製薬スキルレベルアップです
キッチンへ戻り、すり鉢を取り出す。
「これこれ、このすり鉢でひたすらゴリゴリするわよ!」
『なにこれ? どうやって使うの?』
初めて見るすり鉢に指を這わせたり、すりこぎ棒を持ってすり鉢を叩いたりしている。
「こらこら、叩かないの。ロジー、すり鉢をこうやって持ってて」
ロジーにはすり鉢が動かないように押さえてもらう。一気には出来ないので半分の量のサンシードをすり鉢に入れ、すりこぎ棒でまずは潰していく。粗方潰れたら、今度は左手ですりこぎ棒の真ん中あたりを軽く支え、右手で円を描くようにすりこぎ棒を動かす。
ーーゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリーー
「ふう。ロジー、交換しながらやろう。はい、よろしく」
そう言ってロジーにすりこぎ棒を渡す。
『上手く出来るかな?』
そう言いながらも何だか楽しそうな表情ですりこぎ棒を動かしている。そうして二人で交代しながら粗めのペースト状にしていった。すると途中から……
「ん?何だかツヤツヤしてない?」
『こうなるんじゃないの?』
「オイルが出るのはまだ早いはずよ。この状態で出るはずないんだけどな……」
蒔いた種は普通の食用のひまわりの種だったはず、採種した種も黒と白の縞模様だったし。油分を多く含む搾油用の種は真っ黒だから間違いない。これからサラシに包んで圧力をかけてオイルを抽出するはずが、もう既にオイルが出始めていた。
『ねぇリリー、もう一回すり潰してみて』
そう言われすりこぎ棒を渡される。なにか気付いたロジーに言われるがまますりこぎ棒を動かす。
『あ〜、リリー?魔力……漏れてるね』
言われて気付いた。いつの間にか魔力が漏れていたらしい。
「夢中ですり潰していたから気が付かなかったわ。もう少し魔力を流しながらすり潰してみるね」
しばらく魔力を流しながらすり潰していくと、ペースト状だったサンシードはほぼオイルの状態にまでなっていた。
「凄いわね。こんな事普通だったらありえないのに。魔力を流すとこうなる訳?」
『いや、多分違うね。だってほら、僕がやってもそうならないもの』
ロジーはもう半分の、すり鉢に入ったサンシードに魔力流しながらすり潰していたが、どんなに頑張ってもオイルは出てこない。
『多分、魔力が特別なのか、リリー専用のスキルなんじゃないかな。何か心当たりない?』
魔力……スキル……特別なスキル?
「あ」
ある事に気付き久しぶりにステータスを開く。
名前 リリー
職業 ハーブコーディネーター、フィトテラピスト
称号 ハーブの魔女
魔力 ∞
スキル 鑑定スキル 製薬スキル(メディカルハーブ 、ボタニカルフォース)
特記 創世神の加護 アイテムボックス∞ 自動翻訳 バラの精霊の加護
「おお! 増えてる!」
職業にフィトテラピストとスキルにボタニカルフォース、それにバラの精霊の加護の三つが加えられていた。
フィトテラピーとは、ハーブなどの植物の力を借りて心と体を癒す療法。自然治療法とも言うかな。
ボタニカルフォースって、まんま訳せば植物由来の力って事よね。力を引き出せるって事かな?
『リリーにピッタリのスキルだね。製薬スキルがレベルアップしたって事でしょ? おめでとう!』
ステータスに新しいスキルが増えていた事を伝えると、ロジーは自分の事のように喜んでくれた。
何も実感ないけど、これからもっと沢山の効果がある薬が作れるってことよね。楽しみだわ!
ステータスの確認で中断していたサンシードオイルの抽出に戻る。
魔力を流しながらすり潰す、粗めのペースト状から滑らかなペースト状になり、そこからさらに続けると濃い黄色のオイルが溢れたのだ。
「凄いわね。ほとんどオイルになっちゃった」
面倒な圧力をかけての圧搾要らず。なんて便利なの! ボタニカルフォース!
『リリー、それでこのオイルにはどんな効果があるの?』
いつの間にか元のサイズに戻ったロジーが聞く。そうだ、鑑定!
【サンシードオイル】☆☆☆☆☆
飲めばどんな病も治る。生命力に溢れ若返りの効果も。
「………………」
『何?どんな効果だったの? リリー? おーーい』
凄いのが出来てしまった。どんな病も? 若返り?
