覚醒
子爵のベッドルームを出て、隣の部屋へ戻り廊下に通じる扉を開け、辺りを見回す。
「誰もいないわね。よしっ……」
そっと扉を閉め、まずはノーラのいるであろう部屋まで戻ると、双子達が扉の前に立っていた。
途中、武器を構えたメイド達を見かけたが、何とか見つからずにたどり着くことが出来た。
「子爵は眠らせたとしても、何が起こるか分からないから、念の為静かに行動した方がいいよね?」
『あの二人には少し眠っててもらったら? リリーの眠り薬なら、飲まなくても香りを嗅いだだけでも少しは効果あるんでしょ?』
「そうね。ロジー、精霊の姿になってこっそり匂いを嗅がせる事って出来る?」
『任せてよ。リリーさっきの眠り薬ちょっと貸して?』
ロジーに言われる通り、眠り薬の小瓶を取り出す。すると、ペンダントトップからロジーがポン! と現れ小瓶を抱えて天井スレスレを飛んでいった。
ロジーは二人の上まで行くと、小瓶の蓋を開け二人の目の前に一滴だけ眠り薬を垂らした。
すると、眠り薬を垂らした所からフワリと蒸気が上り、二人はフラフラし始める。
支えなきゃ! そう思ったのも束の間、ロジーが両腕を枝に変えて二人が倒れないように支えた。
「ロジー、ナイス!」
『まぁね! この位ならわけないよ』
私は小走りに部屋の前まで行くと、扉をノックした。
「ノーラ、いる? 私よ、リリー」
そう小さく声をかけるとバタバタと足音が聞こえ、扉が開く。
「魔女様!!」
ノーラは私の姿を確かめると、ギュッと抱きついてきた。
「魔女様ごめんなさい。さっきは私を助ける為にわざとあんなこと言ってあの人の元へ行ってくれたんですよね? ごめんなさい、ごめんなさい!」
ノーラは泣きすぎてグダグダだった。
「ノーラ、私は大丈夫よ。あいつは直ぐに眠らせたから。それより中でこれからについて話すから落ち着いて? ね?」
ノーラを宥めながら部屋の中へ入ろうとしたその時……
「お、お前たち!? どうしたんだ!」
しまった!!
ハッ!! と廊下の向こうを見ると、そこにはネルソンさんが目を見開いて、ロジーの枝で支えられている双子と私達の様子を窺っていた。
「ネルソンさん。お願いです騒がないでください。娘さん達のことは聞きました。必ず助けますので何も言わず部屋に入ってください。子爵には絶対気づかれませんので!」
早口にネルソンさんにそう伝えると、一瞬間が空いたものの、コクリと頷いて黙って部屋の中へと入ってくれた。
よ、良かった。ネルソンさんに信じて貰えるなら何とかなりそうだわ。
部屋に入り、扉に鍵をけ、ネルソンさんとノーラの待つソファへと進む。
ソファには、ロジーが座らせてくれたであろう眠ったままの双子の女性と、ネルソンさん。もうひとつのソファにはノーラが座っている。
「ノーラ、ネルソンさん、取り敢えず説明しますね。子爵の事は心配せずとも大丈夫です。明日の朝までに意識を取り戻すことは無いので」
そう二人に伝えると二人はホッとしたようだった。
「まずはネルソンさん。お嬢さん方のことは子爵から聞きました。魔法で操られているそうですね?」
「い、一体どうやって聞き出したんですか? 旦那様は絶対に言わないはずなのに……」
「まぁ、そこは魔女の力で何とでも。取り敢えず、騒がれるといけないので、お二人には少し眠ってもらいました。この眠ったまま魔法を解きますので、ネルソンさんはお二人が正気を取り戻した際、パニックにならないよう支えてあげてください」
そう伝えるとネルソンさんは、パッと顔を上げる。
「ほ、本当ですか!? 娘達を助けてくれるんですか!?」
そう言って涙を浮かべ、娘達の手を握りしめた。
