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餅つき

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 シューっと音を立てて白い蒸気が上っていく。辺りには鼻をくすぐるいい匂いが広がり、懐かしい気持ちが押し寄せる。

「ん〜、いい匂い! これよこれこれ!」

 私はイーヴォさんのお宅の台所をお借りして、竈で蒸籠とにらめっこ中だ。

 昨晩から水に浸して水分を含ませたもち米は、蒸籠の中で艶やかに輝いていることだろう。


「よしっ。一時間!」

 ここからは手早く行動するべし! 蒸し上げたもち米を外へと運ぶ。外ではイーヴォさん御一家とクラウスさん率いる特務部隊が揃っていた。

 みんなの前には昨日仕上げたばかりの臼と杵が置いてある。マサさんが残してくれた木材をロジー、スノー、ウィスティが魔法で杵と臼に仕上げてくれたものだ。

 一晩中水を張っていた臼は、しっとりとしている。触ってみるとまるで指が吸い付くようだ。


「さぁ、皆さん。餅つき始めますよ〜」

 臼の中にもち米を入れると、周りから「おぉ!」と歓声が上がった。夏にこの蒸気はキツいがお餅のためなら何のその!


「これがモチか……」

 クラウスさんが興味津々に臼の中を覗いた。

「ううん、まだまたこれからよ。もち米の熱が冷める前に仕上げましょ」

 

 まずは私がお手本を見せる。まずはもち米を杵を使ってすり潰すように力を込める。

「こうやってまずはもち米を潰していきます。臼の周りを回るようにして潰していくのがコツですね」

 説明しながら一通り進めると、次から次へとバトンタッチしていく。


「これは力仕事ですね」

「まだまだこれからですよ〜。ここからが本番です」

 いよいよ今度は餅をついていく。私は杵を受け取ると、控えめに振りかぶった。大きく振りかぶって後ろにひっくり返っては恥ずかしすぎるものね。


「よいしょ! よいしょ! よいしょ!」

 掛け声とともに餅をつくが、私のへっぴり腰ではいつになったら餅が出来上がるのか分からないので、そうそうにイーヴォさんにバトンタッチした。


「はい、よいしょ! よいしょ! よいしょ!」

 イーヴォさんは安定のフォームで餅をついていく。イーヴォさんの子供たちは私の「よいしょ!」が気に入って、杵が振り下ろされる度に「よいしょ! よいしょ!」と笑顔で掛け声をかけている。


 これぞ餅つき!


「これは男性陣の仕事ですね」

 イーヴォさんの奥様は初めての餅つきに目を丸くしていた。

「女性のお仕事はこれからですよ。見ててください。イーヴォさん、リズムを崩さずそのままのスピード保ってくださいね。これから私が餅を返します」


「はい、よいしょ! よいしょ! それっ! よいしょ! よいしょ! それっ!」

 水桶に手を入れ、リズミカルに餅を返していく。外側を内側に、外側を内側にと繰り返す。


「こんな感じで、女性は餅つきの合いの手を入れてあげるんです。私のじいちゃんとばぁちゃんも息ピッタリで餅つきしてました」

 イーヴォさんの奥さんにも参加してもらい、何度か全体をひっくり返してつき続ければ、全体が纏まり粒感が消えていく。


「さぁ、完成です! これがマサさんが食べたかった餅ですよ」

 出来上がった餅はツヤツヤと光り輝いている。完成した餅を味見と称して一人一つずつ小さくちぎって渡していく。まずは何も付けない白餅を試してもらう。


「モグモグ……んぐっ! な、何だこの弾力は!」

「ほぉ、これが餅……」

「おもしろーい! お口の中でもちょもちょしてる!」

 イーヴォさん一家は初めての餅に大興奮。つきたてのお餅は絶品なのだ。


「これがリリーの故郷の味……」

 クラウスさんも目を閉じて餅を味わう。

「どうかな?」

「うん、初めて食べたけどなかなかに美味しいね」

「ふふふっ、まだまだこれから一緒に美味しいもの沢山食べましょうね!」


 時刻はお昼に差し掛かり、出来上がったお餅は女性陣に手伝ってもらい、様々なお味のお餅を作った。

「これがあんこ餅、こっちがずんだ餅、これはくるみ餅、あ、それはよもぎ餅ね、そっちは磯辺餅とおろし餅で…………」


『ねぇ……作りすぎじゃない?』

 意気揚々と説明する私に、気が付けばみんなが黙って聞いていた。ロジーに止められるまで気付かなかった。

「え、エヘっ」

 だって嬉しかったんだもん。まさかここでお醤油と出会うなんて思ってもみなかったから。

 

 今まで王都のどこを探しても無かった醤油だが、ここフランジパニでは普通に使われていたので驚いた。

 それらは全て、生前マサさんがこの島へ広めたのだそうだ。

 ついでに海苔や枝豆なんかもあったので、意気込んでずんだ餅や磯辺餅を作ったのだ。

 


