美しさとは
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魔女の秘薬が完成した翌日、私はメアリックさん、ウドルフさんと共に月蜜の館を訪れていた。
勿論二人は酒場で待機だ。今日も今日とて二人は酒場の女の子たちに囲まれている。
あの二人、ここの女の子たちに大人気なのである。
ウドルフさんはまずあの外見も然る事乍ら、下品な話をしない、体をベタベタ触らない、誰に対しても優しく接する、おおらかで包容力があり、気遣い上手。そして、王都の話を楽しく話してくれる事で、どの女の子にも人気だ。
剣を振るえば王都随一、見た目も良く話し上手でジェントルマン。人気のはずだ。
そして、メアリックさんは何時でも親身になって彼女達の話を聞いてあげていて、酒場の女の子と話すと言うよりかは、妹や娘と話しているように感じる。
そのせいか、女の子たちもメアリックさんの事を兄、父親のように慕っているようだ。
初めて私と出会った時の反応とは大違いだ。
「もう、マダムとさっさとくっついてしまえばいいのに……」
どう見ても似合いな二人だが、なぜ一緒にならないのかが不思議であったが、その事については、マダムとメアリックさんを知る古株の個室持ちからこっそりと話を聞かせてもらっていた。
「マダムとメアリック殿はね、幼い頃からの昔馴染みってやつでね、誰が見ても似合の二人だったんだよ。メアリック殿はマダムの特異体質の事も全然気にしなかったし、将来的には夫婦になるのだろうと周りも疑いはしていなかったんだがね……でも……それはマダムがここに売られるまでの話さ。メアリック殿が王都で名を上げると言ってここを出てすぐ、マダムはその見た目からここに売られてしまったのだよ。金に目が眩んだ実の親に……。メアリック殿がそれを知ったのは王都で既に五年経った頃だった。その頃のメアリック殿はメキメキと力をつけ、王国騎士団第一部隊の副隊長になっていた。話を聞いたメアリック殿は直ぐにここクレメオに駆けつけたが、当時館で働くイチ従業員だったマダムに「王国騎士の副団長ともあろう者が下らない理由で戻ってくるんじゃない!」と追い返されちまったのさ。マダムはきっと全て諦めていたんだろうね、売られた自分に構わず王国騎士として地位も名誉も手に入れたメアリック殿の邪魔をしたくなかったんだろう。でも……メアリック殿もそんなことでは諦めはしなかった。そこから更に五年後、手に入れた地位も、名誉も、全て王都に置いてクレメオに戻ってきちまったのさ。あの時は呆れもしたが、マダムを思うメアリック殿の気持ちに胸を打たれたよ。ここだけの話……あの時マダムは人知れず泣いていたのを覚えているよ。なんで自分の為なんかにってね。……あんなに想いあってるのに……世の中上手くいかないことだらけだね……」
そう言って彼女はほろりと涙を落としていた。
大金を積んでマダムを身請けしようとしたメアリックさんだったが、マダムもマダムで頑固なのか、キッパリと断られたそうだ。
もっと素直になればいいのに……。マダムはあくまでもメアリックさんの事は、幼なじみのメアとしか意識していないつもりでいるらしいが、下手な演技は皆にバレバレで、二人が思い合っていることは周知の事実であった。
メアリックさんもメアリックさんで、王都でもクレメオでもよく女性を口説いていたそうだが、「心が込持っていない」とよく言われ振られるのは、マダムを一途に思っているからなのだろう。
そんな二人に私から素敵なプレゼントを致しましょう。一途に思い続けているメアリックさんの為にも、ここは私がひと肌脱ぐことにした。
✻ ✻ ✻ ✻ ✻
「……という事で、こちらがその秘薬になります」
マダムのお部屋に入ってある程度の説明を伝え、アイテムボックスから小瓶をズラリと並べた。
まずはカウンセリングからの結果報告だ。
「まぁ……こんなに沢山?」
目の前に並べられた無数の小瓶に、マダムは目をぱちくりと開く。
