誘惑の香り
季節は夏が終わり、秋へと移ろいだ。そもそもこの世界に四季はあるのかなんて思い、ストレリチア図鑑を見たらどうやらこの世界にも四季はあるらしい。冬になれば雪も降る。
「雪が降ったらこの辺何も無いから埋まっちゃいそうね」
変な心配をしてしまったが、その時はその時だ。何とかなるだろう。
今日は森の中を探索する日。魔素濃度も薄くなってきたので、森の奥へと入ってみることにした。迷子になったら……などと思っていたが、ロジーにはこの家の魔力を感知することができるらしいので、迷子にならずに帰って来れるんだって。
「ロジー、行くよ。何かいい物が見つかるといいね」
そう言うと、赤いしずく型のペンダントトップからロジーが現れる。
実はこれ、精霊の核。精霊にとって命の塊と言えるもの。今は肌身離さず持っている。何でペンダントなんだって?
それはね、私が村へ行ってる間はお留守番してもらってたんだけど、どーーーしても一緒に行きたいってロジーが……
それで、絶対に人前に出ないと約束し、一緒に付いてく行く方法としてペンダントに扮して付いてくると言う方法を取ったのだ。
あとは、疲れて眠る時なんかも核に戻っている。
『よし、行こうか。僕も頑張るよ』
「期待してる」
そう言って二人で森の中へと進んでいく。
奥へ進んでいくと、下草が長いものに変わってくる。
「歩きづらくなってきたわね」
ロジーは空中に浮かんでいて、当たりを散策している。ロジーは木の上を、私は地表を探す。
『ねぇ、リリー。これ食べれるんじゃない?』
声が聞こえるのは背の高い木の上。
「ねぇ、ロジー、高すぎて見えないよー」
『待ってて、一つ持っていく!』
そう言うと、ロジーが自分の体と同じくらいの小粒のぶどうのような果実を持ってきた。
『これと同じのがいっぱいあったよ』
「とりあえず鑑定ね」
【フォレスト レザン】
主に森に生育するぶどうの仲間。
全株が猛毒。食べると死に至る。
私は魔法を使い無言で地面に穴を開ける。
「ロジー、そ〜っと穴に入れて」
『え〜。せっかく見つけたのに〜。美味しくないやつ?』
「猛毒だって」
『………………』
ロジーは言われるがまま、そ〜っと穴に入れ土を被せた。
『あ、あはははは、ヤバいやつだったね』
そうよね。世の中には有毒植物なんて山のようにある。もし、鑑定もせず興味本位に食べてしまったら呆気なく毒の餌食となっただろう。あんなに美味しそうだったのに。
「気をつけないとね。意外と有毒植物が多いのかもしれないからね」
それからしばらく辺りに気をつけながら散策すると、またしてもロジーが何かを見つけてきた。
『リリー、今度は緑の果実見つけた。鑑定して』
一つだけそっと手に持ちロジーが近づいて来る。
【プリュネの実】
酸味のある果実が特徴。黄色く熟した果実は食用可、青い果実も加工によっては食用となる。
「食べられるって。でも、黄色く熟さないと美味しくないかも」
『そっか〜、じゃあまだ早かったのか。残念』
そう言って次の木の実を探しに行こうとするロジーを「待って」と止める。
果実の香りを嗅いでみると無臭。でも、この実どっかで見たことあるような……表皮は柔らかいベルベットのような質感。強く指で摘めば硬い質感。
「梅の実っぽくない?」
青い果実は梅酒に加工したり、梅干しに加工出来る。試しにナイフで果実を割ってみる。ほんの少量の果汁を舌先に乗せて確認すると、間違いなく梅のようだった。
「ロジー、よく見つけたね! これ加工するととっても美味しくなるのよ!」
『熟してないのに食べれるの?』
「これはね、お酒に漬けたり、砂糖漬けにしてシロップにしたり、あとは干して塩漬けにすれば梅干しって言う食べ物になるのよ。まぁ、この辺じゃ大量に塩は手に入らないから梅干しは諦めましょ」
『じゃ、沢山採ってもいいね』
そう言うと、ロジーは袋を持って高い木の上へ行き採取を始めた。
その間、私は柑橘系の良い香りに誘われてゆずに似た果実を見つけた。
「良い香りね。お風呂に入れたら気持ちよさそう」
ゆずに似ていても有毒植物の可能性があるので鑑定は欠かせない。
【スウィートカナリー】
種から果実を付けるまでの生育期間は三十年とも言われる。余りにも長い生育期間の為栽培を諦める生産者がほとんど。現在野生の品種のみ存在している。
一時期は誘惑の香りと重宝されたが、乱獲され絶滅の危機に瀕した。その香りは強力な為希釈して使用する。
食用可。
「へぇ〜。誘惑の香りだって。確かにいい香りだけどそこまでかなぁ?」
種から育てれば三十年掛かるだろうが、接木で増やせば生育期間は短くて済むだろう。
「枝貰うね」
そう言って若い枝を先端から二十センチ程の長さでカットしてアイテムボックスに入れた。後で庭に接木しよう。
その後、スウィートカナリーの実も十個程収穫する。
『リリー、いっぱい採れたよ』
そう言って、大きくなったロジーがやってきた。袋には大量の青梅、プリュネの実が。
「少しは残してきた?」
『ああ、言われたとおり全部採らずに残してきたよ』
植物採取の基本は全部採らずに少しは残す。これは採取を始める前にロジーに言って聞かせたことだ。
『ん?リリー何かいい匂いするね』
スンスンと匂いを嗅いでくるロジー。
「良い香りの果実見つけたのよ」
『本当にいい匂い。リリー……』
あれ? 何だか様子がおかしい。目はトロンとし、仕舞いにはギュッと抱きついてきた。
「ちょっ、ロジー⁉︎」
『リリー、あぁ……リリー……』
「ダメ。やめて、ロジー!」
まずい‼︎ 誘惑ってこれか‼︎ そんな事を考えている間にもロジーは私の髪に指をかき入れ、首筋に唇を這わせる。
「あっ、ロジー、だ、ダメっ、……ダメだってば‼︎」
そう言って大量の水魔法で私諸共洗い流した。




