特務部隊と私
私とロジー、スノーを前にし、クラウスさん達と騎士様達は依然固まったままだ。
「皆さん、ここにいるスノーは私の友人であり、家族でもあります。ですので、私の家族に接すると思って接していただければと思うのですが……スノー本人もそれで構わないと言っていますし、どうか頭を上げてください」
しばらくすると一人の男性が立ち上がりこちらに向かって頭を下げた。ディランさんだ。
「リリー様、私共初めての神獣様との邂逅で未だ戸惑っております。しかしながら、貴女方のご好意に甘えさせていただき、今後の対応は先程リリー様が仰ったようにさせて頂きます」
頭を上げたディランさんはそう言って微笑んだ。
「リリー、やはり貴女は女神だな。私も甘えさせて頂くよ」
クラウスさんも頭を上げ、慈愛に満ちた眼差しを向けてくる。
トクン、と鼓動が一つ跳ねる。その眼差しから目が離せない。
クラウスさんの後ろに、フレドリックさんと、もう二人、見たことの無い騎士様が揃って立ち上がり頭を下げた。二人はフードを被っていたので表情はわからないが、鎧はクラウスさんと同じ物なのできっと特務部隊の方なのだろう。一人は騎士にしては小柄な方で、もう一人は随分と体格のいい方だった。
「リリー様、少しお話をさせて頂きたいのですが、ほかの騎士に聞かれるわけにもいきませんので、リリー様と私と特務部隊のみでの内緒のお話をよろしいでしょうか?」
内緒のお話……。きっと国が関わる話なのだろう。伯爵様の騎士様には聞かれたくないって事よね。
伯爵様の騎士様達は未だに片膝を突き頭を下げたままだ。クラウスさん達が特務部隊だと認識し立場を弁えているのだろう。
「分かりました。それで私はどうしたら……?」
そう言ってディランさんに問いかけると、ディランさんは伯爵様の騎士様達に街へ出発するための準備をするように言い付けた。
「彼らが出発準備をしている間に済ませましょう。出発にはしばらくかかると思いますので」
そう言うとディランさんは何も無いところから魔道具らしき物を取り出した。
あ、ディランさんもアイテムボックス持ちなのね。王都には何人かいるってソニアさんも言ってたから、私達が知らないだけで意外といるのかもしれないわね。
「これはですね、内緒話にはもってこいの魔道具で、消音魔道具と呼ばれる物です。これを起動させると起動範囲内の全ての音が、外に漏れなくなる魔道具です」
ディランさんがスイッチを入れるとブォン、と言う音と共に薄い膜に覆われる。
「ちなみにこの薄い膜、起動範囲内にいる我々には見えますが、外からは見えません」
魔道具について詳しく教えてくれるディランさんだが、仕組みを説明された時点でもはや何を言っているのかさっぱり分からなかった。
「さて、少々脱線してしまいましたが、まずはリリー様にお聞きしたいことがあります。まずはリリー様がさっき仰った記憶操作についてです」
あ~やっぱマズかったかな~。内心、ドキドキしているとディランさんは言葉を続けた。
「私は王国の中でも上位に入る魔道士なのですが、今まで記憶を消去すると言う魔法は聞いたことがありませんでした。リリー様は一体どのようにしてその魔法を覚えたのでしょう? それは闇魔法の一種では……」
ディランさんが言葉を続けているとクラウスさんがディランさんの肩を掴み話を折った。
「おい! まさかリリーを疑ってるわけじゃないだろうな!」
あ、もしかして疑われてる?
