女神
次は隊長さんね。隊長さんを見ると上半身は血だらけで、顔にも血が付いていて赤黒く汚れていた。
「まずはお湯ね」
キッチンへと行きお湯を出して小さいタライに溜め、隊長さんの元へ持っていく。
次に清潔なタオルを持ってきてタライに沈め、緩く絞り隊長さんの頭、顔、首、両腕を拭いていく。
「さすがに体はちょっと抵抗あるからごめんなさい」
汚れていた顔は綺麗になり、隊長さんの顔がハッキリと分かるようになった。
銀髪に整った顔。歳は……二十代後半くらいかな? フレドリックさんよりは歳上に見えた。
自分が大怪我をしてまで部下を助ける優しい人なのだろう。
思わず手を伸ばし髪を撫で、頬に手を滑らせる。
「フレドリックさんが心配してますよ。早く治って目を開けてください」
そう一人呟くと隊長さんは身動ぎをし、うっすらと目を開けると青銀色の瞳がこちらを見た。
「あ、気づかれました? 腕の傷は塞ぎましたから安心してください。お水、飲まれます?」
そう声をかけると隊長さんは首を横に振り、また静かに目を閉じた。
しばらくすると入浴を終えたフレドリックさんがこちらへ向かってきた。
「何から何までありがとうございます。そうだ、まだ貴方の名前を聞いてませんでしたね。教えて頂けますか?」
「リリーです。そうだ、お腹すいてません? 私これからご飯だったので良かったらご一緒しませんか?」
「すいません。実は昨日から何も食べていなくて。遠慮なく頂きます。ありがとうございますリリーさん」
お風呂に入り泥を落としたフレドリックさんは薄い栗色の髪に茶色の瞳。人懐っこそうな顔をしていた。
それから作り置きしておいたホワイトソースでシチューを作り、パンを添えてテーブルに出した。
「どうぞ、遠慮なさらず食べてください」
そう言うとフレドリックさんは両手を組み、瞳を閉じた。
「この出会いに神への感謝を」
そう言って神への感謝を祈った。
それから二人でシチューを食べ、色々なことを話した。
私はここに一人で住んでいて、時々近くの村で食料などを調達している事や、フレドリックさん達に会ったのは、ちょうどその村から帰ってきた時だった事。
フレドリックさんは、王都から魔素の調査の為に森の中を調査にしていた事。必死に隊長を抱え突然魔素の消えたこの家を見つけた事。
そんな事を話しながら夜は更けていった。
「さて、そろそろ休みますか。すみません、ソファーくらいしか寝る場所がなくて」
二つ置いてあるソファーの片方を隊長さんに、もう片方をフレドリックさんに使用してもらう。
「いえいえ、とんでもない。ここまでしてもらって十分ですよ」
隊長さんにタオルケットを掛け、フレドリックにも渡す。
「それじゃ、お休みなさいフレドリックさん。隊長さん、明日には起きれるといいですね」
「ああ。本当に。お休みなさいリリーさん」
そう言って今日という日を終えた。
翌朝、昨日の事があったからなのかとても早く目が覚めた。窓から外を眺めるとまだ太陽は昇ってはいないが景色は薄く白んでいた。そして、外には人影が。
フレドリックさんかな? 外で剣を振っている姿が僅かに見えた。
「隊長さんも気になるし、もう起きてしまおう」
服を着替え髪を整え、最低限の身だしなみを整えると一階へ降りる。
「あれ?」
フレドリックさんがまだ寝てる。
目に入ったのはソファーで眠るフレドリックさん。よほど疲れていたのだろう、私が近くまで来ても気付かずに眠ったままだ。
と、言うことは……別のソファーを見るともぬけの殻。綺麗にタオルケットが畳まれて置いてあった。
「隊長さん、起きたのね」
フレドリックさんを起こさないように、そっと扉へ向かう。
扉を開け、先程東の窓から見えた人影の方へ行ってみる。すると、剣を振っている隊長さんがいた。
足音に気付いたのか隊長さんはこちらへ振り向き剣を下ろした。
「おはようございます。体調の方はいかがですか?隊長さん」
そう声をかけた。
「夢うつつ貴方の世話になったのを覚えている。助けてくれた事、礼を言う。ありがとう」
「いえ、フレドリックさんがここまで連れてきてくれたお陰ですよ。起きたらフレドリックさんにお礼を言ってあげてください」
「ふふっ、貴方は女神のようだな」
そんな事を優しげな笑顔で言われる。
「何言ってるんですか、恥ずかしいので止めてください」
お世辞と分かっているが、面と向かって言われるのは恥ずかしい。
「そんなことはないさ、貴方に髪を梳かれ頬を撫でられた時、女神がいるのかと思ったよ」
や、やだ! 覚えてるの⁉︎
「お、覚えてるんですか……?」
細く小さな声で聞き返す。恥ずかしすぎでしょ!