「もち料理って沢山あるんだな」

「そうなの! ここにあるのはほんのひと握り……まだまだレシピがあるから! 冬にはあったかいスープに入れると絶品で……」

『はい、ストーップ。みんな引いてるから』

『リリー、早く食べよ?』

 

 私はスノーとウィスティに両脇を捕まれ、大人しく席に着かされた。

「リリーさんの餅に対する情熱は半端ないですね」

 ニコニコと笑顔でヴィムさんに言われ、少し恥ずかしくなってしまった。


 だってずっと食べたかったんだもん。


「そうだ、みんなはこのまま食べてて。私、マサさんにお餅全種類お供えしてくる!」

「おお、そうでした。きっと爺さんも心待ちにしてると思います。案内させてください」

 お皿に全種類のお餅を乗せてイーヴォさんに連れられ、マサさんのお墓まで向かう。ヴィムさんとクラウスさんも一緒だ。


「リリーさん、本当にありがとうございます。きっと爺さん喜んでくれます」

「リリーさん、約束を守ってくれてありがとう」

 マサさんの元へ行く道すがら、イーヴォさんとヴィムさんはそう言ってくれた。

 私も約束が果たせて一安心だ。

 

 お墓に着くと、墓石の後ろには大きな木が風邪で揺れていた。まるで私達を歓迎してくれているように感じるのは気のせいだろうか。

「マサさん、初めまして。リリーと……いえ、香月鈴音と申します。マサさんには生きている頃に食べて頂きたかったのですけど……マサさんが残してくれた木材で作った杵と臼でお餅を作りました。お供えさせてください」


 墓石の前にそっとお皿を置く。

「親父……良かったな。リリーさんが心を込めて作ってくれたんだ。ホント、生きてる頃に食べさせてやりたかったよ……」

「爺さん、俺たちリリーさんに教えて貰って餅をつけるようになったんだ。これからはこうして時々餅を持ってくるからな」


 三人で手を合わせ、マサさんに祈りを捧げる。クラウスさんは私達の邪魔をしないよう離れた場所で見守ってくれている。


 ザワ……ザワザワザワ……ザァーーーーーッ!!


 私達が手を合わせた瞬間、突然突風が吹き荒れた。

「な、何?」

 

『がははは! がはははははははは!』

 どこからともなく豪快な笑い声が聞こえる。だが、辺りを見渡しても私たちの他には誰もいない。一瞬の事だったが確かに笑い声が聞こえた。風で揺れた木がそう聞こえさせたのだろうかと首を捻る。

 ふと、イーヴォさんとヴィムさんを振り返れば、二人は白昼夢を見たかのように呆然としている。


「イーヴォさん? ヴィムさん?」

 あまりのことに二人に声をかけると、二人はほろりと涙を流した。

「爺さんだ、爺さんの笑い声だ」

「ああ、ははは……」

 

 謎の笑い声は二人にも聞こえていたようで、その笑い声はマサさんの声だったと言う。

 きっとマサさんの元へお餅が届いたのだろうと思いたい。


「おや?」

 帰り際、私達が戻ろうとした時、クラウスさんが何かに気がついた。

「どうかしました?」

「リリー、あれ」

 クラウスさんが指さすのは、墓石の後ろにある一本の木だ。


「ほら、あそこ。水が流れてる」

 クラウスさんと共にその木へ行ってみると、木の洞だろうか、少し窪んでいるところから水のようなものが流れ出ていた。

「ほんとだ……イーヴォさん、ヴィムさん、前からこんな水が流れていたんですか?」

 二人に聞けば、こんなことは初めてだと言う。


『リリー』

 何だろうと考えていると、スノーが突然姿を現した。

「うわ、びっくりした。どうしたのいきなり?」

 スノーがこうして突然現れるのは、私一人だけの時や、クラウスさんといる時くらいで、イーヴォさん達がいる前で突然出てくると思わなかったので驚いた。

 イーヴォさん達は突然姿を現したスノーに驚きを隠せないでいる。


『リリー、香りを嗅いでご覧?』

「香り?」

『そう、あの液体の香り』

 スノーにそう促されて近くまで寄ってみると、覚えのある香りが。


「う、うそ!?」

「どうした? ん? これは、アルコールか?」

 そう、クラウスさんが言うように、木からアルコールの香りがする液体が流れているのだ。

 しかもこれは……。


「日本酒じゃん!」

 

 世の中には不思議なことがたくさんある。木から日本酒が流れるだなんて……。これはきっと【酒の魔術師】と呼ばれたマサさんの仕業に違いない。

 イーヴォさんとヴィムさんはどこか懐かしそうな顔でその木を見上げていた。

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