それぞれの夜
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「お疲れ様」
私が月蜜の館から箱庭に戻ると、後ろからそっと抱きしめられた。
研究室は既に綺麗に片付けられていて、道具も全て所定の位置へと戻されていた。
「クラウスさん……」
私が留守の間、クラウスさんが片付けをしてくれていたようだ。きっとロジーとスノーも一緒だったのだろう。
「大丈夫か? 疲れてないか? 顔を見せて?」
クラウスさんはそう言うと、私の体を反転させ顎に手を添えクイッと上を向かせた。
「隈になってるじゃないか……」
そう言いながら私の目元を親指でひと撫でした。あまりにも優しく触れるので、少し擽ったいくらいだ。
「う〜ん、ちゃんと夜は寝てたんだけどね……それはそうと、クラウスさん、片付けしてくれたのね。ありがとう」
「俺にはそれくらいしか出来ないからな。リリーのように人の為に出来ることなど限られているからな」
そんな事を言うクラウスさんだが、私はちゃんと知っている。
「やだな。クラウスさんはクラウスさんにしか出来ないことをしてるじゃないの。クレメオの洞窟……魔獣が溢れて大変だったんでしょ? メアリックさんが感謝していたわよ。クレメオの沿岸騎士隊だけでは対処は難しかったって。ちゃんと知ってるんだから」
私が月蜜の館に通っている間、クラウスさん達も暇をしていた訳では無い。
クレメオに近い海岸の洞窟に、海の魔獣が大量発生しており、討伐に大忙しだった。
ウドルフ遠征隊の数名と、クラウス特務部隊、ジャンク、エアさんは、毎日のように洞窟の魔獣討伐に行っていたのだ。
ジャンクは愛刀のククリの修行になると喜び、エアさんは新しい魔力付与された義足の慣らしになると、率先して洞窟へと突入していたようだ。
「ジャンクはどうだった?」
「ああ、あいつは凄いよ。双剣を持ってあそこまで身軽に動けるとは思ってもみなかった。特にガウルとのペアは相性が良くてね、二人の獅子が戦う姿はリリーにも見せたかったくらいだよ」
「えー! 何それ、私もみたかったー!」
絶対かっこいいに決まってるじゃない!
「ははは! とにかくジャンクはなくてはならない存在だよ。フレドリックとも話が合うようだし、アニーもまるで弟のように可愛がっている。将来的にはジャンクが望めばだが……王国騎士にとも考えてある。推薦状は俺が喜んで書くよ」
「そう……。きっとジャンクも喜ぶはずよ。本人の意思も尊重しなくちゃいけないと思うけど……ジャンクならきっと良い騎士になるわね」
ジャンクが王国騎士団の制服を着た姿を想像して、笑みがこぼれる。
ふと、そう言えばしばらくこうしてクラウスさんと二人きりになることなんてなかったな……と頭をよぎる。
ど、どうしよう……もっと一緒にいたいな。最近ずっと忙しくて二人きりの時間を過ごせていなかったので、ものすごく甘えたくなってきた。
「あの……クラウスさん……?」
「ん?」
「今日って、もう少し時間ある?」
「ああ。討伐も終わったし、あとは次の連絡船が来るまで特に何も無いから時間はたっぷりあるよ。どうしたんだい?」
私はくるりと振り向き、クラウスに向き合うとおずおずと彼に抱きついた。
「ここ数日忙しくてクラウスさんが足りない……今日はもう少し一緒にいたいな……」
少し恥ずかしいが、こういう時は素直になるのが一番だ。
「リリー……」
クラウスさんは私を優しく抱きしめ、頭を撫でる。頭から髪の先までゆっくりと口付けをすると、私の頬に手を添え優しく微笑んだ。
「今日はずっと一緒にいよう。俺もリリーが足りなくて寂しかったよ……」
そう言うと深く口付けをし、私を横抱きにした。
「今日は誰にも邪魔されないように……」
そう言ってクラウスさんは研究室の鍵をかけ、ソファに私を抱き抱えたまま座った。
いつもいい雰囲気になると必ず邪魔が入るのをクラウスさんも分かっていたようだ。
何度も何度も交わす口付けは次第に甘い痺れに変わってゆく。
「リリー……」
