魔女とお嬢様
アルベルトさんの入室で場の雰囲気がまるで凍ったかのように静まり返る。
「リリー様、ヴェロニカお嬢様が大変失礼を致しました」
アルベルトさんはそう言って頭を下げる。
「な、何よ! こんな女お父様には相応しくないわ!」
「お嬢様、何を言っておられるのですか。お客様に対して失礼ですぞ」
「何がお客様よ! この女、新しいお父様のお相手なんでしょう? こんなみすぼらしい女連れてきて、お父様をバカにしているのかしら⁉︎」
何だか誤解をしている様子のお嬢様。メイドさんは二人でオロオロしていて、アルベルトさんは……お顔がとっても怖いことになっておられます……
「あの……」
そう言って誤解を解こうと口を開いたが……
「魔女殿が到着したと報告があって部屋で待っていれば……一体何を騒いでいるのだ」
「旦那様、申し訳ございません。お嬢様が少々問題を……」
そう言って頭を下げるアルベルトさん。
この方は……あの時広場で見かけた伯爵様。近くで見ると若々しい印象だった。
「お父様! なぜこんな女を呼んだのですか? お父様のお相手に相応しくありません! こんなみすぼらしい格好をした女、伯爵邸に相応しくありませんわ!」
私に指を差し、伯爵様に詰め寄る。
「ヴェロニカ、魔女殿に対し何たる無礼な態度だ。お前一人の勘違いで、王族を敵に回す気か!」
は? 王族? ちょっと待ってよ、なんの話?
「魔女殿。我が娘が大変な失礼を致した。どうか許して欲しい」
そう言う伯爵様だが、王族なんて言葉が出てきて混乱してきたので、首を傾げる。
「あの、どんどん話が進んで、私も混乱しているので一つずついいですか?」
そう言って、まずはヴェロニカお嬢様へ向く。
「ヴェロニカお嬢様、初めまして。私は西の森よりやって来ました、魔女リリーでございます。お嬢様が考えているような女ではございませんのでご安心ください」
そう言って、ニッコリと笑い、カーテシーをする。まずはこのお嬢様の勘違いを正してあげないとね。
「は? ま、魔女? 魔女って最近街で噂のあのハーブの魔女?」
「ええ。ヴェロニカお嬢様、もしかしてラベンダーのポプリをお持ちじゃないですか?」
ヴェロニカお嬢様が部屋に入ってきた時、ほのかにラベンダーの香りがしたのだ。
「うそ! ほんとに⁉︎」
それからハッとしたように目を見開いた。
「ご、ごめんなさい! 私てっきり……私、どうしたら……」
「いいえ、いいんですよ。誤解が解ければそれで」
そう言うと、「ですからわたくしも魔女様と言ったでしょうに」そう言ってため息をつくアルベルトさん。
「それで……先程、王族がどうのって仰いましたよね? 私が呼ばれたのは子爵の件についてだと思ったのですが……」
「まずは私の部屋に来てくれ。詳しい話はそこで。ヴェロニカ、お前は部屋で待っているように。後で話がある」
そう言って部屋を出ていってしまった。
「うぅっ……ど、どうしましょう……お父様を怒らせてしまいましたわ……」
そう言って涙を流すヴェロニカお嬢様。
「大丈夫ですよ。ただの勘違いだったんですもの。私からも伯爵様へあまりお叱りになられないように進言しますから」
伯爵様をあまりお待たせ出来ないので、涙を流すお嬢様を残してアルベルトさんと共に伯爵様のお部屋へ向かう。部屋へ向かう途中でも、アルベルトさんから謝罪の言葉を受けるが、もう気にしないで欲しい、この話はここまでにしましょう。そう言って話を切った。
「旦那様。魔女様をお連れ致しました」
扉越しにアルベルトさんが声をかけると「入れ」と、返事が返ってきた。
部屋に入ると、椅子に座り机に肘をつき額を押さえる伯爵様。
「魔女殿。先程は娘が本当に失礼をした」
そう言って顔を上げる。
「その話はもうやめましょう。ただの勘違いでしたし、お嬢様も悔いていらっしゃったので、あまり責めないであげてください」
はぁ〜っと息を吐き、言葉を続ける伯爵様。
「娘はね、母親を小さい頃に流行病で亡くしてね。私もまだ若かったから、後妻をとの声に何度か見合いをしたのだが、その度に先程のような態度でね」
なるほどね、私も両親とはもう会えないので何となく気持ちは分かる。
「そうでしたか。私もその気持ちは分かるので……本当に気にしないでいただいて結構ですので、お嬢様にはお優しくしてあげてください」
「すまないね。さて……本題に入るか」
そう言って話を始めようとする伯爵様だったが、大分お疲れのご様子だったので、ある提案をする。
「伯爵様、大分お疲れのご様子ですね。もし宜しければお一つ試して頂きたい事があるのですが」
「ほお、もしやハーブの?」
「ええ。疲れが吹き飛びますよ」
そう言うとパッと顔を上げる。
「おお! 是非試してみたい! よろしく頼むよ」
「アルベルトさん、洗面器か小さなタライとフェイスタオルを用意していただけませんか?」
そう言うと、アルベルトさんはメイドに準備してもらう。
「では、少し魔法を使いますね」
そう言って、小さなタライに水魔法と火魔法を使ってお湯を張る。そこに、カモミールから抽出したエッセンシャルオイルを数滴たらし、タオルを浸ける。
「ほぉ……いい香りですな」
アルベルトさんは目を閉じ香りを吸い込む。
そして、温かいタオルを絞り、アルベルトさんに渡す。
「こちらのタオルを目の上から当ててみてください」
アルベルトさんは伯爵様へ手渡し、目の上に当ててみる。
「あぁぁぁぁぁ。なんて……気持ちいいんだ……」
「しばらくそのままで、香りも楽しんでください」
数分後、タオルを外すと伯爵様はまるで一晩ぐっすりと眠ったかのように、スッキリとした顔をされていた。
「凄いな……この数分で体力まで回復したようだ」
「先程お湯に垂らしたのはカモミールのオイルです。このカモミールは体力を回復してくれる効果があるんですよ」
「それはカモミールティーのように飲まなくてもいいのか?」
「ええ。香りを嗅ぐだけでも効果はあります。そこに、ホットアイマスクの効果をプラスしたので目もスッキリとしていませんか?」
「ああ、先程まであんなに疲れて、目も重かったのに今はスッキリとしているぞ」
「それは良かったです。こちらのオイルも差し上げますので、疲れた時は今のように熱めのお湯に数的垂らし、タオルを浸けて絞ったものを目に当ててください」
そう言ってアルベルトさんにエッセンシャルオイルを渡した。
「先程の献上品と共に有難く頂くとしよう」
「ローズペタルのバスソルトは、是非ヴェロニカお嬢様にお渡し下さい。きっと気に入っていただけると思います。まだ発売前なので、他のお嬢様に差をつけることが出来ると思いますよ」
「何から何まですまないな。娘のことにまで気を使ってくれて。おかげで気分が良くなったよ」
さて、余談はこの辺にして、本題を聞くとしますか……