ただいまマイホーム
女性誘拐事件から一週間が過ぎ、私は今、ようやく我が家へ帰ってきたところだ。
あれから何がどうなったかと言うと、眠ったままの私はクラウスさんに抱き抱えられ、伯爵様のお屋敷で眠らされた。
当然、起きた時には何故、伯爵様のお屋敷に私がいるのか、パニックになったのは言うまでもない。
そして、抱き抱えられた事実を知り、しばらくクラウスさんを見る度、赤面するのだった。
目覚めた私は、メイドさんにより身支度を整えられ、伯爵様の元へと案内された。
メイドさんには何から何までお手伝い致しますと言われたが、私は慣れていないので遠慮したわよ。
伯爵様の元へと案内されると、部屋にはクラウスさん達特務部隊が揃っていて、子爵邸での出来事を事細かに説明した。
ネルソンさんが娘達を人質に取られ、子爵の言う事を聞くしか無かったこと。子爵邸のメイド達は闇魔法により操られていたこと。子爵の思惑。そして、ベラドンナのこと。
それからの調査は伯爵様が進めてくれるだろう。
ネルソンさんも人質がいたとはいえ、自分のした事に責任を感じ、罪を償うと言っていたが、伯爵様により情報と引き換えに情状酌量でお咎めなしとなった。
これには二人の娘達、ハンナさんとヘレナさんも喜んでいた。
因みに、ハンナさんとヘレナさんは伯爵様のお屋敷で働くことになったのだそうだ。
それとレール子爵だが、これから伯爵様により情報を引き出され、何らかの刑を受けるだろう。
あ、そうそう。伯爵様には、私特製のお口が滑らかになる自白剤を差し上げたらとても喜ばれた。
それから気を利かせてくれた伯爵様により、ミラとジェフが伯爵邸に案内されてきた。
ミラは私に抱きつき大泣きするわ、ジェフは特務部隊を見て固まるわで、ある意味賑やかな再会となった。
そうそう。伯爵様の騎士様達が子爵邸の周りの魔獣の残骸を処理しに行くと言うので、私も付いて行ったんだった。あのまま魔獣の残骸を残しておくと、他の魔獣も集まってきて危険な土地になってしまうから、処理しなければならないのだそう。
それとは別に、私には気がかりな事もあったからね。魔獣により運ばれた魔素が心配だったのだ。
大破した子爵邸に着くと、やはり濃い魔素が漂っていて、騎士様たちは中々処理を進めることが出来なかった。なので、私に付いてきてくれたディランさんと共にお手伝いをした。
ディランさんは高火力の火魔法で残骸を消し炭に。私は土魔法で残骸を地中深くに埋めた。
これには、伯爵様の騎士様達も目を点にし「俺たちの仕事が……」と呟いていた。
でもね、騎士様達にもお手伝いしてもらったのよ。
魔素の浄化を進めるために土地を耕し、ヒソップの種を蒔くのを手伝ってもらった。
鎧を身に着け種を蒔く姿はとってもシュールだったが……
これでしばらくすれば魔素も浄化されるだろう。
その後、目を覚ました女性達の様子を見に行くと、記憶は綺麗に消え去り、何故自分がここに寝かされていたのか分からないと、少々の混乱もあった。
女性達のご両親には、話を合わせてもらうように事前に説明すると「娘を取り戻してくれてありがとう」と心からの感謝を頂いた。
女性達家族の多くは、新たな人生を歩むため家族と共にこの土地を離れると言っていた。
本人達に記憶がなくとも、連れ去られた事実は変わらない。街の人から真実が漏れないとも限らない。
だから、誰も知らない新たな土地で、新たな生活を始めるのだろう。
ノーラとノーラの両親も無事再会ができ、再会を見届けることが出来た。彼女に記憶を消そうかと聞いたが、私に助けられた記憶まで消されたくない、私と出会えたことを誇りに思い、強く生きていく。そう答えたのだ。
彼女はきっと、この街で強く逞しく生きていくのだろう。
私に出来るのはここまでだ。
そして、今現在に至る。
「ただいま〜! やっと帰ってきた! マイホーム!」
やっぱり、我が家は落ち着くわ〜。
「あの時は周りを見る余裕もなかったが、改めてみてみるとすごい庭だな……」
「確かあそこに深紅のバラがあったんだよね……思い出すと身体中が……」
「これ程の土地を丸ごと隠匿の魔法で隠すって……全く規格外だな……」
