子爵邸
「さて、まもなく到着致します」
馬車の小窓に掛けられた小さなカーテンをめくり、外の様子をちらりと見たネルソンさんにそう声を掛けられた。
いよいよ子爵邸へ乗り込む時が来た。まずは女性たちの安否確認、それからサラセニアの企みを探れるだけ探る。
頭の中で今回の作戦をおさらいしていると、ガラガラと音を立てていた馬車の車輪の音が変わったことに気付いた。どうやらスピードを落とし、ゆっくりと走っているようだった。
「到着ですね」
そうネルソンさんが言うとピタリと馬車が止まり、外から御者が扉を開けた。馬車を降りるネルソンさんの後に続き私たちも馬車を降りる。ノーラは未だ不安げな表情で私の手を握ったままだった。
「大丈夫よ。必ず何とかするから私を信じてね」
馬車を降りる前、こそっとノーラに耳打ちをして馬車を降りるのだった。
馬車を降りるとそこは屋敷の正面。屋敷全体と辺りをぐるっと見回してみたが、屋敷はそれほど大きなものではない。そして後ろでは屋敷の門であろう音ががシャンと音を立てて閉まった。
屋敷の中へ入るとメイドが数人並んでおり、その中央に向かって歩いたネルソンさんが振り向く。
「ようこそレール子爵邸へ」
ネルソンさんはそう言って執事の礼を私たちに向け、メイド達も続けて頭を下げた。
なんだろう……妙な違和感がある。メイド達を見た時一瞬、薄い靄のようなものが見えた。顔色も悪く、まるで生気がない。
これって……そう考えながらじっとメイド達を見ていると、ネルソンさんがハッとして慌てて言葉を続けた。
「それではこれよりレール子爵様とお会いになっていただく訳ですが、その前に身だしなみを整えて頂きます。お一人一部屋ずつ御用意させていただいておりますのでメイドの案内に続いてください。後ほどお二人をお迎えに参ります。わたくしは子爵様へお二人のご到着をお知らせして参りますので」
そう早口に言うとネルソンさんは早足に屋敷の奥へと向かう。代わりに双子だろうか……顔のそっくりな若いメイドが二人私たちの元へやって来て、奥へ進むように促される。
「魔女様……」
「大丈夫。とにかく従いましょう」
不安そうなノーラの手を引き、メイド達に従い後に続く。
するとすぐに部屋の扉が二つ並んで現れ、二人のメイドはそれぞれ扉を開くと、私たちに別々に入るように促す。
「ノーラ、ここから別々だけどまた後で一緒になるからね。しっかりするのよ」
「はい」
ノーラは何とか私の手を離し、メイドに付いて部屋へと入っていったので、私ももう一人のメイドが待つ部屋へと入った。
部屋へと入ると、そこは客室のような作りで、そこそこ広い部屋だった。
メイドを見ると部屋の中にあるもう一つの扉を開き、私に入るように促したので向かうと、そこはバスルームだった。
「シャワーを浴びろと?」
メイドにそう聞くとメイドは頭を下げた。
「分かったわ、それじゃ、外で待っていてくださるかしら?」
そう言ったのだが、メイドは頑として動かない。
嘘でしょ……人前でお風呂なんて入れないわよ!
それに、お風呂に入るならロジーとスノーを外さなきゃいけないし……
『あ、僕達のことは気にしないでそのままお風呂入っても大丈夫だよ』
『ロジーに同じく私も濡れても大丈夫だぞ』
無理!! そういう問題じゃないの!!
『でもさ、このメイドさん、お風呂入るまで動かなさそうだけど……』
『確かに』
そもそもこのメイドさん、一言も話さないけどどうなってるのかしら?
『あ〜、何か闇の魔法かけられてるっぽいよね』
『ああ。恐らく服従か操作系の魔法だろうな』
やっぱり……魔法解いてあげたいけど、今はまだこのままの方が良さそうよね。
『リリー、どうする?』
そうね……仕方ない、入るか。操られてるなら意識もほとんどないでしょうしね。
あまり外したくはなかったが、ロジーのネックレスとスノーのブレスレットを外し、タオルに挟み込んでバスルーム内にある洗面台に置いた。
『別に外さなくてもいいのに』
『それにタオルに挟んだら周りが見えない。何かあったら助けられないぞ』
ごめん。すぐに終わらせるから。
純粋に護衛の為外すなと言っているのは分かるが、さすがに恥ずかしいので見ないでほしい。
メイドが見守る中、恥ずかしい思いをしながら急いでシャワーを終わらせたのだった。
その後はメイドにされるがままお肌のお手入れ、髪のセット、お化粧をされると、クローゼットから濃いワインレッドのドレスを取り出し私に着せた。
ギャレットさんも、貴族に会うには身だしなみを整えなければならないと言っていたが、ここまでしなければいけないのだろうか。
貴族って……めんどくさいのね。
着替えも終わり身支度が整うと、メイドは紅茶を入れ私に勧めてきた。念の為紅茶を鑑定し、毒物が入ってないことを確認した後頂いた。
紅茶を頂いていると扉をノックする音が聞こえ、メイドが扉を開けに向かう。相手はネルソンだった。
「お迎えに上がりました。ドレスがとてもお似合いですね。ワインレッドに魔女殿の黒髪が映えてお美しい」
そう言ったネルソンさんの後ろには、既にノーラが準備を済ませ付き従っていた。彼女は淡いピンクのドレス姿で、柔らかな彼女の雰囲気にとても似合っている。
操られていてもメイドの仕事は完璧にこなせるようだ。必ず後で魔法を解いてあげるからね……密かにメイド二人にそう誓うのだった。
「それでは参りましょう。レール様がお待ちです」
ネルソンさんに案内され、しばらく屋敷の中を歩くと他の部屋とは違う一際立派な扉の前で止まった。大体の位置からして一番奥、きっとここが子爵の部屋なのだろう。
ネルソンさんはノックをし、私たち二人を連れてきたことを伝える。すると「入れ」そう声が返ってきた。
ネルソンさんが扉を開け、中へ入るように促す。私は息を大きく吸い、細く静かに息を吐いた。
いよいよね。必ず女性たちを助け、企みを暴いてやるわ。