作戦開始
長らく間が空いてしまいました。何とワタクシ、流行の最先端であるインフルエンザにかかっておりました。今年のインフルさんは例年よりも早くやって来たようです。皆さんもお気をつけ下さい。
時計塔への道を一人歩く。普段は多くの人が行き交うその場所は、感謝祭の会場とは真逆に位置する為、今はほとんど人がいない。
時折すれ違う人達もみな、感謝祭の会場へと向かうようだ。
指定された時間は午後六時。時計塔が六つの鐘を鳴らす時間だ。この街では朝の六時、九時、正午、三時、六時の計五回鐘が鳴る。
少し離れた場所にある時計塔を見ると、時刻はまだ五時半。このまま歩き続ければ六時前には着くだろう。
そのまま無言で歩き続け、もうすぐ時計塔に着くと言う頃、伯爵様から頂いたローブのフードを被る。これは招待状に書いてあった条件の為だ。
・感謝祭終了の日、時計塔にて待つ。
・時刻は夕刻、六つの鐘が鳴ったと同時に現れよ。
・その際、顔が分からぬようフードなどで顔を隠し、馬車へと近づく事。
・当日、この招待状を馬車にいる執事に渡し、馬車内では他の女性と会話をしない事。
などなど、細かい指示が招待状に書いてあったのだ。
招待状を見た伯爵様がこの為にローブを用意してくれたのだろう。
すぐ近くには時計塔が見えるが、六時の鐘と同時にとの事なので、鐘が鳴るまでしばらく待機だ。
『リリー、魔力を感じる。気を付けて』
ロジーがそう言った瞬間、時計塔の低く重い音がゆっくりと鳴り響く。
「いよいよね。二人ともよろしくね」
『任せて』『任せろ』
二人の声が重なって答えた。
一つ、二つ、三つ、と鐘の数を数え、六つめの鐘がなった瞬間……驚きの光景が目の前に現れる。
「え?」
今まで何も無かった時計塔の前に、突然馬車が現れたのだ。
『さっき魔力を感じたのは、隠匿の魔法か。恐らく馬車ごと魔法で隠していたのだな。もしかすると、御者もしくは執事が魔法の使い手かもしれない。リリー、くれぐれも気をつけて』
「うん。それじゃ、行くわよ」
物陰に待機していた私は馬車へと向かう。すると、馬車内から執事らしき男性が降りてきて、深くお辞儀をされた。
「ようこそお越しになられました。招待状を」
そう言って、手袋をつけた右手が差し出された。
無言で懐から招待状を出し、執事に手渡す。
「確かに。それではそのままお顔をお隠しになったままこちらへ」
促されるまま執事の手を取り馬車へと乗り込む。すると、私の姿を確認した為か、フードを被った女性が馬車の方へ向かってくるのがチラリと見えた。
こちらへ向かう直前、両親であろうか……年配の二人と抱き合い別れを惜しむ様子が窺えた。
「しばらくそのままお待ちください。あとお二方お待ちしますので……あぁ、お一方お見えになられました」
執事はそのままもう一人の女性の元へと向かった。
『あの執事からも、御者からも特別魔力は感じられないな……』
『そうなんだよねー。二人とも魔力持ちではなさそうなのに、何で隠匿の魔法なんて使えるんだろ……』
「とにかくこのまま黙って様子を見ましょう」
ここから先は、表立って会話することは出来ない為、念話のみの会話となる。
しばらくすると馬車の扉が開き、もう一人の女性も馬車へと乗り込んできた。その彼女の目元は涙に濡れていた。
私の姿を確認すると口を開きかけたが、私は首を横に振り人差し指を口元へと当て、話をしないようにと目で合図を送った。そして、ポンポンと私の隣を叩きこちらへ来るようにと促す。
彼女は大人しく私の隣に座ったので、手を握ってあげると涙をほろりと零し俯いた。
おかしいわね……しばらく待ったがもう一人が現れない。確か「あとお二方お待ちする」そう言っていたはずなので、もう一人来るはずだが……そう思っていると馬車の扉が開いた。
執事に続きもう一人そう思っていたが、執事は馬車の扉を閉めた。
「残念ですが……もうお一人はいらっしゃらないようです。本当に残念です……応じなければどうなるか分かっていらっしゃるはずでしょうに……」
そう言って、コンコン。と御者に出発の合図を送った。
「さて、これよりお二方にはこの街を抜けるまで口を噤んで頂きます。なるべく手荒な真似はいたしたくありません。お約束できますね?」
ガラガラと馬車が揺れる中、執事は私たちの向かいに座り、そう尋ねてきた。
こくりと私が頷くと、隣の彼女も私の手を握ったままこくりと頷いた。
「おや、お二人はお知り合いでしょうか?」
手を握り合う私たちの手元を見て、執事はそう尋ねてきたが、首を横に振り否定した。
