新たな決意と新たな命
「もう大分魔素が薄くなってきたな」
あの日、ヒソップの魔素浄化能力を発見してから森の近くにヒソップを大量に植えた。辺り一面ヒソップの青紫色が広がっている。と、言っても広大な森に対しては少量と言えるが。
森は奥へ行けば行くほど魔素が濃く、モンスターも強力だ。しかし、ヒソップの浄化を初めてから二ヶ月が経ち森の浅い所は正常な魔素の量に戻っていた。
「このまま浄化が進めばもう少し森の奥まで行っても大丈夫そうね」
今までは森の浅い部分にしか行っていなかったが、そろそろもう少し奥まで行っても問題ないだろう。
魔素の濃度が正常になったおかげか、村に植えたペパーミントのおかげか、あれから村にはモンスターが全く来なくなった。
「やあ、リリー。今日も穏やかなだね。今日もあの子達の修行かい?」
そう言うのは門番のバルテロさん。
「ええ。あの子達、とても一生懸命に覚えてくれて、教え甲斐がありますよ」
私は今、五人の孫ちゃんズとミラにハーブの知識を叩き込んでいる。
事の始まりは五人の孫ちゃんズがハーブに興味を持ち、自分達で育ててみたい! と言った事からだ。
まずはラベンダーから、ラベンダーの効能、世話の仕方、収穫時期、増やし方などを説明し、実際に植えてみることにした。苗は家で挿木で増やした苗を使用。
孫ちゃんズはとても一生懸命にラベンダーの世話をし、そしてよく勉強した。
そこで私は思った。
このまま浄化が進み、魔素の濃度が安定すればここはもう大丈夫、そうなれば次の地へ浄化の旅へ出なければならない。
この地だけ浄化しても意味は無い。世界は広いのだ。
私の知識をまだ若いこの子達に授け、この地を守れるように育てる。この子達だけでは心配なので丁度良くハーブに興味を持ったミランダにも協力してもらう。
ミランダは私が調合したハーブの化粧水と、ハーブティーでニキビが綺麗に消え、ハーブの力に興味を持ち始めたのだ。
そこからまずミランダにはセージ、エルダーフラワー、ドクダミの知識を叩き込んだ。
【セージ】☆☆
抗菌、抗ウイルス効果
タンニン、エストロゲン、フラボノイドが豊富
【エルダーフラワー】☆☆
デトックス効果
タンニン、ペクチン、フラボノイドが豊富
※生の葉と花には有毒成分あり。完全に乾燥させ使用すること。
【ドクダミ】☆☆
解毒、抗菌効果
フラボノイド、ルチン、ナイアシンが豊富
※摂取しすぎると、お腹がゆるくなります。
セージとエルダーフラワーで、化粧水を、ドクダミで、ドクダミ茶と入浴材を作った。
そう、ニキビの味方なんです。
そして彼女たちはいつの間にか、周りからは魔女様の弟子たちと呼ばれるようになった。
ハーブは奥が深い。弟子たちを一人前にしたらこの地を離れよう。そう決意したのだ。
ジリジリとした日差しが体を照りつける。季節は夏がもうすぐ終わり秋に近づく。朝晩は涼しくなってきたが、日中はまだ暑さが残る。
「朝晩の気温差で体調崩さないといいけど」
そんな心配をしながら今日も庭の花とハーブの世話をする。
ハーブを刈り取り家へ運んでいると、あの深紅のバラが枝を揺らしていた。
「なんだかご機嫌みたいね、ロジー」
クラウスさん達に会った日以来、深紅のバラはますます感情豊かになり、私はとうとう名前を付けてしまった。
それは約一ヶ月ほど前の事。
「ローズ? じゃ、何の捻りもないわね。ロージーは? 可愛くない? ローズマリーは違うハーブになっちゃうし、ん〜、じゃあロジー?」
そう言った時、深紅のバラはザワザワと枝を震わせいくつもの花を咲かせた。その様子はまるでタイムラプスの映像を見ているかのようだった。
目の前の出来事に、吐息が零れた。
「綺麗ね。ロジー」
それから、ずっと名前で呼んでいる。
「随分とご機嫌みたいだけど、いい事あった?ロジー」
そう問いかけると、ロジーは密集していた枝をゆっくりと開き始めた。するとそこには雫型の赤いふらみが。
「ん? なんだろ。まるで宝石のようね。どうしたの? これ」
問いかけた瞬間、ロジーは枝を小刻みに震わせたかと思ったら突然ピタリと止まり……
「えっ?」
花が一気に散り始める。はらりはらりと全ての花があっという間に散ってしまった。
「ロジー⁉︎ どうしたの⁉︎ ロジー‼︎」
その姿は、まるで命の終わりのよう。散ってしまった花びらを集めるように手のひらですくうが、その花びらすら砕けて塵のように消えていく。
「どうして……」
まだロジーが苗の時、初めて動いた時は悲鳴をあげそうなくらい驚いた。私が出かける時は枝を振り見送ってくれた。クラウス様とフレドリック様が助けを求めに来た時は侵入者と勘違いし、枝でグルグルに巻きついてたっけな。刈り取ったハーブ持ち運んでいる時、躓いて転びそうになった時も私に枝を巻き付け助けてくれた。
そんな事を思い出してると涙がほろりと落ちる。何だかんだで私の心の支えになっていたのだと今更気付く。
「ロジー……」
涙が次から次へとこぼれ落ちる。
『リリー』
誰かに呼ばれた気がしてハッと顔を上げるも、誰もいない。そもそも誰の声だったのだろう。
『リリー。ここだよ』
また聞こえた! 必死に声の主を探すと、ロジーがいた場所。私の掌くらいの大きさだろうか…… そこに白い肌に赤い髪の小さな少年が浮いていた。いや、青年か? 小さいが顔立ちは青年に近い。
『リリー、泣かなくてもいいよ、僕はここにいる』
そう伝える彼の瞳は綺麗な深紅の瞳。
「……ロジー?」
『そう! やっとここまで来れた。リリーとずっと話がしたかった!』
満面の笑みでロジーが答える。あまりの出来事に涙も引っ込んだ。
「ロジーは……妖精?」
『僕は精霊だよ』
そう言えば、フレドリックさんも「精霊が宿っているのかも」そんな事を言っていた。
「そんな事より! 突然花が散ってロジーがいなくなったと思った! あ、あんまり、し、心配……させないでよ……」
また涙が零れる。ヒック、ヒックと涙を流すと言葉が上手く話せない。
『ごめんね。この姿になるにはああするしかなかったんだ』
そう言うと優しく包み込むように抱きしめられた。
「大きくなれるとか反則」
『精霊としてこの姿になるには一度、花の姿を捨てなければならなかったんだ。少しずつ少しずつ核を大きくして、めでたく本日この体を手に入れました』
「他人事みたいに言わないでよ。おかしいじゃない」
フッとロジーは元の大きさに戻る。
『これからはずっとそばに居るよ。僕の新しい命はリリーと共に。よろしく、マスター』