名を呼ぶその声が、優しく触れるその手が、私に幸せをもたらしてくれる。
ただ抱き合い口付けを交わすだけ……それだけで心が満たされた。
✻ ✻ ✻ ✻ ✻
時を同じくして、クレメオの一角では賑やかな宴が開かれていた。
「いや〜、やっぱガウルの兄貴には適わないなぁ!」
「何を言うジャンク。お前の方が俺より多く討伐してたではないか」
「違うんだよな〜、俺は兄貴みたいに一撃で無駄なく倒すことが出来ないんだよ。だから無駄な体力も使っちまうし……なぁ、どうやったら兄貴みたいに無駄のない動きが出来るんだい? コツとか教えてくれよ!」
「コツか……いや、そもそもお前の戦闘スタイルと俺の戦闘スタイルは違うからな……」
ここはクレメオにある大衆酒場。そこでは多くの沿岸騎士隊とクラウスを除く特務部隊、エアネストが酒を飲みかわしている。
クレメオにある海岸洞窟、通称【蒼碧の洞窟】での魔獣討伐成功の打ち上げが行われていた。
三日間に及ぶ討伐はクレメオに大きな被害をもたらすことなく、無事に完了した。
「エアネストさん! 元はS級冒険者って本当ですか!?」
ジャンクとガウルの反対側ではレオナードがエアネストに食い気味に質問をしている。
「あら、アタシに興味持ってくれるの? 嬉しいわぁ〜! そうよ、もう辞めちゃったけど当時はS級として世界中を旅してたわね」
「世界中……さすがS級ともなると規模が違いますね! それに、今日の戦いも素晴らしかったです。エアネストさんの武器、初めて見る形状ですけどオリジナルですか?」
「そうよ〜。世界に一つしかないアタシだけの武器。素材はミスリルで出来てるの、下手に触るとスパッと切れちゃうわよ。ってか、アタシから見たらアニーのトランスウィップの方がレアだと思うけどね〜。アニーのトランスウィップもバーニーの特注?」
エアネストは自身の武器を撫でながらアンネリースの腰に提げた鞭を見る。
エアネストのミスリル製の巨大なナイフとフォークも、バーニーの特注品だ。
「そうよ。バーニーの力作。男性騎士に比べると力はどうしても劣ってしまうから、私は足りない力を魔力で補っているのよ。魔力を通すと鞭にもなり剣にもなる。言ってみれば自由自在に形を変えるしなる剣ね。おかげで魔獣の体も両断することが出来るのよ」
「そう言えば、レディガー様は鞭で魔獣の首を落としていましたね。ただの鞭では魔獣の首は落とせないはずなのに、どうしてと思っていました。なるほど……足りない部分は補えばいいのか……」
アンネリースの話にレオナードが真剣に話を聞いている。体の小さいレオナードも思うところがあるのだろう。
三人はしばらく武器の話で盛り上がり、こちらもこちらで楽しそうに話をしていた。
しばらくすると、フレドリックはどこから見つけてきたのか、小さな弦楽器を持ってきて演奏を始める。
ポロンポロンと愉快な音楽が酒場をより盛り上げる。ある者は口笛を吹き、またある者は酒樽を太鼓のように叩き、フレドリックの奏でる音楽にリズムを加える。
こうしてクレメオの夜は賑やかに過ぎていった。
✻ ✻ ✻ ✻ ✻
また一方で、リリアナとリーゼッテはと言うと……。
「リリアナ。貴女はリリー様と行きなさい」
「でっ、でも!」
「駄目。貴女、リリー様に尽くすと誓ったんでしょ? 命を救ってくれたリリー様に恩返ししなきゃ。本当は……私も付いていけたらいいんだけどね。この体じゃ足でまといになるだけだもの」
そう言ってリーゼッテは自分の体を見る。リリーに薬を貰い段々と良くはなってきているが、まだ満足に体を動かすことが出来ていなかった。
「大丈夫よ! 一生の別れになるわけじゃ無いもの。私はクレメオで騎士隊のお手伝いをしてるわ。それに、帰る場所のないあの子たちの今後も見届けなきゃいけないしね」
リーゼッテの言うあの子たちとは、彼女と同じく捉えられていた少女たちである。
「リーゼッテ……」
「うん。私はどこにも行かないから安心して行ってらっしゃい」
リーゼッテはそう言って、大切な妹を優しく抱きしめた。