「ああ、単に私の興味本位の質問でした。他意はございません。気分を悪くさせてしまい申し訳ございません。ただ、私も知らない魔法をどうやったのかが知りたくて……私もまだまだ勉強中の身、是非リリー様の知識をお教え頂ければと……」
なんだ、そんな事か。ちょっと焦っちゃったじゃない。
「全く、紛らわしい。リリーに対して何を言うのかと思ったぞ」
クラウスさんはディランさんの肩を掴んでいた手をパッと離した。
う~ん、どう説明しようかな……
「えっと、多分私が使ってる魔法は、ディランさんが使う魔法と根本的に違うと思うんですが、それでも良いですか?」
私が使ってる魔法はハーブを媒体にしているものが多い。きっと、普通の魔法ではないだろう。
「ええ。もちろん構いません。私にリリー様の知識を分け与えてください」
なんか……ディランさんの私に対する態度がうやうやしすぎて気になる……
あ、いいこと思いついちゃった。
「分かりました。その代わり一つだけディランさんにお願いがあります。その条件を聞いて貰えるのなら教えます」
「なんなりと」
「私が求めるのは……そのうやうやしい態度をやめて欲しい事です。あと、敬称も止めてください。あ、クラウスさん、ディランさんっていつもこんな話し方なんですか?」
クラウスさんを見ると苦笑いしながら首を横に振っている。ディランさんは私の言った言葉にキョトンとしていた。
「なら、ディランさんはクラウスさんに対して話すように私にも話してください。それなら私の使う魔法について教えます。どうです?」
悪戯っぽく笑うとそれを見ていたフレドリックさんが盛大に吹き出した。
「あはははは。ディラン様、諦めた方が良いですよ。リリーは頑固ですから。口答えしてもその内「問答無用!」とか言われちゃいますよ」
う、まだ覚えてたのね。そんなに笑わなくて良いじゃない!
「フレドリックさん、後でお話があります」
その一言でフレドリックさんはピタリと止まった。
『ねぇリリー。僕達暇だから戻って休んでるね』
『リリー、私も少し疲れた。しばらく休んでるが、何かあったらいつでも呼ぶように』
二人は私に危険が無いと感じたのか、そう言ってネックレスとブレスレットに戻って行った。
「ああ、もう分かりましたよ。分かりました。普通に話せばいいんでしょ? 何となく貴女の事が分かりましたよ。これでいいですか?リ、リリー」
若干敬語ながらもだいぶ砕けた話し方に私は満足した。
「ふふっ。合格です」
と、そこでもう一人大いに吹き出した人がいた。フードを被った小柄な方だ。小柄と言っても、騎士とあって私なんかよりは随分と逞しい。
「あははは。クラウスが女神だって言うから、どんなお淑やかな方かと思えば……あっはっはっは!」
え? 声に違和感を覚える。
フードを取って大笑いしているのは、まさかの女性だった。
女性騎士‼︎か、かっこいい‼︎
長い髪を一つに束ね、鎧を纏う姿は同じ女性から見てもかっこいい。
「あははは、あなた気に入ったわ。私はクラウスと同期のアンネリース。アニーって呼んでちょうだい。よろしくね、リリー」
そう言って握手を求めてきた。ああ、ほんと気さくで頼りがいがあってかっこいい‼︎
「よろしくお願いします! アニーさん! かっこいいです‼︎」
思わず、本音がポロリと出てしまったが、アニーさんはまた笑い飛ばして握手をしてくれた。
「そう言えば、部隊の仲間たちを紹介してなかったね。ついでだ、ガウルお前も挨拶しておけ」
ガウルと呼ばれた方は、どうもフードを被ったまま顔をあげない。どうしたのかと思えば……
「いや、俺の顔は女性に恐怖を与える。遠慮しておいた方が……」
そう言って顔を隠す。そんなに怖い顔してるのか……いや、人間顔で判断しちゃいけないのよ!
「あの、いつまでも顔を隠しておくわけにもいかないと思います。お顔を見せてくれませんか?」
静かにお願いをしてみると、ガウルさんはおずおずとフードを取ってくれた。
すると、そこには……
「キャーー!」
「申し訳ない! やはり隠したままの方が良かった‼︎」
そう言ってフードを被ろうとする。
待って待って‼︎
「も、」
「も?」
「モフモフー‼︎ あぁ、お耳が素敵ですー‼︎」
「は、は?」
フードを取ったガウルさんのお顔はなんと虎そのもの。よく見れば、その逞しい手も艶やかな黄色の毛で覆われている。
も、もしや……
「ガウルさん! 不躾ですが、手のひらを見せてくださいっ!」
「こ、こうか?」
見せてもらった手のひらにはやはり肉球が‼︎ 人間の手ではなく、虎の手そのもの。どうやって剣を握っているのかは謎だ。
「か、可愛い〜‼︎」
飛びつこうとしたところをアニーさんに止められ、間にはクラウスさんが立ち塞がった。
「リリー、あなたガウルの顔怖くないの?」
アニーさんに両手でホールドされたまま満面の笑みで言葉を返す。
「何言ってるんですか、とっても可愛いです‼︎」
興奮した私はアニーさんによって大人しくなるまでホールドされたのだった。




