽しくて、フレドリックさんに笑わされ、アニーさんは酔って私の頬にキスをし、ディランさんからは魔法について根掘り葉掘り聞かれ、私はと言うと酔った勢いでガウルさんのお耳をモニモニ。
涙が出るほど笑った。少し酔い過ぎたかな。
「はぁ〜。笑いすぎた! お腹痛い! ちょっと夜風に当たってくるね」
そう言ってカバードポーチへと出た。
「はぁ。皆いい人。神様、私この世界好きよ。色々あると思うけど頑張るね……」
神様が聞いてくれているか分からないけど、夜空に向かってそう呟いた。
一人カバードポーチの階段で涼んでいると、扉が開く音がした。振り向いてみればクラウスさんがソファに置きっぱなしのストールを持ち、こちらへやってきた。
「リリー、夜は冷えるよ。さぁこれを」
そう言って肩にストールをかけてくれる。
「ありがとう、クラウスさん」
クラウスさんはそのまま私の隣に座って肩を並べてくれる。
「あ、そうだ」
私はクラウスさんから預かっていた短剣をアイテムボックスから取り出しクラウスさんに差し出した。
「クラウスさん、お預かりしていた短剣です。無事再会できるまでって言ってましたよね? お返しします」
クラウスさんはしばらく私を見つめていたが、短剣ごと私の手を包みそっと口を開いた。
「リリー、この短剣は貴女に持っていて欲しい。私は……貴女が……貴女の為なら……」
バクバクと鼓動が早まる。お酒のせい? それともクラウスさんのせい? 見つめられたクラウスさんの瞳から私は目が離せない。
「クラウスさん……?」
「あーーー隊長がリリーを口説いてる!!」
「あ、バカ!! 空気を読めフレドリック!!」
勢いよく開いた扉からフレドリックさんがワイン片手に指を差し、フレドリックさんにアニーさんの鉄拳が落ちる。そのフレドリックさんをディランさんが引きずり、開けっ放しの扉はガウルさんの手によってそっと閉められた。
「「ぷっ……あはははは!」」
クラウスさんと顔を見合わせると、可笑しくてお互い笑いが止まらない。
「もう、フレドリックさんたら……ねぇ、クラウスさん。明日、皆に聞いてもらいたい話があるの。私はクラウスさんを信じて話すわ。だからクラウスさんも私を信じて話を聞いて欲しいの。お願い」
クラウスさんは今までにないくらいの甘く優しい顔で私の頬に手を添える。
「もちろん。私はリリーを信じるよ」
楽しいディナーは夜遅くまで続き、いつまでも笑い声が耐えなかった。




