閑話 アズレア王国編 三
一度執務室を出たクラウスはフレドリックを呼びに騎士隊舎へ向かう。
「フレドリック。ちょっといいか」
鍛錬中のフレドリックに声をかける。
「もう報告終わったんですか?」
「いや、王太子殿下がお前の話も聞きたいそうだ」
そう告げると、目に見えて動揺し始めた。
「はい⁉︎ お、お、俺ですか?」
「そうだ、お前だ。俺の記憶のないところをお前に詳しく聞きたいそうだ。話はしてあるから正直に報告して構わない。付いてこい」
そう言って、すぐ様踵を返す。
「あ、待ってくださいよ。さすがにこの格好じゃまずいですって! 着替えてくるので待っててくださーい‼︎」
そう言ってダッシュで部屋へと走っていった。
しばらく待っていると騎士の制服に着替えたフレドリックが戻ってきた。クラウスも同じ制服を身に着けている。彼らの制服には特務部隊の紋章、伝説の八本脚の馬、スレイプニルが刺繍されている。第一騎士団同様に、鎧にも描かれている。
「お待たせしました。ほんとに俺なんかが報告するんですか? 無礼な話し方にならないようにしないと……」
「仕方ないだろう。お前しか見ていないリリーの能力もあるからな。俺では説明しきれない」
そう言って、若干おどおどしたフレドリックを連れて執務室へ戻る。
「特務隊隊長、クラウス戻りました」
「入れ」
フレドリックを連れて中へ入ると、先程のカモミールティーの香りは残っていたが、ローテブルは綺麗に片付けられていた。
「それではフレドリックより報告します。リリーの家に入ったところから頼む」
そう言ってフレドリックに報告を促す。
「は、はい。まず、家の中へ案内されると隊長をソファに寝かせるように指示されました。それから、深くえぐれた傷跡を水魔法で洗い流し、血止めの薬を塗り込むとピタリと血が止まり、それから何やら熱が高いと言い、薬を調合して隊長に飲ませました。その後、苦しそうな隊長を見ると傷付いた腕に手をかざし、治癒魔法を。見る見るうちに傷が塞がっていったのですが、彼女の額から大量の汗が流れ出ているのを見て止めてしまったんです」
「確かに治癒魔法は魔力を大量に使うと聞く。使いすぎれば術者の魔力が空になり、逆に術者の命も失ってしまうからな。それで?」
ライアンは続きを促す。
「はい、それで治療を止めたら怒られてしまって……俺が止めたせいで傷が中途半端に治ってしまったって。止めなかったら傷跡すら残らず治せたみたいです」
「…………はぁ?」
「ですよね、信じられませんよね。ですが、本当にそう言っていたんです。治療後もあんなに魔力を使ったはずなのにピンピンしていて、晩御飯まで作って頂きまして。それに、家の中が汚れるから風呂に入ってこいと言われ、さすがにそれは……と言ったら口答えするな、問答無用と言われてしまいまして」
「……あはははは‼︎ 王国の騎士に向かって口答えするなとは、大した女だな」
思わずライアンは笑ってしまう。フレドリックが視線を外した隙にディランに小突かれているのをクラウスは見た。
「それで、他に彼女はどんな様子だった?」
「えっと、今まで家から出たことが無く自給自足の生活をしていたせいで世間に疎いと言ってました。それから、私が風呂に入ってる間に服が洗濯され乾燥までされていました。これは、翌日隊長の服の洗濯を見せてもらって分かったのですが、水魔法で水流を作り石鹸と服を入れ洗い上げ、その後右手で火魔法と左手で風魔法を使い服をあっという間に乾かしていました」
「クックックッ、治癒魔法に火魔法、水魔法、それに風魔法か。それで?」
ありえない報告にライアンは笑いが止まらない。
「あとは、隊長もご存知の通りです。翌日、私たちが出発すると言うと食料や薬を持たされ見送って頂きました。出発して気づいたのですが、彼女の家の付近は正常な空気に満たされていて魔素の森が近くにあるのにもかかわらずモンスターが一体も出ないことに気づきました。以上です」
「分かった。報告ご苦労、下がって良い」
「ハッ!」
敬礼をするとフレドリックは執務室を出ていった。
「何なんだその女性は? もしや魔女ではないだろうな」
ディランはそう言うが、すぐ様クラウスは言葉を繋いだ。
「いや、どう見ても闇の魔女ではないだろうな。俺が頬を撫でられる心地良い気持ちで目を開けると、優しい顔をした女神がいるのかと思ったくらいだ」
「女神! お前が女神とはな! クックックッ」
ライアンはもう笑いが止まらない。こんなに笑ったのはいつぶりだろうか。
「なぁ、クラウス。その女神、存在が明らかになれば騒ぎが起こるだろう。王国で保護した方が良いと思うが、どうだろう」
そんな事を言うライアンに「お前が会いたいだけなんじゃないのか?」とディランが言い放った。
「いやいや、このままにしておいたら他国から目を付けられるのも時間の問題だ。それに西の地は国境にも近い。まだ存在が不確かなうちに王国で保護すべきだと思う」
そうクラウスとライアンが話していると、不意にディランがカモミールティーの包みを手にし「うぉ! 弾かれた!」と一人で騒いでいる。
「何やってんだよディラン」
「いや、このカモミールティー? に鑑定をかけてみたんだが、弾かれてしまって」
「どういう事だ。お前の魔力はこの国一番だった筈だろう」
そう、このディラン、この国で一番の魔法の使い手。本来ならば魔道士率いる第三騎士団に所属するか王城に存在する王宮魔道士になるべき所を、ライアンが護衛を兼ねての秘書にと無理やりねじ込んだのだ。
「それは……俺がこの国で一番ではなかったという事だな」
ははは、と乾いた声が漏れる。
鑑定スキルは自分の能力内、つまり魔力内のものに限る。と言うことはリリーよりもディランは魔力が劣ると言うことだ。
「ディラン、気を落とすな。相手は人間だと思わないことだ。女神には叶わないさ」
そんな事を言ってディランを慰めているライアン。
「あのな、二人共、彼女を化け物扱いしないでくれ。美しい黒髪の……可愛らしい女性なんだ。」
そう言うと、ライアンとディランは目を丸くした。
「へぇ、クラウスが女性をそんな風に話すとはね。もしかして、心奪われちゃったんじゃないの?」
ライアンはそう言ってクラウスを揶揄うが、クラウスの目は真剣だった。
「……あぁ、俺の心はリリーに預けてきたよ。彼女の為なら俺は……」
揶揄ったはずの発言が、まさか肯定されるとは思いもしなかったライアンは、クラウスの表情に言葉が出なかった。今まで見たことも無い、相手を愛おしむ表情。
「お前! もしかして惚れたのか⁉︎」
クラウスからは返事が返ってこなかった。
その後、クラウス達特務部隊は女神保護の為の特務を遂行することとなる。王都に帰ってきてから二ヶ月後の事であった。
リリーのその存在は国王陛下を含む数人の中で次第に膨れ上がっていくことになる。
その力と地位は王族と同等のものになることは、今のリリーには考えもしない事だった。




