伯爵邸の特務部隊
リリーがレール子爵邸へ到着したその頃、クラウスたちはと言うと、丁度ブローディアへと到着した頃だった。
ブローディアの入口、検問所では警備隊が慌てた様子でクラウス達を迎える準備をしていた。
ブローディア警備隊隊長は突然の特務部隊訪問に戸惑っていたが、急ぎ足でクラウス達の待つ個室へと向かった。
初めはただの勘違いでは? と思ったが、報告に来た警備隊員の話では鎧にスレイプニルの紋章があったと言う。
「失礼致します。アズレア王国特務部隊の騎士様とお見受け致します。本日はブローディアへどのようなご要件でしょうか?」
「先触れもなく突然の訪問、申し訳ない。お察しの通り、我々はアズレア王国特務部隊員、私は隊長のクラウス・ウィンザーベルク。こちらは王太子殿下の秘書ディラン、以下四名は私の部下です」
クラウスはそう名乗ると、懐から銀で出来た一枚のカードを取り出し、警備隊長へ掲示する。
「こちらが王太子殿下、ライアン様より承りました特務遂行証です」
特務遂行証……それは、クラウス達特務部隊のみが持つライアン王太子特製のカード。このカードを掲示すれば、どの町へも入ることができ、どんな貴族とも面会する事が出来る。
クラウスを始め、隊員全員が特務遂行証を提示した。
「確かに、確認させて頂きました。それで、この度ブローディアへはどの様なご用件でしょう?」
「こちらの街へリリーと言う名の女性が訪れているはずです。感謝祭で露店を出店していたはずですが、ご存知ないだろうか?」
クラウスがそう尋ねると、警備隊長は一瞬の間の後何かを知った様子で答えた。
「魔女様ですね……それでしたらこちらでお話できる内容ではございませんので、伯爵様よりご説明いただけると思います。すぐに、伯爵様へと先触れを行かせますので、少々お待ちください」
そう言って、近くの警備隊員に伯爵の元へ言付けに行かせた。
クラウスはリリーを探しに来ただけなのに、まさかの伯爵の名が出てきて、少し動揺をした。
「一体どういう事でしょう? リリーは露店を出店する為にこの街を訪れていただけです。なぜそこで伯爵が出てくるのですか?」
「大変申し訳ありません。私達からは申し上げられませんので、直接伯爵様にお聞きください」
「クラウス、これ以上ここで分かることはないだろう。とにかく伯爵の元で説明してもらおう。何かあったのかもしれない」
ディランにそう言われ、すぐ様伯爵の元へと向かったのだった。
まだ完全に日が傾いていない街は人の通りも多く、伯爵邸へ向かうクラウス達を待ち行く人々は珍しそうに眺めている。
「隊長……リリー、本当にどうしちゃったんでしょう? 在らぬ疑いをかけられたりしてないといいんですけど……」
「フレドリック。無駄にクラウスを不安がらせるな。ただでさえ待ち望んだ再会を先延ばしにさせられているのだ」
チラリと隣のクラウス見れば「何かあったのか!? あらぬ疑い!?」そうブツブツと独り言を呪文のように唱えていた。
クラウス、ディラン、フレドリックの後ろの特務部隊からは
「隊長……」
「どんだけよ」
「……」
と、それぞれクラウスに対する白い目が向けられていた。
伯爵邸では先触れの知らせを受け、執事のアルベルトが特務部隊を待ち受けていた。
「お待ち申し上げておりました。ブローディア伯爵邸、執事アルベルトと申します。伯爵様がお待ちでございます。こちらへどうぞ」
本来、貴族と面会するならば、面倒な手順を踏んで長い時間を待たされ、ようやく面会ができるのだ。
滞りなく伯爵邸の中へと招き入れられるのも、彼らが遂行証を持つ特務部隊だからだ。
アルベルトに案内され、伯爵の執務室へと通されたクラウス達。
「久しぶりだね、クラウス」
そう言って迎えるブローディア伯爵。
「お久しぶりでございます。ブローディア伯爵殿」