正面の執事を見据え答える私と、俯き目線を上げず微かに震える彼女を見て、何となく察しただろう執事は「まぁ、いいでしょう。しばらくそうやって落ち着かせてあげなさい」そう言って特に追及することも無く、ただ黙ってこちらを見ているだけだった。
しばらくすると、馬車はゆっくりと少しずつしか動かなくなってきた。
もしかして検問なのでは……
そう考えていると、執事は懐から魔石のようなものを取り出した。
「こちらは隠匿の魔法を込めた魔石でございます。先程は馬車そのものの存在を隠していましたが、今からこの馬車は貴女方お二人の姿だけ隠し、馬車と私だけを相手に確認させます。検問所を抜けるまでの辛抱ですので動かず大人しくしていて下さい。何があっても口を開かないように……」
そう言うと、魔石から薄く黒いベールのようなものが私たち二人を包み込んだ。まるで水にインクを垂らしたような球体にいるようだ。
なるほど……今までこうやって女性たちを隠し、堂々と正面から検問を抜けていたのね。
『隠匿の魔法は強力な魔法使いにしか使えないはず。検問所の警備兵ごときでは見破れないだろうな』
そっと念話を送るスノー。
『まぁ、リリーなら簡単に敗れるだろうけどね』
そう答えるロジー。
「でも、少し安心しちゃった。警備兵の中に裏切り者がいるんじゃないかって疑われてたみたいだから、後で私が伯爵様に説明すれば疑いも晴れるわよね」
コソコソと念話でやり取りしていると、外から『次の者』そう聞こえてきた。外ではこの馬車の御者と警備兵が話をしているようだった。
「悪いが中を確認させてもらう。決まりなものでね」
そう聞こえてきて、警備兵が扉を開けた。
「警備お疲れ様です」
そう言って執事は警備兵に声を掛ける。
「確かに乗客はお一人様ですね」
「ええ。見ての通り」
淡々と質問に答える執事と、目の前にいる私たちに全く気が付かない警備兵。目の前の光景に、改めて隠匿の魔法の強さを思い知った。
「問題なしですね。それではお気をつけてお帰りください」
警備兵はそう言って扉を閉め、その場を離れて行き、すぐに馬車はガラガラと音を立て再び進み始めたのだった。
そのまま馬車は十分ほど進んだだろうか。そこで執事が再び魔石を手に取ると、今度は黒いベールがぶわりと広がり馬車を覆うほどの大きさまで広がった。
「さて、ここまで来れば大丈夫でしょう。もう動いて頂いても結構ですよ。お手数をお掛けしました。フードも取って頂いて構いませんよ」
そう言いながら魔石を懐にしまい込んだ。
このままフードを被っていても構わなかったが、あえてフードを外す。すると、私の姿を確認した執事はピクリと反応をした。
「貴方が魔女殿でしたか。てっきり招待に応じなかった方が魔女殿と思いましたが……あぁ、余計な話をお二人でしなければ話をして頂いて構いませんよ」
そんなことを言われたので、少し話をしてみる事にした。
「せっかくのお誘いですもの。是非お会いしてみたいですわ」
「流石ですね。今までの女性とは違ってらっしゃる。貴方なら……」
何か言いかけたところで執事は口を閉ざし、改めて口を開く。
「改めまして、わたくしレール子爵の執事でネルソンと申します」
「私はリリーです。あの……こちらの方のお名前を聞いても?」
そう言って執事に許可を得ようと尋ねてみると「それくらいならばどうぞ」そう返答されたので、体ごと彼女の方を向き、フードを目深く被ったまま俯く彼女に目線を合わせる。
「少しならばお話しても構わないそうよ。私はリリー。魔女リリーよ。貴方のお名前を教えて頂けるかしら?」
なるべく不安を抱かせないよう、極力落ち着いた話し方を心がける。
すると彼女は震える手でフードを外す。彼女の顔をはっきりと見た瞬間、私はハッとした……
この子!!
そう、私はこの子を知っている。感謝祭初日、スズランの練り香水を買ってくれたあの子だった……
「あ、あなた……」
つい、そう口に出してしまった。
「おや、やはりお知り合いでしたか」
まずい! 嘘を吐いてしまったことになってしまう!
「今までフードを目深に被っていたので分からなかったのですが、感謝祭初日に私の出店した露店に買い物に来てくれた子でした」
ここは下手に嘘を吐かず正直に話した方が良いだろうと判断し、答えた。
「確かにフードでお顔が隠れていましたからね、分からなかったのも無理はないでしょう。これよりお屋敷までは三刻ほどかかります、楽な姿勢で構いませんので、おくつろぎ下さい」
その後、彼女から名前を聞くと「ノーラです……」そう小さく呟いたのだった。
まさか自分の知っている子が招待されていたなんて……何とかこの子を護りながらレール子爵邸のミッションをこなさなければ……そんな事を考えながらも、馬車はどんどんとレール子爵邸へと近づいていくのだった。