『リリー? リリーのステータス見ていい?』
「う、うん? 見れるの?」
『リリーが許可してくれたらね』
「いいけど、どうやって?」
そう言うと、私の肩にちょこんと乗って頬を触った。何だかくすぐったい。
『こうやって。リリーに触れると見れるよ。別に肩じゃなくても手を握っても、ギュッとハグしても見れるけど、ハグの方がいい?』
「もう、恥ずかしいからダメ」
小さいと可愛らしいんだけど、大きくなるといくら精霊でも男の人っぽくて恥ずかしいんだよね。
『うわ〜……何か凄いの作っちゃったね』
「でしょ?」
『これ、アイテムボックスに当分封印だね』
「そこまでする?」
『考えてもみなよ、この薬が効果を発揮すればあっという間に噂が拡がって、この薬の争奪戦になるよ? そうなれば、作ったリリーも争奪戦に巻き込まれて一生監禁とか有り得なくない?ちびっ子達に教えてるメディカルハーブとは訳が違う、リリーしか作れない特別なものだもん』
「怖い事言わないでよ。でも、そうね。これは封印ね」
私にはまだまだやる事がある。世界各地の魔素の浄化も残ってるし、クラウスさんとフレドリックさんとも再会の約束してるしね。
出来上がったサンシードオイルは小瓶十本分。それをアイテムボックスにそっと入れた。
「ロジー、因みにもう一つ、星六個付いてるのあるんだけど、それも封印よね?」
『どれ? 見せて』
アイテムボックスから取り出しロジーに見せる。
【ホワイトセージ】☆☆☆☆☆☆
浄化、解呪効果。
セージの中でも特別神聖なセージ。光属性(聖属性)魔法との相乗効果が期待される。
※魔力を使い燻してみよう。
『リリー、聖職者にでもなるつもり?』
「ははは……あのね、ヒソップを植えて魔素の浄化が出来るようになった時に、確かホワイトセージって穢れを祓うハーブだったよな〜って思って植えてみたらこんな事になってた訳で。元々は部屋に籠った空気をリフレッシュする為に燻そうかな、くらいに思ってたんだけど、解呪って呪いを解くって事よね?」
『そうだね。この世界には呪いが存在してね。モンスターから呪いを受けたり、闇の術士が呪いをかけたりするんだよ。その呪いはヒーラーには解くことができなくて上級のプリーストにしかとくことが出来ないんだ。とても貴重な存在だよ』
「う〜ん。解呪はともかくお部屋の浄化くらいなら気軽に使っていいと思うんだよね。最後の魔力を使い燻してみようってのは別にして」
『そうだね。リリーの事だから魔力を使って燻すと何かが起こるんだろうねきっと。これも使い方は間違っちゃダメだよ』
「うん。気を付けるね」
『それと、今度から育てた植物には必ず鑑定する事。作った物にも鑑定する事。リリーが作る物はこの世界の物じゃないからね。気を付けないとさっき言ったみたいな事になるからね。絶対気を付けてよ』
とっても心配そうな顔で見つめられると心配になってくる。
『ま、その時は僕が全力で守るけどね!』
「私も気を付けるね。これも自己管理のうちだから」
だが、時すでに遅し、リリー達の知らないところではちょっとした騒ぎになっていたのだった。
『ねえ、サンシードのロースト作ろうよ!』
余程気に入ったのか早く早くと急かされる。
「そうね、まずは乾燥させたサンシードを鉄鍋に入れて煎ってくわよ。それから塩で味付けね」
ここで、気付く。
「あ、塩が残り少ないわ」
この地は海から遥かに遠く、塩はとても貴重。こんな田舎の地までわざわざ売りに来る商人はいない。だが、ジェフが隣の街から時々仕入れてくるのでその時に買っているのだ。
「もっと手軽に塩が手に入ればいいのにね」
こればかりは仕方が無い。飛行機も自動車もなく、人が馬車で時間をかけて運んでいるのだ。
「さ、塩で味付けしたら、はい、完成」
鉄鍋いっぱいに出来たサンシードのロースト。一口齧れば香ばしい香りが鼻から抜ける。
「うん。美味しい。ロジー、お待たせ」
そう言ってロジーに小皿に数粒乗せて差し出す。小さな精霊には大きめの、ロジーの手のひらサイズのサンシード。
『いただきます!』
ポリポリと無言で食べ続けるロジー。
「美味しい?」
そう聞くと、頬を膨らませて無言で何度も頷く。
「ふふふっ。ゆっくり食べてね。喉につまらせちゃう」
私はミントのハーブティーを入れて小さな友人を満足そうに眺めた。