恋と練り香水
「いらっしゃいませ、ようこそミュゼへ。本日はどのような物をお探しですか?」
……このセリフ何回言っただろう。感謝祭が始まってから直ぐにお客様が集まってきた。気付けば外は長蛇の列が出来ていて、九割が女性のお客様。
売上の上位はやはり、ハーブティー。次いでポプリ、ステビアスイーツ(ジャム)、スキンケア用品、医薬品の順だ。
「あ、あの、魔女様ですか?」
そう声をかけられ、振り向くとそこにはミラと同じくらいの年齢の女の子が三人いた。
「ええ、魔女リリーです。こんにちは」
そう言って営業スマイルを向けた。
これはソニアさんとジェフの提案で、【魔女】の存在を全面的に推しだす作戦。今後も魔女として良い印象を与え、この国の人々と良い関係を保てるようにと、提案されたのだ。
「いいかい、名乗る時は【魔女リリー】と名乗るんだよ。どこまで噂が拡がっているか分からないからね。自分の身を守るためにもそう名乗っておきな」
そう言ってソニアさんは私に言い聞かせた。
「闇の魔女ではなく、害のない良い魔女だって事を国中に知らしめるいい機会だね」
ジェフもいい提案だと勧めてきた。
「キャー! 本物よ!」
「お会いできて感激ですー!」
「魔女様、素敵なお召し物ですね!」
そう言って三人娘は手を取り合いキャーキャーと喜びあっている。
素敵なお召し物……そう、ハーブを思わせる様な綺麗な緑のワンピース。スカート部分には黒のレースがあしらわれてある。ソニアさんの手作り衣装だ。
「リリーには世話になってるからね、心ばかりの気持ちだよ」
そう言って渡してくれたのだ。手作りの物を貰う嬉しさは言葉では言い表せないほどの喜びだ。
「どうもありがとう。本日はどのような物をお探しですか?」
そう言って笑顔を向けると、三人はモジモジし始めて、一人が口を開く。
「あの、相談なんですが、す! 好きな男の子を振り向かせるアイテムありませんか⁉︎ その……び! 媚薬とか!」
……年頃の女の子ね。媚薬だなんて。あるにはあるが……効果は自分で体験済み。あんなもの人様に売れないわよ。
「ごめんなさいね、ここには人を惑わせるものは売ってはいないわ」
そう言うと、明らかに落ち込む三人娘たち。
「ただし、」
そう言葉を続けると、パッ!と顔を上げた。
「ただし、私からのアドバイスをあげるわ。ちょっとこっちにいらっしゃい」
そう言って、ある商品を取り出す。
「魔女様これは?」
蓋を開けて彼女たちに渡し「香りを嗅いでごらん?」そう言って手渡した。
「いい香り……」
「瑞々しい花の香り?」
「うっとりしちゃう……魔女様、これ魔法のアイテムですか?」
「いいえ、これは何の効果もないただの練り香水よ。スズランの花から抽出したエッセンスをオイルに練りこんで固めたものよ。あなた達くらいの年齢なら派手な香りの香水より、このくらいのふわっと香る、練り香水がちょうどいいわ。これを付けて気になる男の子をお茶に誘ってみなさい。きっと彼の気を引けるはずよ」
そう言ってウインクをした。
「か、買います! 効果がなくても魔女様の加護がある様な気がするので!」
そう言って三人娘は練り香水を買って胸を弾ませ帰って言った。
「ふふふっ……上手くいくといいわね」
後にこの【スズランの練り香水】は若い女性たちの間で、恋のお守りとして爆発的ヒット商品となるのだった。
「リリー、ミラちゃん、お疲れ様。思った通り大人気だね!」
そう言ってジェフがお店へやって来た。
「はいこれ、差し入れだよ。そろそろ交代で休憩取った方がいいよ。午後からも長いからね。僕も休憩時間なんだ」
ジェフは人数分の軽食を買ってきてくれた。
「もうそんな時間⁉︎」
慌ただしく接客していたら、いつの間にかお昼を回っていた。
「ミラ、先に休憩してきて。ジェフ、ミラ一人じゃ心配だからついてて欲しいんだけど、お願い出来る? ついでだから、他の露店も見てきていいわよ」
「え⁉︎ リリー!」
「僕は構わないよ。ミラちゃんどうする?」
「ほら、せっかくだから行ってきなさい。ジェフ、頼んだわよ」
そう言って二人を店から送り出した。
ミラがいない間にもお客様は次々とやってきたが、接客に慣れてきたので何とか三人で切り盛りできた。
そして、客の流れが落ち着いてきてほっとした時だった。
「へぇ……ここが噂の魔女の店か」
そう言って、二十代くらいの男性が入ってきた。その後ろには静かに控える男性がついて回る。
「おい、ここに魔女がいると聞いたがお前か?」
随分と粗暴な口調ね。それに……何か嫌な気配を感じるわ。何かしら? 首筋がゾクリとする感じ……
ロジーとスノーは明らかに表情を変え場の雰囲気がピリリとする。
(相手が誰かわからない以上こちらから攻撃的な態度は控えて)
ロジーとスノーには念波を送る。
「私が魔女リリーです。本日はどのような物をお探しですか?」
「随分と街で流行ってるようだからな、どんな女が作ってるのか見に来た。お前、なかなかいい女じゃないか、気に入ったぞ。そうだ、特別に私の屋敷に招待してやろう!」
そう言って、後ろに控えていた男性に合図を送ると、その男性が私に一通の封筒を差し出した。赤い蝋で封をされた封筒は上質な紙が使われていることが窺われる。
訳も分からずにいると「それでは待っているぞ、必ず来い」そう言ってあっという間に帰って言った。
「なんだったのかしら?」
「さあ? あんなやつの所にわざわざリリーが行ってやる必要は無いさ。」
ロジーは非常〜に不機嫌な顔になっていた。
「ほらほら、これからもお客様が来るのよ。笑顔笑顔!」
そう言って、ロジーの頬をムニムニとマッサージする。
「リリー……嫌な予感がする。あれは……あの感覚は……」
スノーはそんな事を言う。
そんな会話をしていると、ジェフとミラが戻ってきた。
「ただいまリリー! ごめんね先に休憩貰っちゃって。次はリリーが休憩してきて」
そう言って上機嫌なミラが私に休憩を勧めてきた。
「ただいま。リリーも休憩してきなよ……あれ? 何かあった?」
聡いジェフは直ぐに気づいたようで、眉を寄せる。
「さっきね、随分と偉そうな男性がやってきて、私にこれを渡して言ったの」
そう伝えて先程貰った封筒をジェフに見せた。
「………………リリー、お店閉めるよ。説明は後だ」
そう言って、青い顔をしたジェフが店仕舞いの準備を始める。
私とミラは何事が起こったのか分からずに、不安のまま店仕舞いをするのだった。
その間、スノーは何故か様子がおかしく、ずっと何かを考えているようだった。