「その代わり、貴方にも伯爵様の元で洗いざらい、知っていることを全て話してもらいます」
「勿論です。娘達を人質に取られていたとしても、私のした事は許されることではありません。娘達を助けてくださるならどんな罰でも受けます。どうか、どうか……」
ネルソンさんは何度も何度も頭を下げた。
「分かりました。それではそのままお二人の手を握っててあげてください」
私はアイテムボックスからある物をを取り出した。
『あ、それってユーカリのエッセンシャルオイルだっけ?』
「そうよ。これをアロマポットで焚くんだけど、今日は道具がないから即席で作っちゃうね」
【ユーカリエッセンシャルオイル】
☆☆☆
脳の覚醒を促します。眠気もスッキリ。
花言葉は「再生」「新生」など。
※魔力を注いで焚けば効果は倍増。
アイテムボックスから小皿を取り出すと、水魔法で小皿に水を満たしていく。そこにユーカリのエッセンシャルオイルを数的垂らす。
「さて、始めますね」
風魔法で小皿をフワリと浮かせ、小皿の下に手の平を潜らせ小さな炎を灯す。もう片方の手の平から小皿の中に魔力を流すのも忘れない。
しばらくして、小皿の水がコポコポと沸騰し始めると、辺りにフワリと香りが漂ってきた。
「あぁ、いい香りね。さぁ……吸い込んで。正気を取り戻すのよ……」
まるで生気のない双子のメイドたちの白い頬は、次第に赤みを帯びて艶やかな顔色を取り戻し、二人を覆っていたモヤもスーッと消えていった。五分ほど経つと、小皿の中身は蒸発して無くなってしまった。
「さぁ、目を覚まして」
パン!! と手を叩くと双子のメイド達はゆっくりと目を覚ました。
「あ、あれ?」
「私……ここで何を?」
どうやら上手くいったようだ。
「ハンナ! ヘレナ!」
双子のメイド達はハンナさんとヘレナさんと言うらしい。ネルソンさんは涙を流しながら娘達を抱きしめた。
「あれ? お父さん?」
「どうしたの? 何で泣いているの?」
「お前達、何も覚えてないのか?」
ハンナさんとヘレナさんはまだ少し混乱しているようで、記憶が曖昧なようだ。どれだけ長い間操られていたのかしら? 本当に心が痛くなるわね。
「感動の再会を邪魔して悪いんですけど、あまり時間がありません。先程魔力を使いましたのでベラドンナに気付かれたかもしれません。ネルソンさん、地下室へ案内してください。女性達を助けに行きます」
「分かりました。お前達、この方はお前達を助けてくださった方だ。今は何も考えずこの方の言う通りに」
ハンナさんとヘレナさんは訳も分からず狼狽えていたが、ネルソンさんの真剣な表情にコクリと頷くのであった。
「ノーラ。他に捕まっている人達がいるの。その人達を助けたら皆でこの屋敷を出るからね。それに、すぐ近くに伯爵様の騎士様達が来てくれているから心配しなくていいからね」
ノーラにそう伝え、待機しているであろう騎士様達へ向けて合図を送ろうとした時だ。
「やはり魔術師だったか。この私が騙されるとはな……」
不気味な声に振り返るとそこにはベラドンナの姿があった。
「いつの間に……」
ベラドンナは妖しい笑みを浮かべ、こちらを観察しているように見えた。
「おかしいと思ったのだ。お前自身からは一切の魔力を感じぬと言うのに、首と手首のアクセサリーからは魔道具とも違う魔力を感じた。様子を窺っていれば……クックックックッ……」
『バレてたか』
『ここまで来れば取り繕っても仕方がない』
ロジーとスノーはそう言うと、姿を現した。私は後ろの四人を庇うように立ち、ロジーとスノーは私を庇うかのように立つ。
「ははははは!! 欲しい!! 欲しいぞ!! そいつらを私に寄越せー!!」
ベラドンナは歓喜に満ちた顔で私たちに向かって闇の魔法を放った。




