フロスト商会
『さて、冗談はさて置き、リリー。馬どうするの? どこに預けるの? もし良かったらうちで預かるけど』
そう来たか‼︎
「ホント? じゃあ、預かってもらおうかな。お願いね!」
そう言ってスノーの手綱をロジーに渡す。
『ねぇ、これからご飯? 久しぶりにリリーに会ったからまだ一緒にいたいんだけど、僕も夕飯一緒にいいかな?』
ロジー……これはずっとくっついて来る気だな。
「いいんじゃない? 初めはビックリしちゃったけど、リリーのいとこなら歓迎よ。もう、冗談が上手いんだから! 信じるところだったわ」
そう言ってミラは素直に信じてくれる。
「リリーのいとこね。夕食くらいならいんじゃない? 少し用事があるから一時間後にそこのカフェの前で待ち合わせでいいかな?」
そう言ってジェフは目の前のカフェを指差す。今いる場所の目の前には落ち着いた雰囲気のカフェがあり【カフェ ブルーム】の看板を表に出してある。
「りょーかい! じゃあ、馬は預かるね。また後でね!」
そう言ってロジーはスノーを引いて人混みの中へ消えていった。
な、何とかなった! あとで、何お願いされるか分からないけど取り敢えずは安心ね。
その後は、真っ直ぐにジェフのお父さんの商会へ向かった。十分ほど歩くと二階建ての立派な建物が見えてくる。
「さぁ、着いたよ」
「ジェフ? 凄くない? 何この建物」
「ジェフリーさんって、もしかしてフロスト商会の?」
そうミラが尋ねる。
「あれ? ミラちゃん知ってるんだ」
「当たり前ですよ。超有名な商会じゃないですか!」
「え、もしかして凄い商会なの?」
「まあまあ、まずは中に入ろう。父さんが待ってる」
そう言って建物の中へ入っていくジェフ。その後を私達は慌ててついて行ったのだった。
中に入ると直ぐに広いロビーがお出迎え。床はピカピカの大理石のような素材で出来ており、吹き抜けの天井には洗練されたデザインのシャンデリアが吊るされていた。
ジェフがカウンターで声をかけると、受付嬢はすぐ様立ち上がり奥へと消えていった。しばらくすると、受付嬢が戻ってきて
「お待たせ致しました。商会長がお待ちです。こちらへどうぞ」と階段を登った奥の部屋まで案内をしてくれた。受付嬢は、軽くノックをした。
「失礼します。お客様をお連れ致しました」
そう声をかけ、中へ入るように受付嬢は促がした。
「やあ、よく来てくれたね。ようこそフロスト商会へ」
そう言って、ジェフのお父さんである商会長さんが柔らかい笑顔で迎えてくれた。グレーヘアーの物腰柔らかそうな熟年の男性。ジェフが歳を重ねたらこうなるんだろうな、と想像出来る程にそっくりだ。
ソファへ座るよう勧められると、商会の受付嬢がティーセットを準備し、紅茶を入れてくれた。
「はじめまして、リリーと申します。この度は露店出店へのお誘い、ありがとうございます。ご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします」
そう言ってゆっくりと頭を下げた。
「丁寧な挨拶をありがとう。私はフロスト商会の商会長をしているギャレットだ。こちらこそ遠いところをわざわざ呼んで申し訳ない。露店の為とは言ったが、ぜひ噂の魔女様とお会いして話をしてみたくてね、息子に頼んで連れてきてもらったんだよ」
「噂の魔女様だなんて……どうかリリーとお呼びください。それに、街に来るのも感謝祭も、初めての経験なのでとても楽しみにしていたんです」
「ははっ、久しぶりにリリーの丁寧な言葉遣い聞いた。父さんね、僕がリリーの話をしたら、会う度にリリーに会ってみたい会ってみたいって。それで、感謝祭に誘ったんだ。勿論露店の為ってのもあるけどね」
「ふふっ。初めてお会いする方の前でいつものようになんて出来ないわ。ね、ミラ」
