打ち上げ
ベラドンナが放った黒い魔法は私達を囲む半透明なバリアによって阻まれた。
『人間如きが簡単に破れると思うなよ』
バリアはスノーによって作られたものだった。片手を突き出し、瞬時に私達を守ってくれたのだ。
ベラドンナは片眉をピクリと吊り上げると、目を見開いた。
「お前、その魔力! その色!! いつかの神獣か‼︎」
バレたか……
私は思わずスノーの手を握った。目の前に自分に呪いをかけた一人がいるのだ。スノーの心境を考えると胸がざわつく。
『リリー、心配するな。リリーには指一本触れさせないよ。それに、二度と操られたりはしない』
スノーは涼しい顔で私に微笑み、頬を撫でる。
「おのれ……おのれ‼︎」
次から次へとガンガン魔法を打ってくるベラドンナだが、バリアにはヒビすら入らない。
『リリー、今のうち騎士達に合図送っちゃえば? スノーのバリアなら内側からの干渉は可能だから、このまま天井突き破って魔法打っちゃえ。瓦礫ならスノーのバリアで届かないし』
ロジーが悪い顔で私を唆した。
いいこと聞いちゃった。
「みんな、耳塞いでね」
ノーラ達四人に向かって注意を促す。四人は慌てて私の言った通り耳を塞いだ。
両手を真っ直ぐに天井へ向け……ありったけの魔力を込め、空へとぶっ放した。
ヒューーーーーーッ…………ドォーーン‼︎
甲高い音の後に激しい爆発音が鳴り響く。打ち上げ花火だ。ここまで派手なら騎士達がどこにいても合図に気付くだろう。
天井は木っ端微塵、ノーラ達は耳を塞いだままぶち抜かれた天井を見上げ、惚けていた。
「やはり貴様も魔道士か‼︎ 街で探知した魔力は貴様だな⁉︎」
「うふふっ。上手くいった。お察しの通り、私の魔力でしょうね。貴方には聞きたいことが沢山あるの。諦めて捕まってくださらない?」
ベラドンナはギリリと歯を食いしばると、こちらを睨みつけサッと懐へ手を入れる。
あ、と思った時には遅かった。ベラドンナは笛のようなものを咥え大きく音を鳴らした。
辺りにはキーーーンと耳をつんざく高音が鳴り響く。耳鳴りのようで不快な音だった。
何をしたの……?
「はは……はははは……手に入れられぬのなら滅びてしまうがいい」
ベラドンナはそう言うと、シュルッと回転しながらこの場から消えていった。
『リリー、さっきの魔道具だ。嫌な予感がする……』
『早くこの場を離れよう』
そう言われたのも束の間、辺りが騒がしくなってきた。
ドドドドド……と地鳴りのような音が響く。
「まさか」
『あいつ! 魔獣を呼び寄せやがった‼︎』
『リリー‼︎ 逃げるぞ‼︎』
さっきの笛のような魔道具は、魔獣寄せ集める物だったらしい。どの規模で魔獣が呼び寄せられたのか分からないが、このままでは騎士達と衝突するのは免れないだろう。さっさとベラドンナを拘束していれば、こんな事にはならなかったはずなのに。
かろうじて花火の衝撃から逃れた窓から外を眺めると、土煙とともに黒いモヤ、魔素がどんどんと近づいてくる。魔獣とともに魔素が運ばれて来ているのだろう。
自分の甘さを悔やんでいたが、とにかくこの場を離れなければならない。
しかし、地下に閉じ込められている女性や、屋敷内に留まっているメイド達、ついでに子爵も救出しなければ……
一人で悶々と考えていたところ……
『リリー‼︎』
ロジーの叫びで我に返る。そうだ、こんな所で止まってる場合じゃない。
そこへスノーが私の手を取り、跪いた。
『リリー、私はリリーの思いのまま行動するよ。リリーが願えば私は必ず叶えるから。だから……願って』
スノーの優しげな表情とは裏腹に、その目には強い光が差していた。
願い。私は……私は……みんなを助けたい。
