リリー
「まずは、あなたがたとリリーの関係を教えていただけないでしょうか。私達も会った事があるのは私とそこのフレドリックだけで、短い間の滞在でしたので、詳しい事は分からないのです。リリーについて是非教えて頂きたいのです」
クラウスからそう頼まれた。
「そうでしたか、リリーさんからは騎士様お二人をお助けしたとしか聞いておりませんでしたので、まさか王国の特務部隊の方とは思いもしませんでした。私たちで良ければリリーさんについてお話させて頂きましょう。まず、最初にこの村で出会ったのがここにいるソニアですな」
「ええ。私がこの宿のキッチンにいると、リリーがやって来て、自分の作った物を買い取ってくれないかと提案してきたんです。なんでも、両親と一緒に自給自足の生活を送っていたけど、その両親が亡くなりしばらく一人で暮らしていたが、一人では暮らしていけず、こうして村へ自分で作ったものを時々売りに来たいとのことで、その品々を見せてもらったんです。そしたら、まぁ、なんと言ったら良いでしょうか、見たことも無い聞いたことも無い、薬草の一種だと言う【ハーブ】を使った品をアイテムボックスから次々に取り出して……」
思い返しながらソニアはリリーと初めて会った時の事を話していく。
「待ってください。リリー様はアイテムボックス持ちなのですか? クラウスは知ってた?」
話を聞いていたディランがそう聞いてきた。
「私はそこまでは知らなかったな……」
「そうなんです。初めて会った時に、「アイテムボックス持ちは珍しいのか」そう聞かれました。ほんとにこの国の事を何も知らなくてびっくりしたのを覚えています。この国の硬貨についても何も知らず、あの時私が教えたんです。それなのに、私たちの知らない知識が沢山あって……」
そこで、村長が話の続きを引き継ぐ。
「そう言えば、初めてこの村に来た時だったかな。ワイルドボアを仕留めたのは」
「ああ、そう言えばさっきのお孫さんが言ってましたね。村を襲ったワイルドボアを退治したと」
「ええ。私は直接見ていなかったのですが、孫たちが見ていましてね。後から聞いたところ、目を真っ赤にして正気を失ったワイルドボアをものの数秒で退治したと」
「その時、私も見ていました。門番が跳ね上げられ、村へ近づこうとしたワイルドボアに駆け寄り、水の球体の中に閉じ込めたんです。初めは暴れていたワイルドボアでしたが、リリーが手を握りしめると一瞬にして動かなくなったんです。何にしても、あの子はこの村を救ってくれた恩人なんです」
村長とソニアの話を聞いたクラウスとディランは「まさか、そこまでの力があるとはな……」と呟いた。
「暴走したワイルドボアを瞬殺とは……それに、水の球体とは面白い魔法を使うのですね。攻撃魔法と言ったら、大体火魔法を使うのですが……」
「そう言えば、火魔法は得意ではないと言ってました」
ソニアが思い出したかのように伝える。
「それは火魔法が発動しづらいと言うことでしょうか?」
「いえ、その逆で、一度使おうとしたら火柱が立ち上がって髪の毛が焼けてしまったと言ってました。辺りを焼き尽くすかと思った。とも」
その言葉を聞いてディランは固まってしまう。
「それは、コントロールが慣れていないからでしょう。それに、火魔法に対する恐怖もあると思います。ワイルドボアを包み込むほどの魔力を持った人間なら火魔法のコントロールも出来ていいはず……慣れれば王国一の魔法の使い手となるでしょう」
険しい表情でそう語るディランを見て、ソニアは立ち上がる。
「リリーは強力な魔力を持って魔女と呼ばれはしていますが、悪い子ではないんです。心の優しい子なんです。争い事なんて無縁の子なんです。どうか……悪いようにしないでやってください。」
そう言って、ソニアは騎士たちに頭を下げる。
「いや、勘違いさせる言い方をしたのがいけなかったな。リリーを悪いようにはさせませんよ。私の命の恩人なのですから」
「そうですとも。私たちは女神保護の作戦を王太子殿下より仰せつかったのです。この土地は西の国【サラセニア】との国境が近いですよね。噂が広がりその国から目を付けられ、リリー様の身が危険にさらされない様に保護せよ、との事なのです」
「女神?」
「ええ。リリー様の事は女神と呼んでいるのです。まさか、こちらで魔女様と呼ばれているとは思いませんでしたが」
「初めはあまりの強力な魔力に、村の者たちは【漆黒の魔女】の再来ではないかと疑いをかけてしまったんですが、後にリリーさんの作るハーブの品々に助けられましてね。敬愛を込めて【魔女様】とお呼びしているんです。リリーさんは恥ずかしいので名前で呼んで欲しいと言っていますがね」
「なるほど。黒髪に強力な魔力で勘違いされてしまったか。大体の事は分かった。それで……リリーは出かけていると言ったが、どちらに?」
これが本題だ。クラウスたちの本命、リリーの所在について問うと、
「リリーさんなら、感謝祭に【魔女の露店】を開くと言って、この街に滞在している商人と弟子の一人を連れて隣町のブローディアまで出かけているんです。リリーさんの作るハーブの品は隣町でも【ハーブの魔女様】の品として大変人気なんです。確か、今日が感謝祭の最終日でしたな。この村に戻るのは早くて明後日の夕方でしょうね」
村長がそう言うと、明らかに落胆した様子のクラウス……
「そうでしたか……ここに来ればきっと再会できると思ったのですが……」
「それでは私たちはブローディアへ行ってみることにします。突然の訪問に対しここまでのもてなし感謝致します。あちらでリリー様とお会い出来れば一緒にこちらへ戻って参りますね」
そう言ってディランが立ち上がる。クラウスの事だ、ここで待つよりもブローディアへ迎えに行くと言うだろう。今から急いで馬を走らせれば、夜にはブローディアの街へと辿り着くだろう。
騎士たちは短い滞在の後に、ブローディアへと出発して行ったのだった。
「ねえ、村長。あの隊長さんがリリーに騎士の誓をした騎士様なんだろうね」
「命を助けられたって言ってたからな」
「随分とリリーに惚れ込んでるようだったね」
「ああ。リリーさん、見初められたのかもしれないな」
村の入口で馬に跨り走り去る騎士たちを見送る二人。騎士たちはリリーを保護しに来たと言っていた。という事は……リリーがこの地を去り、王都へ向かうと言うことなのだろう。出会って半年、短い付き合いだが、ソニアはリリーの事を娘のように可愛がった。村長もまた孫たちを可愛がって弟子にしてくれたリリーには感謝している。
「もう暫く一緒にいたかったけど……寂しくなるね」
ソニアはポツリと呟いたのだった。