再会
地下牢への扉を開けると、カビの匂いと共に埃が舞い上る。
地下牢には一応、薄暗くはあるが明りが灯されていた。明りと言ってもたった一箇所、それも魔石の効果が切れ始めているのかジラジラと明かりが揺らいでいる。
部屋には地下牢の名に相応しく、通路を挟んで左右に三つずつ格子状の牢屋が並んでいる。中には女性達が身を寄せ合い一塊りになり顔を隠しこちらを見ないようにしていた。
子爵が来たのだと思ったのだろう。
ノーラは自分もこの中に入れられるはずだったのかと思い、身震いをしている。
私は女性達を怯えさせないよう、そっと優しく声をかけた。
「皆さん、私はブローディア伯爵様より依頼を受け、貴女方を救出に参りました。貴女方を捕らえていた子爵は二度と貴女方に手は出せません。長い間よく耐えてくださいました。もう、大丈夫です。私と共に家族の元へ帰りましょう」
私の声に女性達は様々な反応を示した。
抱き合い涙を流す者、未だに顔を隠し震える者、既に気力をなくし虚空を見つめる者。
「まずはこの牢から出ましょう。ハンナさんヘレナさん、この牢の鍵はありますか?」
鍵はヘレナさんが持っていたので、その鍵を使って牢を開けようとしたが、鍵が合わず回らなかった。
「魔女様、お父さんが持っていたのは上の扉の鍵だけみたいです。この牢の鍵はありませんね……」
なんて事。上の扉を開けれてもここの鍵を開けれなきゃどうしようもないじゃない。
どうしようか……そう思っていた時、ふとある事を思い出した。
アイテムボックスに手を突っ込み……あった! 取り出したのは、ジェフに持たされたピッキングツール。
「ジェフ、感謝するわ!」
ジェフ曰く、「古い鍵なら簡単に開くから」との事で、使い方をレクチャーしてもらっていたのだ。
少し時間がかかってしまったが、何とか鍵を開けることが出来た。
中を窺うと、女性達は薄いネグリジェに、上からカーディガンを羽織っているだけでとても寒そうだった。
ジェフに大判の毛布を何枚か持たせられていたのも思い出し、彼女たちへかけてあげる。
女性は全員で十五人もいた。
全部の鍵を開け、女性達に毛布を渡し終えると、一人の女性が涙ながらに訴えてきた。
「助けて下さってありがとうございます……でも……この体は穢されてしまった……もう生きてはいけません。家族の元へなど帰ることもできません」
すると、周りの女性たちも同じ事を口にし、涙を流す。
「魔女様……この方たちを救うことは出来ないのでしょうか」
ハンナさんは悲痛な面持ちで見つめる。
確かにここから救出しても、心が救われる訳では無い。既に心が壊れ、涙を流すことも無く虚空を見つめているだけの女性もいるのだ。
彼女たちの身に起きた事を戻すことは出来ない。
彼女達は何かベラドンナに関することを見聞きしているかもしれない。伯爵様へ情報を提供するのなら彼女達をこのまま連れていくべきなのだろう。
しかし、このままではあまりにも……
私に出来ることは、せめて……せめて辛い経験を忘れさせてあげる事だけだ。伯爵様には後で怒られよう。
「ノーラ、ハンナさん、ヘレナさん、この部屋の入口、扉の所まで下がってください。そして、念の為このタオルで鼻と口を塞いでおいてください」
三人にタオルを渡すと静かに頷き、言った通りに扉まで下がった。
「皆さん……ここで皆さんが辛い経験をした記憶を……私に下さい。どうか、心安らかに家族の元へ戻れますように……」
私は右手に水魔法で水球を作り、その中に乾燥させたセントジョーンズワートを入れ、今度はその水球を魔力を込め沸騰させた。
どうしてこの方法を取ったのかは分からないが、自然と一番効果が出るような気がした。
水球からは水蒸気と私の魔力が合わさったキラキラとした靄が発生。その靄に今度は左手で治癒魔法を唱えさらに合わせ、女性たちへと降り注いだ。
十五人分ともなると簡単には効果が出ず、時間がかかる。
