ロジーとスノー
「チッ! あいつらどこへ行きやがった! 確かにこの先で野営の準備をしていたはずなのに!」
「兄貴、俺見たんだ! 野営の準備を始めたかと思ったら突然スーッとあいつらの姿が消える所を!」
「そんな訳あるか! 人間が突然消えるなんて! せっかくいい鴨を見つけたってのに、クソッ!」
「若い女二人に弱そうな男。それにあの荷馬車には大量の荷物。簡単に奪えそうだとつけてたのに」
そう、コソコソと話すのは三人の盗人。
この時期、感謝祭の為に街へと訪れる商人や観光客を狙って、荷物を強奪しようと企む者が後を絶たない。この三人もその中の一つである。
「まだ遠くには行ってないはずだ。馬車はデカいから馬車を目印に探すんだ。必ず近くにいるはずだ!」
「あの女達は俺たちで頂こうぜ。まだ男を知らない若い女はいい声で鳴いてくれるだろうな!」
「兄貴! 俺にも回してくれよ!」
「あの黒髪の女は珍しい顔立ちをしてるからな、俺たちで散々遊んだ後は奴隷として売り捌けばいい。たっぷりと可愛がってやらねぇとなぁ!」
下品な笑い声が静かに闇の中へと溶ける。
『ねぇ、何探してるの? お兄さん達』
「ヒッ!」
「な、なんだお前!」
暗闇の中から突然現れた存在に焦る盗人たち。その姿は、真っ赤な髪に見たこともないような深紅の瞳を持った青年。ギラリと闇に浮かぶ瞳は恐怖を抱かせる。
「ねえ、もしかして、長い黒髪の女の人探してる?」
「誰だお前。痛い目見る前にどっか行け!」
『痛い目……ね。たっぷりと、どうやって可愛がるつもり? 何がいい声で鳴くって?』
「チッ! おい! お前ら、片付けるぞ!」
そう言って残りの二人と襲いかかるが……青年にはその手は届かない。
「う、がはっ!」
「ば、化け物!」
「ぐぁっ!」
青年の両手は長い枝に変わって三人に襲いかかり拘束する。赤い髪は逆立ち毛先は枝と化していた。ギリギリと三人を締め上げその手を緩めることはしない。
『リリーに手を出したら……殺すよ?』
既に三人に意識はない。
『そのくらいにしておけ、ロジー。ただの賎しい人間だ、その程度の人間がリリーに敵うわけないだろう。放っておけ』
白銀の髪の男が声をかけた。
『スノー。そんなん当たり前だけど、なんかムカつくだろ‼︎僕のリリーに手を出そうなんて! あんな下品な想像されただけでもムカつくんだよ! それにこのまま放っておけばまた襲ってくるかもしれないだろ! どーすんだよこれ!』
怒り心頭。そんな言葉が今のロジーにピッタリ当てはまる。
『ロジー、枝で一纏めに縛ってくれ。遠くに捨ててくる』
『何だよ! 甘いんだよスノーは!』
そう言いながらも枝に変えた腕でぐるぐる巻きにする。
『今のお前の姿を見たらリリーはどう思うだろうな』
そう言って、スノーは八本脚の姿に変え、枝ごと三人を咥えて空の彼方へ消えていった。
『……そんな事分かってるよ……リリーはそんな事望まないってことぐらい』
そう呟いてリリーのペンダントトップに戻って行った。
スノーはと言うと……深く、魔素の濃い森の中にいた。
『起きろ』
そう言ってロジーの枝を外し、三人を叩き起す。
「こ、ここは?」
「何なんだよここは!」
「はぁ! はぁ! はぁ! い、息が……」
『許しはしない。この森、シレネの森で精々逃げ惑うがいい。私のリリーに手を出そうとした事、後悔させてやる!』
そう言ってスノーは空へと駆けて行った。
「お、おい! どこだここは!」
「兄貴、シ、シレネの森って……」
「息が……出来ない……」
シレネの森。それはこの世界で有名な、大型魔獣の生息する森。一度森へ入ればもう生きて帰っては来れない。
『グルルルル……』
『シャー‼︎』
既に三人は辺りを魔獣に囲まれ逃げ惑う手段すら残されてはいなかった。
『私の方こそリリーに知られたら幻滅されるだろうな』
ロジーにはああ言ったが、スノーは相当激怒していた。思い出しただけでも腸が贄くりたつ。奴らに穢されるリリーを想像しただけで体中の血がフツフツと沸くようだった。
『私のリリー、か……』
先程、ロジーが「僕のリリー」と言っていた。対抗する訳では無いがつい、「私のリリー」と言ってしまった。
『案外私も子供のようだな』
リリーに対する説明のつかない感情に困惑するスノーであった。
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