「スノー……私は、みんなを助けたい‼︎ 力を貸して‼︎」
『もちろんだ。ロジー、リリーを頼んだぞ』
そう言うと、スノーは眩しい光に包まれ、スレイプニルの姿へと変化し、猛々しい嘶きとともに魔獣の元へと駆けて行った。
『あ~あ、スノーのやつ、良いとこ全部持ってったし。ま、しょうがないよね。さ、リリー、僕らは僕らでやらなきゃね』
「うん……そうね。スノー、無事に帰ってきてね」
私はスノーが駆けて行った空を眺めた。
さぁ、まずは屋敷に残ったメイドさんたちからかしら。ネルソンさんなら人数を把握しているわよね? そう思いネルソンさんを見ると、ノーラと双子のメイドと共に口を開け惚けていた。
「ネルソンさん。もしもし、ネルソンさん!」
惚けたネルソンさんの肩を揺さぶり我に返ってきてもらう。
「リ、リリー殿……先程のあれは一体……」
「ネルソンさん、今は一刻を争います。そんな事気にしてる場合じゃないです」
屋敷のすぐ側では魔獣の雄叫びと、剣がぶつかる音がが聞こえている。スノーも頑張ってくれているとは思うが、屋敷の中まで魔獣が入ってこないとも限らない。
「ネルソンさん、あの音が聞こえますね? ここも無事では済まないかもしれません。皆さんを避難させたいので屋敷に残されているメイドさんの数を教えてください。それと、地下室への案内をお願いします」
「わ、分かりました。まず、メイドの数は娘達を含め五人ですので残りは三人になります」
「三人……それなら何とかなりそうね。ロジー、行けるわね?」
『そのくらいなら何とか』
「私達は地下室に向かうからロジーは残ったメイドさんたちをお願い。後は子爵だけど……」
「お父さん、地下室へは私達が案内するわ。だからお父さんはあいつを連れてって。大事な証拠なんでしょ?」
ハンナさんかヘレナさん、顔が似ているのでどちらか分からないが、そう言って私を見た。
「そうね、ロジー、ロジーはネルソンさんと行動して。子爵の回収とメイドさんの救出をお願い。まだ操られている可能性もあるから眠り薬を渡しておくね」
眠り薬を取り出し、ロジーに渡す。
『リリー、僕スノーにリリーを頼んだぞって言われてるんだけど……。その僕が離れちゃダメでしょ』
「時間が無いから別行動の方が効率がいいもの。大丈夫よ。すぐに合流しましょう。」
渋るロジーをなだめ、何とか納得してもらう。
ハンナさんとヘレナさんはネルソンさんから地下室の鍵を受け取っている。
「それじゃあ、行きましょう。ロジー、後でね」
私はノーラの手を引き、ハンナさんとヘレナさんに案内され、地下室の入口へと向かった。
途中、二人から赤いリボンをしているのがハンナさん、青いリボンをしているのがヘレナさんだと聞いた。
「こ、ここです」
急いで屋敷内を走り回ったせいか、二人の息は上がっていた。
そこは子爵の部屋とは反対側の奥の部屋。部屋と言っても、その入口の扉は部屋と言うよりかは物置の扉のようだった。
ヘレナさんは扉に鍵を差し込み扉を開ける。扉を開けると、すぐ中にランタンが置いてあり、ハンナさんはランタンに明かりを灯した。
「中は暗く階段になっていますので気を付けてください」
そう言って二人は階段を降りていく。
こんな暗い所に閉じ込めるなんて……地下室への階段は、ジメジメしていてカビ臭かった。こんな所に閉じ込められては健康面も心配だ。
しばら降りると地下室に到着し、ハンナさんは地下室の先にある扉にまた鍵を差し入れ、鍵を回す。
「この先は地下牢になっていて、そこに女性達が捕らえられています」
ハンナさんもヘレナさんも表情は険しい。
私はこの先にいる女性達を思うと胸が苦しくなったが、覚悟を決めて地下牢へと続く扉を開けた。




