ロジーの……誘惑?
「後は宿に行って休むだけだね。僕は宿まで案内したら実家に戻るね。明日は二人で観光しておいで。夕方フロスト商会で待ち合わせして露店の説明と準備をしよう」
そう言って、宿まで案内してくれたジェフと別れた。
「リリー、明日の観光楽しみね。皆にお土産も買って帰らないとね!」
そうだった。孫ちゃんズにお土産買って帰るからと約束したのだ。いつもお世話になってるソニアさんや村長さん、家のアレコレを作ってもらっているハリスさん、いつも笑顔で村に出迎えてくれるバルテロさんにも素敵なお土産を買って行こうと決めた。
宿の部屋は二部屋取っており、ミラとは別々の部屋だった。一緒の部屋でも良かったんだけどな〜、なんて思ったが、二日間の馬車旅でミラはだいぶ疲れたみたいなので、一人でゆっくりと休むのがいいのかもしれない。
フロントでは「宿の料金は既にフロスト商会から頂いております。ごゆっくりお休みなさいませ」なんて言われた。さっきの食事代もジェフが全て払ってくれたし、さすがにこんな至れり尽くせりじゃ、バチが当たりそう……明日、ギャレットさんにお礼を言わないとね。
「それじゃ、明日の朝ね。おやすみミラ」
「うん。明日の観光、寝坊したら台無しだから早く寝ないとね。おやすみリリー」
そう言って部屋の前で別れた。
部屋に入ると、約二十畳ほどの広さの部屋にキングサイズのベッド、三面鏡の付いたドレッサー、ソファにローテーブル、チェストが備え付けられていた。
「……広くない?」
てっきり旅の宿ならビジネスホテルほどの広さにシングルベッドが置いてあるぐらいの部屋かと思った。実際【木漏れ日亭】はそんな感じだ。
もしかして……ここって高級宿なんじゃ? そう思ってると、コンコンコンコンコンコン! とドアを激しくノックする音が聞こえる。まぁ、恐らくミラだろうな。そう思いながらドアを開けると、案の定ミラが青い顔をして立っていた。
「リ、リリー……何なのこの宿? こんな高級宿だなんて聞いてないわよ……」
ですよね。ミラもあまりの部屋の広さに驚いていた。
「私も聞いてないわよ。多分ギャレットさんが私たちの為にいいお部屋を取ってくれたんだと思うけど、さすがにここまでの高級宿だと、落ち着かないわよね」
ブンブンと首を縦に降りオロオロするミラ。
「でもまぁ、せっかく取ってくれたお部屋だから今回はご好意に甘えましょ」
既に取ってくれた部屋をどうする事も出来ないので、ここは有難く使わせてもらう。
「うう……落ち着かないよ〜」
そんな言葉を残してミラは部屋に帰っていった。
「さてと、シャワーをして明日の為に早く寝ないとね」
バスルームへ行くと猫足のバスタブが置いてあり、「うわ〜ぽいわ〜」などと思いながらバスタイムを楽しむ。バスタブにはローズペタルのバスソルトを入れ、甘くエレガントな香りに包まれ体も心も癒される。
「ふぅ。気持ちよかった〜。疲れが吹き飛ぶわ」
お風呂から上がり、魔法で髪を乾かすとバラのいい香りが立ち上る。試作品のバラのヘアオイルを使ってみたのだ。毛先までつるんとした髪は指通りも心地よく、ツヤがある。
「うん。これはいいね。好みによって香りを選べるように、ラベンダーとかオリジナルの合成アロマなんかを使ったオイルを作ってみるのもいいかも!」
どこにいても創作意欲が湧いてくる。これは家に帰ったら早速試作品を作らないとね。
『リリー』
ふわりと小さな赤い光が目の前に現れ、ロジーが姿を現した。
「ミラはもう眠ったみたいだったから、もういいよね」