「これだけあれば一年は持つと思います。今までと同じくスカーレットレザンから作られた物ですが、完全に無毒化してあるので安心して使ってください。頭痛に悩まされていた子達も、毒物の摂取を断った事で次第に良くなっていくでしょう。薬が無くなる頃、もう一度様子を見させてくださいね」
長らく取り込み続けた毒は直ぐには消え去ってくれない。暫くは頭痛も引きずるだろうが、次第に良くなっていくはずだ。
「それと、今まではスカーレットレザンのせいで一生子を持つことが出来なくなる……という事も無くなります」
ここで働く女性たちは一生ここで過ごす訳では無い。
借金を返し終わった者や、お客に見初めら身請けされる者もいる。
しかし、スカーレットレザンの毒のせいで不妊に苦しむ事が多いと聞いた。
今後はそんな事もなくなるだろう。
その他にも、様々な悩み事への対処法と必要な薬を纏めて渡した。
一人一人に用法用量を守るように注意書きを付け、不備は無いはずだ。
「ありがとう……本当になんとお礼を言ったらいいか……」
マダムは私の手を取り、薄らと涙を浮かべた。
今まで何も疑わず服用してきたものが、毒だと分かった時のマダムの心情は痛いほどわかる。
ここで働く女性たちを娘のように大事に思っているマダムにとって、こんなに心苦しいことは無かっただろう。
「お礼なんていいんです、マダムが奴隷にされた少女達を助けている事を知ってから、私もマダムのお手伝いをしたかっただけですから。それに、まだマダムの日光に対する対処法も完全では無いのですからお礼を言われるのはまだ早いですよ」
そう、将来的にはアルビノのマダムも太陽の下を恐れることなく歩けるような何かを開発しようと考えてある。
大体の方向性は決まっているのだが、まだ今一つ〝これだ!〟というものが足りない。まだまだ先は長そうである。
「そうそう、そういえば娘たちがね、魔女様から頂いた花壇をとても気に入って大事にしているのよ。見たこともないお花も沢山でね、おかげで館全体の雰囲気がパッと華やいだわ!」
マダムが言ったのは、数日前に設置した館前の花壇と、中庭、裏庭の花壇のことだ。主に潮風に強い花植物を植えてある。
少しでも明るく過ごしてもらいたかったので、私の魔力を込めた花壇を設置したのだ。
今日も館に入る前に色とりどりの花が風に揺れていて、大事にされているのがひと目でわかる。
そして、見た目だけではなく、薄らと漂う魔素も穏やかに浄化されており、館周辺の空気がとても澄んでいた。
「喜んでいただけて何よりです。私の花たちは空気を綺麗にしてくれるので、きっと彼女達の心も体も癒してくれるでしょう」
「そうね。あの子達ね、中庭に植えていただいたサルスベリがお気に入りでね、お昼の少し前に皆起き出してくるとサルスベリの周りでクロスを敷いてブランチを摂るのが日課になったのよ」
ふふふっ、と笑うマダムは本当に嬉しそうだ。
私がここに来るのも今日で最後。そろそろフランジパニに向けた出港の準備もしなければならない。
でも、その前に……。
「そうだ。忘れるとこだったわ! 実はマダムに新しいハーブティーを持ってきたんだったわ!」
わざとらしく、手をパンと叩いて思い出した振りをする。
「まぁ! あのいい香りのするお茶ね。また振舞ってくれるのかしら?」
「ええ。あ、そうだ、せっかくだからメアリックさんとも当分会えませんし、一緒にお誘いしてもいいですか?」
私の提案はすんなりと受け入れられ、マダムは給仕の子にメアリックさんを呼ぶように伝え、部屋には主役の二人が揃った。
「おぉ、なんだ? 俺にも振舞ってくれるのか」
「ええ、しばらくお会い出来ないから最後に三人でお茶でもと思ってね」
今日準備したのはコモンマロウとラベンダーのブレンドアイスティーだ。暑いこの街にはピッタリである。
「まぁ! なんて綺麗な青なの。まるでクレメオの海のようだわ!」
「本当だな……こんな青いお茶があるとは知らなかった……」
