フランジパニの日本人
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「それじゃあ皆さんお気を付けて!」
「ああ。リリーたちが来るまでしっかりと事前調査進めとくな。クラウス、リリーの事頼んだぞ」
ウドルフさんはクラウスさんの肩をガシッと掴みひとつ頷いた。
「言われずとも。フェルンバッハ隊長もお気を付けて」
これから私達はウドルフ遠征隊と別行動だ。私達はマサさんの第二の故郷へ、ウドルフさん達遠征隊は偽の女神がいると言うセラダイン島へと向かう。
「本当はアタシもそっち行きたいけど……リリーの護衛だからね。アタシが行くまでくたばるんじゃないわよ」
エアさんもウドルフさんに無事でいるようにと声をかけている。肩に拳を一発と共に。そういう所は男らしいんだよね。
「ハハッ! よく分かってんじゃねぇか。リリーの事しっかり守れよ。こっちの事は心配すんな、もしかしたらお前らが来る前にカタが付いてるかもしれねぇぜ?」
ウドルフさんはそう笑って遠征隊と共に船でセラダインへと向かっていった。
「どうか無事でいてください……」
両手を胸の前で組み遠征隊の無事を祈る。偽女神ことエキドナの事も気になるが、セラダインの村の様子も気がかりだ。私達も出来るだけ早く合流できるようにしよう。
「さぁ、俺達も出発だ。全員、準備は済んでいるな?」
クラウスさんの声に全員が頷く。一緒に向かうのはクラウスさん、フレッドさん、アニーさん、ガウルさん、リリアナ、ジャンク、エアさんと私達で十一人だ。
港町で聞いたマサさんの故郷へは馬で二日らしいので、それぞれが馬をレンタル。私はもちろんスノーが乗せてくれることになっている。
しかし、その事で一つ問題があった。エアさんだ。エアさんはスノーの正体を知らない。突然スノーが馬になったら驚く所ではないだろう。
そう思いクラウスさんと話し合った結果、エアさんにもスノーの正体とついでにロジー、ウィスティの正体も聞いてもらったのだが……。
「んもう、ようやく信用してくれたのね。だいたい人外だって事は予想ついてたけど……ふぅん、神獣に精霊ね。いつになったら教えてくれるのかな〜って思ってたのよ。あ〜スッキリした! 改めましてよろしくね、神獣さん、精霊ちゃん」
エアさんは意外と驚きもせずにすんなりと三人を受け入れてくれた。元とは言え、さすがは世界を飛び回るS級冒険者だ。頭が柔らかい。
きっと信頼してくれれば話してくれるだろうとずっと思っていたそうだ。
「ちなみにこの事は……」
「分かってるわよ。ここだけの秘密よね?」
いつものウィンクと共に人差し指を唇に当てるその仕草が色っぽい。いつか使う機会があれば真似させてもらおう。
そうしていつものように白馬に変身したスノーの背に揺られながらマサさんの村へと向かう。道中はほぼずっと穀物畑が続いた。さすがはアズレア一の穀倉地帯だ。小麦に稲、トウモロコシに豆類などが様々栽培されている。
この島の主な収入源は、こういった作物なのだろう。
ゆっくりと二日間移動を続けるとやがて一つの村が見えてきた。
「クラウスさん、もしかしてあそこが?」
「きっとそうだろう。おや? リリー、誰かが出迎えてくれているようだよ」
クラウスさんがそう言うように、村の入口に二人の男性が立っていて、こちらに向かって大きく手を振っていた。遠くからでも分かる黒い髪はどこか懐かしさを思い出させる。
「イーヴォさーん! ヴィムさーん! お久しぶりでーす!」
私も二人に向かって大きく手を振る。約一年ぶりの再会だ。
「久しぶりだね、リリーさん」
「はい! お二人共お元気でしたか?」
「ああ。俺も親父も元気だったよ」
「お嬢ちゃんも元気そうでなによりだ。お嬢ちゃんの噂はこの島にまで聞こえてきたよ。ブローディアでは大活躍だったってな」
「そうそう、ブローディアの女神様だって言うんだから大したもんだよな!」
うぐっ……。思い出させないで下さい……。
恥ずかしさに何と返事をして良いか考えあぐねていると、後ろからクラウスさん達がやってきた。
