アルベルト
ここに来て、誤字報告、評価を沢山頂くようになりました。報告、評価を下さる皆様、いつも有難うございます。とっても助かっています!
「ご無沙汰しておりますフロスト商会長様。この度の情報提供大変ありがとうございます。そして……お初にお目にかかります魔女リリー様、わたくしブローディア伯爵様の執事をしておりますアルベルトと申します」
執事! 執事服を一切の乱れなく着こなすアルベルトさんは、ロマンスグレーの素敵な老紳士でした。伯爵様の使者なら丁寧に応対した方がいいよね?
「ご丁寧なご挨拶ありがとうございます。魔女リリーです」
そう言って両手を前で揃え腰を曲げお辞儀をする。ゆっくりと頭をあげると……
「随分と珍しいご挨拶の仕方ですね。リリー様は異国の方でしょうか?」
そんな事を言われてしまう。しまった! お辞儀なんて日本にしかないわよね⁉︎
「えっと……」
何と返事をしていいか分からず言葉に詰まる。
「申し訳ありません、口が過ぎたようです。リリー様のご都合もあるかと思いますのでお気になさらず」
あまりにも気を使われすぎて話しづらい……
「いえ、異国と言うか、最近まで他人との関わりを持たずに自給自足の生活をしてきたもので、この国の挨拶の仕方が分からないのです。今の私の挨拶は私の一族の間で使われていた、相手に敬意を払う挨拶なんです」
「リリー、今の挨拶とっても綺麗だったんだけど、あまり多用しない方がいいかも」
ジェフはお辞儀の美しさを褒めてくれたが、何か引っかかることがあるようだ。
「そうでございますね。わたくしもとても美しいと思ったのですが、相手に頭を下げると言うことは、この国では【首を差し出す】との意味にも取られますので、ご注意くださいませ」
首を差し出すって……
「そうでしたか。教えてくださってありがとうございます。まだまだ世間知らずですので、もし何か気がついたことがあれば仰ってください」
「分かりました。後ほど良いご挨拶の方法をお教え致しましょう。それでは、本題に入らさせてもらいます。本日はリリー様に御用があって参りました」
「私、ですか?」
「左様でございます。伯爵様より、リリー様を伯爵邸へお連れするようにとの命を受け、ここへ来た次第です。お時間は取らせませんので、どうかわたくしめと伯爵邸へおいでください。伯爵様より直接お話を、とのことでございます」
え、私、貴族のお屋敷に行くわけ? しかも、伯爵様の?
「わ、私、伯爵様とお話できるような会話スキル持っていないのですが。無礼な言葉遣いになれば失礼ですし……」
言って話をするのはいいが、貴族様への言葉遣いが分からないわ。困ったな……と思っていたが
「リリー殿、大丈夫ですよ。私も時々伯爵様とお会いしてるが、器の大きいお方だ。他の貴族とは違って言葉遣いなど小さな事で不敬になんてしませんよ。どうか行ってらして下さい」
ギャレットさんにまで言ってこいと言われた。
「そうですね。伯爵様からお呼びされたのに行かない方が失礼ですもんね」
結局私は伯爵様に会いに伯爵邸へ行くことにした。伯爵邸へはアルベルトさんが馬車を用意してくださったので、アルベルトさんと共に馬車で向かう事になった。
「それではリリー様、伯爵様へのご挨拶の練習をしてみましょうか。馬車の中では出来ませんので」
そう言って、アルベルトさんに【カーテシー】を教わった。片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたまま挨拶をする。これは、相手に対し跪こうとする意思なのだそう。
「そうそう、そこからさらに膝を曲げて……」
「うっ……い、いたたたた……」
これはふくらはぎと腿に大打撃だ。ちょっと間違ったらふくらはぎが攣ってしまう。
「はい、目線は下げない。お相手の方の顔を見て」
「は、はい!」
「はい、背筋は伸ばして」
「は、はいぃ!」
そう言って私の腰と鎖骨の付け根に手を当てて、無理くり背筋を伸ばされる。
「い、痛いです! アルベルトさん!」
「はい、これしきで音を上げてはいけませんよ。まずはこれが基本のカーテシーになります。次です」
アルベルトさん……スパルタです……
その後も、カーテシーをしながら相手に右手を差し出し握手(と言っても手を握る握手ではなく手を添えるだけ)の練習。
今日はロングスカートのワンピースなので、スカートが地面に着かないように、ワンピースを持ち上げてのカーテシーの練習も追加で行われた。
「はぁ……はぁ……はぁ」
「大変良く頑張りました。及第点と言った所でしょうか」
さすがスパルタ、厳しい判定ですね。
「ど、どうもありがとうございました」
「いえいえ、またいつでもお教え致しますよ」
ニコリと微笑むアルベルトさんの背後に鬼が見えます……次は是非とも遠慮したいです。
ジェフとミラはと言うと、ジェフはクスクスと笑っていて、抗議の目を向けると背中を向けて肩を震わせている。後で覚えておきなさい……
ミラはとてつもない同情の目で見つめている。目が合うと苦笑いをして握りこぶしを作ってグッと構える……頑張れってことね。分かってるわ、頑張りますよ。
アルベルトはその姿を見て安堵する。
数日前、ブローディア伯爵に一通の手紙が届けられた。封筒は上質な厚い紙で出来ていて、赤い封蝋には王家の紋章が押されていた。
手紙の内容は伯爵も驚くもので、魔女リリーへの手厚い保護の内容だったのだ。アルベルトは中身を知らないが、主がそれはそれは驚いていたことを覚えている。
アルベルトは伯爵より「魔女の事は王族と同じように扱うように」と念を押されていた。つまり、主である伯爵よりも遥かに高い地位の人物だということだ。
その事もあり、どんな女性なのかと不安を覚えていたが、実際に会ってみれば、とても素直で庶民的な女性だったのだ。ただ、本人は至って普通の平民のつもりでいるようだったが……。
このような女性が何故丁重にもてなされるのか……との疑問も、主である伯爵が言うことなので、アルベルトはただただ忠実に従うだけだ。
頭を下げられた時はどうしようかと焦ったが、物分りの良い女性で助かったと安堵したのだった。
地位の高い人物がそうそう簡単に頭を下げてはならない。アルベルトは自分の価値に気づいていないリリーに、やんわりとその事を教えたのだった。
「さて、そろそろ伯爵邸へ参りましょうか」
ふらつく足をマッサージしながらミラの手を借り立ち上がった。
「よろしくお願いします。アルベルトさん」
「リリー、くれぐれも粗相のないようにね」
「私はリリーを待ってる間、今日の売上報告でもまとめておくから、頑張ってきてね」
「そうね、四時間ほどの営業だったけど、たくさんの人が買いに来てくれたもんね。ミラ、よろしくね。それと、ジェフ? さっきはよくも笑ってくれたわね」
ギクリと身を強ばらせるジェフ。
「罰として今日の売上報告をミラに代わってまとめておいて。ミラ、見張っててね」
「ええ⁉︎ 酷いよリリー!」
「なんてね、嘘よ。私が戻ってくるまでの間、ミラの事お願いね。一人で待たせるのは嫌だわ」
宿に戻るにしても、一人あの広い部屋で待ってるなんて辛いものね。
「そういう事なら任せてよ。宿に戻るより、ここでリリーの帰りを待ってる方がいいだろう。リリーはここに帰ってきてくれ」
そう話は纏まって、立ち上がった。
「お待たせ致しました、参りましょう」
アルベルトさんにそう告げ、フロスト商会を後にした。