「去年、王都で会って以来かな? また一段と立派になられたようで私も誇らしいよ」
この二人、実は知り合いで、簡単に言うと伯父と甥の関係である。クラウスの母はブローディア伯爵の妹なのだ。
「ここに来た目的は分かってるよ。リリー殿の事であろう。早馬での知らせも受けていたからね」
「話が早くて助かります。それで、リリーはどちらに?」
「それなんだがね……」
そこから一通り伯爵から説明を受けるクラウス達。クラウスは見る見るうちに顔色が悪く、わなわなと震え始めた。
「何故です!! 早馬の知らせでも保護せよとの命が下ったはずではありませんか!! 危険と分かっていながら送り出すなど何を考えておられるのですか!! 女神、魔女と呼ばれてもリリーはか弱い女性です!!」
普段は声を荒らげることなどしない冷静沈着なクラウスの変貌ぶりに、ブローディア伯爵も一瞬たじろぐ。
「それと、女神の意志を尊重せよとの命も下ったね。クラウス、これはリリー殿の意思だ。私からも、特務部隊が到着するまで待ってみては。と、引き止めたんだがね。何て言ったと思う? 「騎士が到着すれば警戒される。今、この機会を逃す手はない」だってよ。随分と勇ましい女神様だね。私だって何も考えずリリー殿を子爵の元へ向かわせた訳じゃないよ。リリー殿から合図があれば、私の騎士たちが子爵邸へと突入できるようにしてある。まずは落ち着いたらどうだ」
「クラウス、伯爵様の言う通り落ち着いたらどうだ。お前はこの部隊の隊長だろ? リリー殿の魔力を考えれば彼女が子爵に屈するのは考えにくい。ここは彼女を信じて待ってやれ」
ディランも伯爵を援護する形でクラウスを落ち着かせる。
「そうですよ。リリーならそんな子爵あっという間に懲らしめて帰ってきますって!」
「そうだ、確かこうも言っていた。「今晩中にケリを付けて帰って来られるようにします」とな。彼女なら本当にやりそうだからな……直ぐに再会できるさ。」
伯爵、ディラン、フレドリックの言葉にクラウスは大きく息を吸い、吐き出した。
「……そう……ですね。取り乱して申し訳ありませんでした。私もリリーを信じて待ちます。ですが伯爵殿、私達も伯爵殿の騎士と共に子爵邸付近で身を潜め、合図と共に救出に行かせて頂きます」
「「「「「言うと思った」」」」」
クラウスを除く特務部隊四人とディランは息ピッタリに声を揃えてそう言った。
「ははは。いい部下達を持ったね。命を救ってもらったクラウスにしてみれば、リリー殿はまさに女神なのであろう。気持ちは分かるが程々にしないと女性には嫌われるよ」
「それは大恋愛の末に結婚した伯父上の経験談でしょうか?」
「ま、そういう事だな。妻が言うには、重すぎる愛は引くらしい。私も幾度となく苦い経験をしたものだよ。世間では強烈に引くことを「ドン引き」と言うらしい」
「うっ……肝に銘じます。」
アルベルトも伯爵の「重すぎる愛」について覚えがあるのか、うんうんと首を縦に振っている。
特務部隊もクラウスの今の現状を思い、皆うんうんと首を縦に振っていた。
そこからは、伯爵に子爵邸の場所と騎士たちの場所を聞き、リリー救出……いや、女性救出作戦へと向かう特務部隊なのであった。
「なぁ、アルベルト。私はクラウスほど熱くはなかったよな」
「旦那様……恋は盲目と言いますか……似たようなものでしたよ」
「そ、そうか……クラウスを見ていると確かに引くな……私もあんなだったか……」
「ご結婚される前、奥様からは恥ずかしくて街を歩けなくなった。と、そう聞かせられました。私も当時、旦那様には若干引いていましたな……」
「そうだったのか……そ、それにしても、あの冷静沈着、クールなクラウスがねぇ……」
「恋は人を狂わせますからね」
今は亡き妻を思い出しながら、クラウスとリリーが今後上手くいくように願う伯爵とアルベルトだった。