サバイバル……には行きませんよ
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さて、どう話そうか……
チラリとスノーを見ると、コクンと頷いた。
あ、話しても良いってこと?
『構わない。言うなれば私もリリーのものだからな。リリーがそうすべきと判断したなら私は何も構わないよ』
正面に座ったスノーはとんでもなく甘い顔を向ける。
「はうっ! リリーに向けた甘い顔なのにあたしまでドキドキするわ」
「えっとね、スノーは……えっと……森で出会ったのよ。その時は大きな白い八本脚の馬だったわ……ミラ、分かる?」
ミラは少し考えた後、ん? と首を捻った。
「八本脚? 馬なのに? え? それって……確かおとぎ話によく出てくるあの伝説の神獣?」
「ええ。その伝説の神獣、名前は……スレイプニル」
しばらくの間の後「いやいやいや! いやいやいやいや!!」と、手を横にブンブンと振って後ずさるミラ。
「どんだけいやいや言うのよ。まぁ、気持ちは分かるけど……」
「なんで!? どうして!? どうなって!? はあ!?」
狼狽えるミラを相手に、私がスノーと出会った経緯を事細かに説明する。
「え!? 伝説の神獣に呪い!? そんな! 人間ごときが神獣相手に呪いをかけるだなんて……」
「そうよね! そう思うわよね! 私も初めは信じられなかったわ」
あの時のスノーの様子は未だに忘れられない。体中傷だらけで、そこら中から血が吹き出し、どす黒いオーラを纏ったあの姿だけは……
その時のことを思い出すと心が苦しくなる。拳をギュッと握りしめ耐えていると、スノーがソファから立ち上がった。
『リリー。私はもう大丈夫だ。だからそんな顔をするな』
そう言って私を抱き寄せた。
「それでも私は許さないわ。もしかしたら、スノーの代わりに別の誰かが同じ目に遭うかもしれないでしょ? その前に何とかしてサラセニアの企みを止めないとね」
「ねぇ、そのサラセニアが何の関係がある訳? いまいち話が見えてこないんだけど」
確かに。所々聞いているミラには全体の話が見えないだろう。
「スノーは人間に呪いをかけられたって言ったでしょ? それがサラセニアの人間らしいのよね。それで、私を呼んだレール子爵だけど、どうもサラセニアと繋がってるみたいなの。だから私が子爵邸へ行って、女性の救出とついでにサラセニアの企みも暴ければな〜なんて思ってる訳よ」
これからの作戦を実際に声に出して確認すると、グッと実感が湧いてくる。
「ねぇ、まだ時間大丈夫よね。リリーの世界について聞いてもいい? リリーがどんな世界で暮らしてきたか知りたいわ」
そうね、まだ二時間ほど時間があるわね。
「ええ、もちろん」
そう言った所で扉を叩く音がする。
「リリー、僕だよ。ジェフ」
扉を開けると何やら大きな袋を持ったジェフが立っていた。ジェフを招き入れると、ソファにドサリと荷物を置く。
「ふぅ、重かった」
「何持ってきたの? 随分と大量ね」
そう尋ねると、袋からテーブルに色々と並べ始めた。
「リリーの身を守ってくれるか分からないけど、色々とね。何も無いよりはマシかと思って。いくらリリーが魔法使えるって言っても、噂の子爵相手に心配だからね。リリーのアイテムボックスならいくらでも入るだろ? 持って行ってくれ」
その品々は火付け石やランタンやサバイバルナイフ、鍵を開けるピッキングツール、毛布に食料、それに……
「ねぇジェフ、私サバイバルにでも行くのかしら。何よこの斧は?」
「だから何も無いよりはいいって言ったでしょ? リリーにも持ちやすい小型の斧だよ」
「あらホント、意外と軽くて使いやすい……って乗せられるか!」
私を心配してくれて色々と準備してくれたんだろうけど……