「お初目にかかります、私はアズレア王国特務部隊隊長のウィンザーベルクと申します。この度はリリーの護衛として数名がこの村に滞在させて頂きますのでどうぞよろしくお願いします」
クラウスさん達が騎士の礼をとり、イーヴォさん達に挨拶すると、二人は目を丸くして驚いている。
「これはまた……ご丁寧にどうもすみません。申し遅れました、俺はイーヴォ、こっちは父のヴィムです」
「リリーからお話は伺っております。おじい様はリリーと同郷と言うことでしたね。全てはここにいるメンバーと王家のものしか知りません。どうかあなた方も話を広めるような事は……」
「分かっております。じい様からも固く口止めされておりますゆえ、あの日以来この話をしたのはリリーさんとあった日以外ありません」
「話が早くて助かりました」
クラウスさんは二人の満足のいく返答に笑みを向けた。
そこから私達は軽く話をしながらイーヴォさんの家へと向かった。ちなみにクラウスさんを除く全員は先に宿屋へと向かった。大人数でお邪魔するのは気が引ける。
家に着くとイーヴォさんの奥さんや子供たち、ヴィムさんの奥さんが出迎えてくれ、私達を歓迎してくれた。
私の事はブローディアの感謝祭で知り合った際、米の話やもち米の話で盛り上がり、いつかもち米の使い方を教えにやってくる。とだけ、ご家族に話をしていたそうだ。
早速明日は餅をついてみたいと思う。その為には少々下準備が必要なので、今日のところはお暇し、また明日来ることを約束した。
「リリー、上手くいきそうかい?」
「ええ。見せてもらった米はやっぱり私の知るもち米で間違いなさそうだったわ」
イーヴォさんが準備してくれた米を見ると、半透明な白米とは違い、全体が真っ白。間違いなさそうだった。
「ふふふっ。楽しそうだな」
「うん。久しぶりに故郷の味を堪能出来ると思うと嬉しくって。私の母方のじいちゃんはね、祝い事があるって言うと必ずお餅をついてくれたの。親戚が集まっての餅つきなんて凄い盛り上がったのよ。懐かしいわ……。クラウスさんもきっと驚くと思うわよ」
「そんなに凄い料理なのかい?モチって」
「うふふっ。それは明日のお楽しみ。楽しみにしててね」
宿に着いてから早速準備にかかる。必要なものは三つ。杵、臼、蒸し器だ。蒸し器はイーヴォさんのお家にあったので、明日はそれを借りようと思う。さすがに杵と臼はこの世界に存在しないので作るしかない。
臼と杵は主に欅の木から作られることが多いようだが、さすがに今から欅を育てる訳にはいかない。
さて、どうしたらいいものかと考えていると宿屋の女将さんから私にお客さんが来ていると知らせが入った。
「誰かしら?」
不思議に思いながらも宿屋の入口へ向かうと、つい先程別れたばかりのイーヴォさんだった。
「あれ? どうかされました?」
思わぬ来訪者に声をかけると、やや気恥しそうにイーヴォさんが頭をかいていた。
「リリーさんすいません。すっかり忘れていたんですが、爺様が晩年ずっと大事にしてたものがありまして……。俺達には何故あんな物を大事にしていたか分からなくて困っていたんです。今、外に持ってきているので見てもらっても良いでしょうか? リリーさんなら分かるかと思って準備していたのにすっかり忘れてしまって」
イーヴォさんが言うには、私がこの島を訪れる機会にマサさんに関するアレコレを聞こうとしていたが、まさかの王国騎士団の訪問に驚き、頭からスポンと抜けてしまったようだ。
マサさんが大切にしていた物と聞いて、早速外へと向かった。
そこには手押し車の上に置かれた立派なサイズの木材が置かれていた。
「これって……」
「爺様はこの木材を五年の歳月をかけて乾燥させていました。乾燥期間が長いほどひび割れにくいいい素材になるんだと言っていたんですが……一体何の材料にする気だったのか……今ではもう分からないんです」
マサさん……ここまで準備していたのに……きっとこれは杵と臼の材料にしようとしていたものだろう。長年使ってもひび割れない良い臼は長い乾燥のおかげだと私のじいちゃんも言っていた。
「イーヴォさん。ありがとうございます。マサさんの気持ち、私がきっと形にしてみせます!」
さぁ、気合を入れるわよ!明日のために、マサさんの為に!