集中し魔力を注いでいると、ノーラとハンナさん、ヘレナさんの後ろで、扉が開く音がした。
「お静かに。どうかそのままお待ち下さい」
ハンナさんとヘレナさんは入ってきた人達を留めているようだ。私は振り向かず集中して魔力を送る。
何故だか聞き覚えのある声も聞こえたが、今はこちらが優先だ。
ポタポタと汗が流れ落ちる……いくら魔力が尽きないと言ってもこれほどの魔力を使うと目眩さえしてくる。もう少し……もう少し……
どれほどの時間が経っただろう、キラキラとした靄は次第に輝きを抑え、フッと消え去った。
ヒーリングが完了したのだろう。女性達の体は傷一つ無く、顔色も良くなった。そして、全員深い眠りに落ちた。
「リリー?」
また聞き覚えのある声が私を呼んだ。
振り向いた瞬間、魔力を使いすぎたのか酷い目眩が襲い、倒れそうになった。
あ、やばい……
衝撃に備えようとするが、力が入らない。
しかし、地面に激突することはなく、誰かに支えられた。そっと目を開けるとそこには、見覚えのある青みがかった銀の髪に同じく青銀色の瞳が……
「ク、クラウスさん?」
私はクラウスさんに抱きしめられていた。
「リリー……ずっと貴方に会いたかった。ようやく会えたと思えば貴方は……」
何故ここにクラウスさんが? 確かに特務部隊が向かっているとは言っていたが、早すぎません⁉︎
「リリー、相変わらずとんでもない魔法使ってるね……や! 久しぶり!」
「フ、フレドリックさんも!」
クラウスさんに抱き抱えられ、今更ながら恥ずかしくなってきた。
「ク、クラウスさん、あの……ありがとうございます。もう、大丈夫ですので……」
そう言って、自力で立とうとするがクラウスさんは腕を解いてくれない。
「倒れそうになってるのに大丈夫な訳ないだろう」
「いや、ほんとに大丈夫ですから」
タジタジになっていると、フレドリックさんが苦笑いを向ける。
「リリー諦めな? 隊長、ほんっ……とに心配してたんだから。しばらく離してくれないよ」
そう、ニヤニヤと揶揄ってくる。
ん?
今気付いたけど、フレドリックさんの隣に見知らぬフードを被った男性がいるのに気付く。
どなたか聞こうと、クラウスさんに声を掛けようとした時だ……
『離れろ!!』
そう言ってクラウスさんの腕の中から、スルッと別の腕の中へと奪われた。
「あ、ロジー」
『あ、ロジー。じゃないよ! 何知らない男の腕の中にいるんだよ。』
「知らない人じゃないよ。クラウスさんよ? 覚えてない? 魔力使いすぎて目眩起こしちゃったのを支えてくれたのよ」
『はぁ? 誰だよクラウスって』
そう言ってロジーはクラウスさんを見ると『あ』と、思い出したようだった。
クラウスさん達を見ると、みんなポカンとこちらを見ている。
「リ、リリー……その男性は?」
『僕のリリーに勝手に話しかけないで!』
私が答える前にロジーが一刀両断する。
「もう! ヤキモチ焼いてる場合じゃないでしょ? まずは女性達を保護しなきゃいけないから手伝ってよね。クラウスさん、助けていただいたのに申し訳ありません。取り敢えず、この女性達を保護していただけますか? 詳しくは後程説明しますので」
クラウスさんにお願いすると、クラウスさんは何故か首を落とし落ち込んでいるようだった。
ん? どうしたのかしら? フレドリックさんは苦笑いをしているし……
と、そこで先程チラッと見た男性が前へ出てきた。その男性は、私に向かって片膝を突く。
「お初にお目にかかります、私はアズレア王国より参りましたディラン・リーグルと申します。女神リリー様にお会いでき光栄でございます」
女神⁉︎
「この度はブローディア伯爵様よりある程度のお話は伺っておりますので、何なりと私たちにお申し付けください」
「あ、あの!」
「はい、どのような事でも仰ってください」
むぅ〜。これだけは言っておかないと!
「女神はやめて下さい!」