さすがに宿までついてくるのはまずいので、ビストロの前で別れたのだ。
「あれ? スノーは?」
『スノーならワインで気分が良くなったから夜空の散歩に行ってくるって』
そっか。ワイン、だいぶ気に入ってたみたいだからね。ご機嫌な夜空の散歩を楽しんでいるのだろう。
『リリー……約束……忘れてないよね?』
ギクッ‼︎
ですよね。このタイミングで現れたってことは、そういうことよね。
「忘れてないよ。うんと甘やかしてあげるって言ったもんね」
『それと、何でもお願いを聞いてくれるって』
「そ、そうね」
『……ねぇ、何でスノーは良くて僕はダメだったの?』
唐突に、朝の話を掘り返してくるロジー。そう言えばずっと拗ねてたんだもんね。
「あのね、別にロジーが嫌いだからとかじゃなくて、ただ恥ずかしかっただけからね。スノーは……その、馬だし? あの時は動物を撫でてる感覚だったから……別にロジーとスノーを差別してるわけじゃないからね。ロジーの事は大好きだから……忘れちゃダメよ」
そう伝えるとフルフルと体を震わせ……
『リリーーーー! 僕もリリーが大好きだよ!』
そう言って勢いよくギューーーっと抱きついてくる。お陰でソファに倒れ込んでしまった。ホント、ハグ好きね。
『今日は僕の事甘やかしてくれるんだよね?』
ソファに倒れ込んだ私に抱きついていたロジーは、そっと顔を上げ、そんなことを言う。
クッ! この小悪魔が! なんて悪い子に育っちゃったんだ! 誰よ甘やかしたのは! 私か‼︎
こうやって抱きつかれると、あの誘惑の香り事件が思い出されるが、あの時のロジーは本当のロジーでは無い。誘惑に負け、色気たっぷりな欲情したロジー。
だが、今のロジーはただただ純粋に甘えたがっているバラの精霊。
もぅ、まいっか。
私をギュッと抱きしめるロジーをそっと抱きしめ返して、綺麗な赤の髪を優しく撫でる。
『リリー……いい香り。バラの香りだよね? 僕の匂いだ』
バラの香りのヘアオイルにロジーが反応する。
「さっきね、バラのオイルを髪に塗ったのよ。いい香りよね」
『うん。僕とリリーが一つになったみたい』
そ、その言い方は何かダメのような気がする……
『ねぇ、リリー僕のお願い聞いてくれる?』
今この状況で言うか!
「こ、事と次第によります……」
そう言うと、抱きしめていた腕を解き、ソファに倒れ込んでいた私を横抱きにした。
そうして向かった先は……
ダ……ダメダメダメ‼︎
私をキングサイズのベッドへとそっと降ろす。ロジーはとんでもなく甘く、優しい表情をしていた。
「ロ、ロジー……ダ……」
ダメ。と、そう言いかけたところに言葉を被せてくる。
『僕と一緒に……』
お願い勘弁してー‼︎
『僕と一緒に朝まで眠ってくれない?』
……え? 朝まで……眠る? ……だけ?
『いつもさ、リリーが眠る時、僕は核に戻って眠るでしょ? だから、一回リリーと一緒にベッドで寝てみたかったんだー』
なんて紛らわしい事するんだ‼︎ む、無駄にドキドキしちゃったじゃないの‼︎ ああああ‼︎ 勘違いした私のバカバカバカ‼︎
恥ずかしさのあまり顔は真っ赤で頬が熱い……
『リリー、いい?』
「朝まで一緒に眠るのね。もちろんいいわよ」
何とか平常心を保つ振りをしながらやっとの事で答える。
そうして満足そうな顔のロジーと一緒にベッドに入りロジーに抱きしめられながら眠った。
……私のバカ……
そんな様子を窓の外からスノーが見ていた。
「さすが生まれたての精霊……ガキだな。私だったら美味しく頂くものを……」
スノーの呟きは夜の闇に溶けていった。