「ここがリリーの自慢の庭か。綺麗ね……」
「スンスン、スンスン」
はい、皆さんご一緒に我が家まで付いてきてしまいました。
これから先のことを相談したいから、是非リリーの家へ招待して欲しい。と。
しばらく不在にしていたけど、お庭の植物たちは元気です。
「折角ですからローズガーデンでティータイムにしましょう」
クラウスさん達をローズガーデンへ案内し、ティーセットを運ぶ。アイテムボックスに保存しておいたローズペダルのジャムとローズマリーのクッキーも添えて。
鎧を脱いでお茶を飲む姿はどこかのお城の王族のようだ。さすが貴族。映えるわぁ〜。アニーさんなんて鎧を身に纏えば立派な女性騎士だが、鎧を脱いでお茶を飲む姿はどこぞのご令嬢のよう。
「さて、本題に入ろうか。リリーは伯爵様からある程度聞いてると思うが、どこまで聞いてる?」
カップをソーサに置いて口を開くクラウスさん。まぁ、その姿も様になって見とれてしまうわ。
「確か、サラセニアから私を守るために保護をする。でしたっけ?」
「簡単に言うとそうだな。リリーから聞いたベラドンナもそうだが、サラセニアは小さいながらも魔法国家。魔法に秀でた国なんだ。サラセニアでは日々魔法の研究がされていて、様々な魔法を生み出していると聞く。まぁ、そこまでは聞こえがいいが、実際闇魔法の研究も進んでいて、かなり悪どい事も企んでいるようだ」
ため息をつき再びカップを持つと、次はディランさんが口を開く。
「それでね、リリーの噂を聞きつけたサラセニアの人間がリリーを利用する為に誘拐まがいの事をするんじゃないかと思い至ったわけだ。これはこの国の、アズレア王国の王太子殿下からの命でもあるんだ。だから、リリーには俺たちと一緒に王都までついてきて欲しい。保護を受け入れて欲しいんだ」
やっぱり……これ受けちゃったらしばらく王都に缶詰にされるって事よね……
一人、どうしようかと考えていると、アニーさんが私の手を握ってくれた。
「突然こんな事言われても困るわよね。本当は私もリリーには王都に付いてきてもらいたいけど、そこはリリーの気持ちを優先にするわ。今すぐにって言うわけじゃないからゆっくり考えて」
これはロジーとスノーに相談ね。
「すみません。少し、一人で考えてもいいですか? 皆さん、ここでお茶を楽しんでてください」
ローズガーデンが出て、カバードポーチの階段に座り込む。
「ロジー、スノー」
名前を呼べば二人が姿を現した。
「ねぇ、さっきの話、どう思う?」
きっと二人共聞いていただろう。
『う〜ん。僕達がいれば連れ去られたりはしないと思うけどな。それに、リリーはもうすぐこの場所離れて新しい土地で魔素の浄化をするんでしょ?』
「そうなのよね〜。王子様の命令もあるからクラウスさん達は私に付いてきて欲しいんだろうけど……さすがに王都に連れていかれると私も困るかな……」
『リリー、勿論私達はリリーの身を全力で守る。だが私自身、奴らに捕らえられ呪いをかけられたのだ。私達が絶対守りきれるかと言われれば、断言できない。彼らの言う事も間違ってはいないと私は思う』
スノーの言葉はあの時、呪いを受けたスノーの姿を思い出させる。
『ねぇ、リリーの事、あいつらに話さないの?』
「真実って事?」
『そう。真実話しちゃってさ、リリーにはリリーのやるべきことがあるってハッキリ言っちゃえばいいんだよ』
「いや、でもさすがに現実離れしすぎでしょ。信じてもらえるか……」
真実を知っているのは今の所ジェフとミラのみ。果たしてクラウスさん達も信じてくれるのだろうか。
『リリー、この先の事を考えるなら彼らには話しておくべきだと、私は思う』
そっか……うん、そうよね。話してみて信じて貰えないのであればそれまでの関係だ。
よし! と顔を上げるとローズガーデンから出てくる人影が……
「あれ? ガウルさん?」
心配して探しに来てくれたのだろうか。そう思ったが、なんだか様子がおかしい……
フラフラ……とハーブ畑へと誘われているようだ。
あ! と思い出した時には遅かった。ガウルさんはあるハーブの前でドタン! と倒れた。
「ガウルさん!!」
そう叫んで私はガウルの元へ駆けたのだった。