「ああ、もちろん。夢うつつだったが、貴方の存在だけはハッキリと覚えているよ。私の名はクラウス・フォン・ウィンザーベルク。貴方の名を聞かせてもらってもいいだろうか?」
「私は……リリーです。この家で一人で住んでいます。最近この家からようやく出歩くようになった世間知らずですので、変な事言ってても気にしないであげてください」
「そうか、世間知らずか。ふふふっ、やはり貴方は面白いな。久しぶりに新鮮な気持ちだよ」
ん? ちょっと何言ってるのか分からないけど、何となく嬉しそうに笑うクラウスさん。
「あ、そうだ、腕の怪我見せてください」
そう言ってクラウスさんの腕を取る。
「あ〜。やっぱり傷跡消えませんでしたね。もう、フレドリックさんが邪魔するから」
そんな事を言っていると、玄関の扉が開き勢いよくフレドリックさんが出てきた。
「隊長〜!!」
大きな声で叫びながらこちらへ駆けてくる。
「朝から大きな声を出すな。リリーさんにも迷惑だろう。お前は少し落ち着きと言うものを覚えろ」
そんな事を言われながらもフレドリックさんは目に涙を浮かべクラウスに飛びついた。
「仕方がないじゃないですか。俺のせいで隊長に大怪我させてしまったんですから。俺の事など放っておけば隊から逸れることも大怪我することも無かったんです。俺なんか……死んでも本望だったのに」
そんな事を言ってるフレドリックさんにちょっと一言。
「フレドリックさん。一言いいですか? 自分の事を死んでもいい、なんて言っちゃダメですよ。命は大事なんです。死んでいい人間なんてこの世にはいませんよ。それに、助けてくれたクラウスさんにも失礼です。そんな事を言われる為にクラウスさんはあなたを助けたんじゃないんです。クラウスさんのした事を無駄だって言ってるようなものです」
何となく、あの時の自分とあの女の子が重なってしまった。私だってあの女の子にはそんな風に思って欲しくない。咄嗟に体が前に出てしまったんだ。助けようと思えば別の方法もあったはず、あれは完全に私の判断ミス。ま、私、死んではいないけどね。
思い返しながら、つい顔が強ばってしまった。
「リリーさん?」
「すいません、一言どころか二言も三言も言ってしまって。ちょっと色々と思い出してしまっただけなのでお気になさらず。とにかく、二人とも無事だったんだから悲しいことは言わないでください」
「そうだね。リリーさん。フレドリック、ここまで私を連れて来てくれた事、礼を言う。お前には感謝しないといけない。女神と会わせてくれたのだからな」
また女神だなんて……この人は……。
「恥ずかしいので女神はやめてください。それと二人共、私にさん付けは要りませんのでリリーと呼んでください」
くすりと笑うクラウスさん。
「リリーさ……いや、リリー、ごめんなさい。もしかして嫌なことを思い出させてしまった?」
フレドリックさんは気を使うように尋ねてくる。
「いいえ、大丈夫ですよ。もう遠い昔の事ですから。(二週間ほど前だけど)」
「さて、クラウスさん。シャワー浴びてきてください。服も洗濯するので脱いでください」
ぎょっとした顔でこちらを見るクラウスさんだったが、
「そうですよ隊長。家の中が汚れるので綺麗サッパリしてきてください。ね、リリー」
と、フレドリックさんの援護発言。二人で顔を見合わせ笑いあった。
例の如く、クラウスさんがシャワーを浴びている間に、興味津々なフレドリックさんが見守る中洗濯をする。
「へぇ〜、随分と器用なんだね。ってか、昨日も思ったけど、とんでもない魔法使うんだね。リリー、王都に来るつもりない?」
最初と比べ随分とフレンドリーに話しかけてくるようになったフレドリックさん。これが、本来のフレドリックさんの性格なんだろう。そんな誘いを受けるも……
「フレドリックさん? 昨日言った事もう忘れちゃったの?」
「あっ! ……質問しない、口を挟まない、他言無用」
「思い出した? もう、ここまで来れば何聞いてもいいけど他言無用ね。それに、私まだここから離れるわけにはいかないの」
まだ、魔素の浄化は終わっていない。それに、村のみんなと離れるのは少し寂しい。
それでも神様には一つの場所に留まらないで、って言われてるから、浄化が成功しここの魔素が落ち着いてきたらこの土地を離れる事も考えなければならない。まだまだ先の話だけどね。
「ごめんリリー、怒った?」
「怒ってないよ。言ったでしょ、まだ。って。まだここでやる事があるの。そしたら、色んな土地へ旅に出るつもり。そしたら王都にも行ってみるよ」
そう伝える。
「本当? 待ってるよ!」
と、フレドリックさんは満面の笑みで答えた。
洗濯と乾燥を終え、クラウスさんに服を届け、声をかけ脱衣所を去る。
軽めの朝食を作っていると、クラウスさんがお風呂から上がってきた。
「クラウスさん、フレドリックさん、簡単なものしか作れないけどご飯にしましょう?」
そう言って軽く炙ったパンと、野菜たっぷりスープ、スクランブルエッグを机に並べた。
「今日の日を迎えられることに感謝します」
と、フレドリックさん。
「女神に出会えた事に感謝を」
と、クラウスさん。
二人は祈りを捧げ朝食を口にした。