私たちが会話をしている間、ミラはガチガチに緊張して、両手をギュッと握っている。
「は、はじめまして。バース村から来ましたミランダと申します。よろしくお願いします」
緊張から上擦った声で何とか挨拶をする。
「商会長様、バースの村で私のハーブの商品化、販売を任せていますミラです。工房ではミラの他に五人の弟子達がいまして、ミラには工房の皆をまとめる責任者を務めて貰っています。今後もお付き合いをよろしくお願いします」
「そうでしたか! あの有名な魔女様の弟子達のお一人でしたか」
「い、いえ! 責任者だなんて。私はちびっ子達の面倒を見ているだけなので……」
「ミラ、謙遜しないの。あの工房の責任者はミラ以外にいないんだから」
「そうだよ、ミラちゃん。それにミラちゃん自身も商品開発を一生懸命やってるのは知ってるからね。魔女様の弟子として胸を張っていいよ」
ジェフにそう言って貰って、恥ずかしそうに顔を赤くするミラ。
良かったね、ミラ。ジェフはちゃんとミラの頑張りを見てくれてるよ。
「そうだ。今日のディナーをぜひ一緒にどうだい?美味しいお店を紹介するよ。それと、リリーさん。私の事はギャレットと呼んでくれ。商会長様だなんて、擽ったいからね」
ディナーのお誘いを受けた私達だったが……
「父さん、リリーとミラちゃんは慣れない馬車旅で疲れてるんだ。今日は宿に行ってゆっくり休ませてあげてほしい」
と、ジェフが気を使ってくれてお断りしてくれた。
「嬉しいお誘いをありがとうございます。是非次回ご一緒させて下さい。それと、宿の手配まで気遣ってくださいましてありがとうございました」
「そうだったね。二日間の馬車旅は女性には大変だったろう。宿へ行ってゆっくり休んでくれ。また次回お誘いするよ。その時はゆっくり話を聞かせておくれ」
「はい、勿論です」
そう笑顔で答え、商会を後にした。
「き、緊張した〜! リリー、突然責任者だなんて紹介するんだもん。ビックリするじゃない!」
「え? 似たようなもんじゃない。じゃあ、今日から責任者って事で、よろしく!」
「そんな事、簡単に決めないでよ。あ〜も〜リリーったら〜!」
「あはははは! ミラちゃん責任者就任おめでとう!」
「今日はミラの責任者就任のお祝いね! ジェフ、美味しいご飯食べたい。さっきは気を使ってくれてギャレットさんにお断りしてくれたんでしょ? ごめんね、ありがと」
「さすがに到着して間もないのに、堅苦しいディナーはちょっとね。リリーのいとことの先約もあるし。それにしてもミラちゃんなんてガチガチだったね。そんなに緊張しなくてもいいんだけどな」
「ジェフリーさん! フロスト商会の商会長相手に緊張しない人なんているわけないじゃないですか!」
「ジェフ、商会長の息子ってことは、もしかして跡継ぎ?」
「まぁ、その予定。僕はね、あのバースの居心地の良さが気に入ってるんだけど……そろそろ家に戻って家を継ぐ勉強をしないといけないんだよね。あ、バースには勿論ちょくちょく顔を出すけどね。」
跡継ぎ。ふと、私も跡継ぎだったんだよね。と向こうの世界での生活を思い出してしまった。お父さんとお母さん、元気かな。私がこっちに転移したって事は、向こうの世界では行方不明扱いになってるのかもしれない。きっと心配しているであろう、父と母を思い出しナイーブになってしまう。
「リリー?」
ハッ!
「ご、ごめん。お、お腹空いた! お腹すいてボーっとしてた。ジェフ、早くご飯食べに行こう。ロジーも待ってるかもしれないしね」
「そうだね。それじゃ行こうか」
時々思い出してナイーブになってしまうが、私はこの地で生きていくと決めたんだ。もう戻れない故郷の思い出に蓋をして、二人に心配されぬ様、明るく振る舞うのだった。