「ジェフリーさん、お母さんみたい」
「それな」
「なんだよお母さんって、ミラちゃんも心配だろ? リリー、持って行ってくれよ」
「分かったわ。ありがたく持たせてもらうわ」
アイテムボックスにジェフのサバイバルグッズをしまう。ジェフなりに私を心配してくれて用意してくれたものだ。もしもの時に役に立つかもしれない。
「あ、それとこっちが伯爵様からリリーにって。是非着て行ってくれって」
ジェフはもうひとつの袋から黒っぽい布を取り出すと、するりと広げる。
……それはフード付きのローブだった。触ってみると表面は滑らかで内側は柔らかく肌触りがいい、どう見ても高級なローブ。
よく見てみると、ただの黒いローブではなく黒地の上にさらに黒い花の柄が描かれている。
「伯爵様がきっとリリーに似合うだろうって。何も出来ない私の代わりに身につけて行ってくれってさ」
「素敵ね……でも、こんな高級品……それに何も出来ないなんて……密偵だったり騎士だったり伯爵様は色々として下さってるのに」
伯爵様は最大限のサポートをして下さっている。子爵邸へ乗り込んだ私が合図を送れば、伯爵様の騎士たちが突入してくれる。
「ねぇ、せっかくだから着てみてよ」
そう言ってローブを広げ私の方に向けられ、そのまま袖を通して羽織る。
「ねぇ、私……服に着られてない?」
あまりの高級感に身の丈にあってないのではと心配になってくる。
「リリー、素敵よ。3割増ぐらいでエレガントに見える……」
「うん。魔女っぽいね。さすが伯爵様、センスが良い」
帰ってきたらうんっっっとお礼をしなくちゃね。
そんなやり取りの後、すっとミラが近づいてきて、コソコソと耳打ちをしてくる。
「ねぇ、リリー。その……ジェフリーさんには? 話さないの?」
そうよね、この際だ、ジェフにも今のうちに話を聞いてもらおう。どの道ジェフにも話をするつもりだったので、丁度いいタイミングだったのかもしれない。
「ねぇ、ジェフ。今、ミラにも聞いてもらったんだけど、大事な話があるの……」
そう言って、ジェフにも先程ミラに話したように、真実を告げるのだった。
途中「はぁ!?」「何だって!?」、「冗談……じゃなくて?」などと口を挟まれながら一通りの説明をすると、大きな溜息をついた。
「はぁぁぁぁ、何となくリリーには秘密があるとは思ってたけど……ここまで大きな事だと思わなかったよ……」
「ですよね」
ミラと二人顔を見合わせて苦笑いするのだった。
「さて、もうすぐ日が傾き始める時間ね。そろそろ伯爵様が広場に向かう頃だわ」
そう言ってソファから立ち上がる。
「ミラ、ごめんね。帰ってきたらさっきの話の続きするから待ってて。ジェフも今まで黙っててごめんね。二人には聞いて欲しいことが沢山あるの。きっと無事に帰ってくるからその時に……」
ロジーとスノーを呼ぶと、ロジーはいつものシルバーのチェーンに赤い雫型のペンダントトップへ、スノーは白銀にアラベスク模様の入ったシンプルなブレスレットへと変化し、それぞれ首元と手首に収まった。
「あ、そのペンダントロジー君だったのね。村に来ていた時着けてたよね」
「よく見てたわね〜。ロジーがどうしてもついて行きたいって言うもんだから、こうして一緒についてきてたのよ」
ジェフはと言うと、目の前で起こっている出来事に口をパクパクさせながら声にならない様子だった。
「じゃあ、ここからは一旦別行動になるけど……なるべく早く帰れるようにするから、ミラの事よろしくお願いね、ジェフ。ミラ、何かあったらちゃんとジェフに頼るのよ」
「分かった。ミラちゃんの事は任せて。リリーも気を付けて」
「リリー、気を付けてね。絶対無事に帰ってきてね!」
「ええ。それじゃあ……行ってきます」
そう言って宿屋を出て時計台へと向かうのだった。




