ワインと乾杯
フロスト商会を出た後は、来た道を戻り【カフェ ブルーム】へ向かう。
「ねぇ、ジェフ。夕食はどこに食べに行くの?」
「そうだね、バースの村ではパンが主食だったろ? だから、最近街で流行ってるパンが主食じゃない料理を食べに行こうかと。リーズナブルで美味しいと評判なんだよ」
「楽しみ〜! ジェフリーさんは食べに行ったことがあるんですか?」
「実は僕も噂を聞いただけで、まだ食べたことがないんだよね」
「じゃあ、三人とも初めてなのね。私も楽しみだわ!」
そう言って、どんな料理が出てくるお店なのか、ワクワクした気持ちで待ち合わせ場所へと向かった。
【カフェ ブルーム】の前では赤髪のロジーと、隣には長身でプラチナシルバーの髪が目立つスノーが立っていた。だよね、勿論スノーもいるわよね。
う〜んそれにしても……二人並ぶと絵になるわね。
街ゆく女性はそわそわとし、ロジーとスノーを何度もチラリと盗み見る。その頬はほんのりと赤い。
「リリー!」
私に気付くとロジーは満面の笑みを向ける。
「ごめんね。待った?」
「全然! ね、スノー」
「ああ、今来たところだ」
「ねぇ、リリー。こちらの方は?」
ミラがスノーを見上げて言う。
「紹介するね、ロジーの兄のスノーよ。ロジー、スノー、この二人はジェフとミラよ」
全く似てないが、もう先に言ったもん勝ちよね。
(二人とも、話合わせてね)
二人からは目で合図をされた。
お互いを紹介し合い、まずは夕食を食べに行こうとなったので移動する。
暗くなった街をしばらく歩くと、淡いオレンジ色の光に照らされたビストロが見えてきた。
「ここ?」
「そうだよ。レストランとは違って、ドレスコードもないから気軽に入れるお店だよ。さ、行こう」
そう言ってジェフが受付カウンターに行くと、白のシャツに濃い緑のカマーベスト、黒のタイトスカートのオシャレな制服に身を包んだ女性がいた。
「いらっしゃいませ〜。五名様でよろしいですか?」
「ええ」
「それでは室内とテラス席、どちらに致しましょう?」
「ジェフ、テラス席がいいわ」
「ミラちゃんもテラス席でいい?」
「ええ。お任せします」
「それじゃ、テラス席でお願いします」
「かしこまりました。それではご案内致します」
そう言って店内を歩き、通された先は店の裏側に当たる位置。裏庭に面した壁は一面が大きな窓になっていて、外の様子が伺える。
テラス席に出てみれば、テーブルにキャンドルが灯され、暖かな光を生み出していた。そして、裏庭は水路から引いた水で小さな池を作り、大小様々な岩を詰んだ滝からは静かに水が流れ落ちていた。緑豊かなビオトープに心奪われる。
「素敵ね……ウチにも水を引こうかしら」
テーブルに着きうっとりと庭を眺めていると、ジェフが小さく笑いながら私達を見た。
「リリー、ミラちゃん、注文は僕に任せてもらってもいいかな?」
「ええ。お任せするわ。街で人気のお料理なんでしょ? 楽しみにしてる」
「あたしも街のお料理は分からないからお任せします」
ロジーとスノーもジェフに任せるからと言って、私の両脇を挟んで座った。
それからジェフはスタッフを呼び注文をする。しばらく皆で会話していると数名のスタッフが料理を運んできた。
「お待たせ致しました! 当店オリジナル、ヴァイツセットです」
そう言って運ばれた料理は……フェットチーネの様な幅の広い麺にキノコとベーコンのクリームソースが合和えてある。
「パスタ?」
「リリーこの料理知ってるの?」
「似ているけど違う料理ね。私はパスタって呼んでるんだけど、色んな種類があるのよ」
「へぇ! このヴァイツもパスタの一種なのかな?」
「どうだろう? パスタはデュラム小麦って言う普通の小麦粉とは違う種類を使ってるから、もっと黄色っぽい色をしてるんだけど、ヴァイツは白っぽいわね。普通の小麦かしら?」
セットにはサラダとスープが付いていた。その他には私とジェフとスノーがワイン、ミラとロジーはルビーベリーのジュースを注文。
「さぁ、乾杯しよう。リリー、乾杯の言葉をお願いしてもいいかな?」
そうジェフに振られる。
「わ、私?」
「うん。今回の感謝祭での主役はリリーだからね。よろしく」
そう言われて、慌てて言葉を選ぶ。
「えっと、まずは二人に出会えた事を感謝します。そして、明後日からの感謝祭で露店が成功することを願って、乾杯」
この国の乾杯の挨拶はソニアさんに教えて貰った。
「いいかい。この国では乾杯の前に必ず一言挨拶をするんだ。それは感謝の気持ちや、出会い、その時の気分でどんな言葉でもいいんだ。例えば私とリリーだったら、二人の出会いに乾杯とか、何だったら奇跡の甘味ステビアに乾杯! だっていいのさ。乾杯の時に素直に思った気持ちを話して乾杯するのもいいだろう」
そう教わった。
私が乾杯の挨拶を言うと、みんな続けて「乾杯」とグラスを合せた。
「このワイン甘いのね。とっても美味しいわ」
渋みの全くない甘いワインを飲み、ヴァイツを一口食べてみる。
「ん〜。美味しいっ! これはやっぱり小麦から出来ているのね。それに、このソース。クリームソースかと思ったら違うのね。何かしら?」
「それはね、ココの実から取れる植物ミルクで、ココミルクと呼ばれる素材だよ。この辺りの特産物なんだ。動物性のミルクと比べると優しい口当たりで、風味が豊かなんだ」
「へぇ! それも初めて聞くわ。これ、どこかで売ってないかな?」
「それなら明後日の露店で見つけられると思うよ。リリーならアイテムボックスに入れておけるからそのまま保存も利くんじゃないかな」
「それは楽しみだわ! 何か他にも面白いもの見つけて買わなくちゃね!」
明日の観光も楽しみだけど、露店巡りも楽しくなりそうな予感で胸がいっぱいだ。
私とジェフが話している間、ミラとロジーは美味しいヴァイツに舌鼓を打っていた。ミラは何とかこの料理を村でも作れないかと真剣に考え、ロジーは『家でもこれ作って!』と念話を送ってきた。
スノーはと言うと、ヴァイツに少しだけ口を付け、その後はひたすらに、ただひたすらにワインを飲んでいた。
『リリー、これはどこで買えるだろう? もし、露店で見つけたら買ってくれないか?』
スノーも念話を送ってきて、ワインのおねだりをする。
(もしかしてスノー、お酒好き? ワイン以外も好きだったりする?)
『人間からの供物ではワインが一番好きだな。その他の酒は供物にないから飲んだことは無いな』
(じゃあ、露店で他の種類のお酒も見つけたら買いましょ)
そう言うと、クールな表情をふわりと崩し、優しげな顔で見つめられた。
……この、たまに出る表情にいつもドキリとさせられる。突然の爆弾投下は心臓に悪い。
ちなみに残したヴァイツはロジーのお腹の中に消えていった。
その後も四人で楽しく会話をし食事を終えた。