閑話 アズレア王国編 二
王太子の執務室より少し手前で止まる。そこには警備の若い騎士が二名立っている。
「特務隊隊長クラウスだ、王太子殿下への遠征報告に来た。取り次ぎを頼む」
「お疲れ様です。ただ今取り次ぎますので少々お待ちください」
そう言って騎士の一人がその場を離れる。この騎士達は第一騎士団の新人。第一騎士団は主に王や王太子、王城、そして王都の安全を守っている。騎士団ではそれぞれの騎士団ごとに違うデザインの鎧を着用する。目の前の騎士の鎧には胸の辺りに第一騎士団の紋章、伝説の神獣、フェンリルが描かれている。
クラウスもまた、元は第一騎士団の騎士であった。
「お待たせ致しました。王太子殿下がお会いします。どうぞお通りください」
敬礼とともに通される。
王太子の執務室の前で「特務隊隊長クラウスです」と声をかけると「入れ」そう一言返ってきた。
扉を開け中へ入ると正面には王太子であるライアン・ベルナルド・アズレアが机の上で指を組みこちらを待ち構えていた。
「待っていたぞ。お前たちは外してくれ」
そう言われると執務室内にいたメイド達が部屋を出ていく。部屋に残ったのは王太子、秘書、クラウスの三人。メイド達が出ていくのを確認すると、ライアンは立ち上がりソファの方へ行き、ドサリとソファに崩れた。
「ディラン、紅茶」
そう一言だけ告げると、呆れた様子の秘書が溜息を吐く。
「ライアン雑すぎ。少しは王太子らしくしなよ。クラウスも言ってやってくれ」
「俺はもう諦めた方がいいと思う」
「いいじゃないか、この三人だけなんだし。俺だって朝から晩まで王太子モードは疲れるんだよ」
実はこの三人、小さな頃からの幼なじみ。そして、同じ学園で切磋琢磨し合った友人なのだ。
「ディラン、諦めろ。いいじゃないか、この時間だけなら。それと、ほら土産だ。これでお茶を入れてくれ」
そう言ってリリーから貰ったカモミールティーを渡す。
「何だ? 珍しいな土産だなんて」
「はぁ〜、俺は一応王太子の秘書なんだよ。俺の立場も考えてくれ」
「大丈夫だって。この三人以外のところではちゃんと王太子モードになるからさ。固いこと言うなって」
「……分かりましたよ。ちょっと待ってください、今入れますから」
そう言ってディランは茶器を用意する。
カモミールの茶葉を入れお湯を注ぐとふわっと香りが立ち上がる。
「へぇ。これ、花のお茶? 珍しいな。どこで手に入れたんだ?」
「まぁ、そのお茶のことも含めて報告するよ。まずは今回の魔素の調査報告から。今回調査に向かった西の地の魔素濃度だが、西の地の大都市からさらに西へ行くと人も寄せつけない深い森がある。地元でも有名な森らしい。モンスターも強力で魔獣の暴走も確認された。目は赤く光り正気を失っているようだった。やはり魔素濃度が関係していると思われる」
「魔獣の暴走か。噂は聞いていたが本当に……それで?」
「それで調査隊はどの程度の被害があるのか、森へ入り調査を進めることにした。それが今回本当に報告したい事の発端だ」
「本当に報告したい事? 何か訳ありそうだな」
「森の調査を始めて一週間が経った頃、我々調査隊は大型の魔獣の襲撃を受けた。十体以上はいたと思う」
ライアンとディランは眉間に皺を寄せ険しい表情になる。
「その時近くにいた調査隊の一人、フレドリックに三体同時に魔獣が襲いかかってな、助けに行こうとしたらその一体に腕を引き裂かれ、フレドリック共々崖の下に転落してしまった」
袖を上腕まで捲り上げると痛々しい四本の傷跡が残っていた。
「お、お前その傷!」
「よく無事だったな……森の中でそこまでの傷なら死んでいてもおかしくないはずだぞ」
「あぁ、本当に。彼女がいなかったら俺は……これから話す事はこの三人とフレドリック以外には漏らしたくはない。頼めるか」
真剣な眼差しで二人に懇願する様子にライアンは、
「ただ事ではないな。分かった、とにかく話を聞かせてくれ」
と、話を進めるように言った。
「ここからは、フレドリックの話になる。俺達が崖から転落した後俺は意識を失い、無事だったフレドリックが俺を担ぎ森をさ迷っていた時、不思議な気配に導かれたそうだ。意識も朦朧とする中その気配を辿ると森を抜けられたらしい。すぐ側には立派な庭付きの家が建っていて、助けを求め家に近づいた瞬間、見たこともない植物に巻き付かれ身動きが取れなくなったそうだ。しばらくもがいていると家主が帰って来て、事情を話すと植物に話しかけ解放してくれたそうだ」
「ちょっと待て、植物と意思疎通が出来るだと? そんな話聞いたことないぞ」
「フレドリックは精霊が宿っているのでは、と言っていた。俺は意識がなかったからな、全く覚えていないが……」
ここまで一気に話したせいか、喉が渇く。リリーのカモミールティーをゆっくり飲むとほっとする。
「やはり、カモミールティーは美味いな。心が落ち着くようだ。このお茶も家主から貰ったものだ」
「確かに、このお茶を飲むと落ち着くな。不思議なお茶だ」
ライアンもディランもお茶を飲んで一息つく。
「リリーが言うには薬草の一種らしい。夜眠れない時はこのお茶を飲んで寝るとぐっすりと眠れるそうだ。ライアン、お前にピッタリじゃないか?」
「家主は女性か! 確かにこのお茶を飲んで寝れば眠れそうな気がする」
王太子として日々多忙な激務に追われ、疲労が溜まりすぎると逆に眠れなくなるとボヤいていた。そんなライアンにはピッタリのお茶だ。
「話を続けるぞ。ここからはフレドリックに聞かないと詳しい話は分からないが、どうやら治癒魔法を使ってこの傷をたった数分で治したらしい」
「はぁぁぁぁぁ⁉︎」
「なんだって⁉︎」
二人とも驚愕の表情だ。
「おい、詳しい話を聞きたい! フレドリックと言う騎士を連れてこい!」
ライアンはクラウスに慌てた様子で告げた。
「ライアン、ディラン、一大事だろ? この事は他言無用で頼むぞ」
「当たり前だ!」
クラウスはフレドリックを呼びに一度執務室を出る。
残された二人は言葉も出ない様子であった。