二人は初めて見る青いお茶に興味津々だ。
「このアイスティーはね、綺麗な青だけじゃないのよ。見てて」
私はアイスティーのグラスに小瓶に入れたある物を数滴垂らして見せた。
すると、青かったアイスティーは見る見るうちに鮮やかなピンク色に変化する。
「す、凄いわ! なんて美しいのかしら……」
「こりゃあ凄い! こんな魔法初めて見たぞ!」
二人とも初めて見る光景に、驚きを隠せないでいる。
マドラーで更に撹拌すれば、より鮮やかなピンク色に変わっていく。
「うふふ。これは魔法なんかじゃないですよ。この小瓶にはリモーネの絞り汁が入っていて、コモンマロウの青に反応してピンク色に変化しただけなんですよ (まぁ、今回入れたのはリモーネの絞り汁だけじゃないんだけどね)。そこに蜂蜜をほんの少し加えて……はい、出来ました。どうぞ」
グラスに付いた水滴を拭き取り、二人へ差し出す。
マダムは上品に香りを楽しんだ後、アイスティーに口を付けた。
「頂くわね…………ん、んん! なんて爽やかなの! リモーネの爽やかさとラベンダーの香りが身体中を駆け巡るようだわ!」
「おお! フィーの言う通りだ! はははっ! リリーはやはり特別な魔女だな!」
同じくアイスティーを飲んだメアリックさんも、いい笑顔を見せてくれた。
飲んだわね!
「喜んでいただけて何よりです。それはそうと……マダム? 貴女はいつまでメアリックさんの気持ちに答えないつもりでいるんですか?」
「……はっ!?」
突然、本当に突然の私の不躾な言葉に、マダムよりもメアリックさんが驚いた。
楽しくお茶の話をする流れだったのに、いきなり話題が変わったからだ。
「リ、リリー!?」
「マダム? メアリックさんの事、どう思っているのか、その口で伝えてあげてください」
「リリー、いいんだ! フィーにその気は……」
そう言うメアリックさんだったが、次の瞬間メアリックさんはマダムの言葉に言葉を失った。
「私、メアの事を愛しているわ。心から……ずっと昔から愛しているわ。貴方を想わない日はないわ」
………。
部屋に、大きな間が空いた。
しかし、マダムは直ぐにハッと我に返り、両手で口を抑えた。何が起きているのか分からないようだ。
「そうよね? メアリックさんが身請けをすると言ってくれた時、なぜ断ったの? 迷惑だった?」
マダムは両手で口を抑えるが、不思議な力に対抗できない。
「嬉しかった……涙が出るほど嬉しかった。愛しいメアの……メアのものになりたかった……でも、メアには……心の綺麗なメアには! 私みたいに汚れた女じゃなくて、身も心も綺麗な女性が似合っているの! 私なんかが……!」
マダムがそこまで言うと、メアリックさんはマダムを強く抱きしめた。
「ばっ、ばかやろう! お前は綺麗だよ! どこも汚れていない! 心の綺麗な、昔のまんまのフィーだ! 何度も何度も口説いたのに……俺の気持ち、伝わってないと思ってた……! もう一度言ってくれ! 俺の事、愛してくれているのか?」
マダムは首を横に振る。必死に横に振っている。しかし……
「愛しているわ……貴方の事を心から。ずっとずっと愛してる!」
マダムの口からは行動とは逆の言葉が伝えられる。
「マダム、ごめんね。あなたたち二人が見てられなくて……心に素直になる薬を使ったの」
私は先程アイスティーに入れた小瓶を見せた。自白剤だ。
マダムはメアリックさんに抱きしめられながら涙を流している。もう、抵抗しても無駄だと悟ったようだ。
メアリックさんはそのマダムを離さないようにしっかりと大事そうに抱きしめている。
「ねぇ、もう素直になって幸せになってもいいんじゃないかしら? マダム、貴女は美しいわ。貴女が自分をどう思っていようと、私も貴女の心は美しいと思ってるわ。……メアリックさん、もう少し薬は聞くはずだからマダムを口説き落としてね! 強引なことして悪かったけど、口説き落とすまで出てこなくていいから」
パチン! とウインクをすると、メアリックさんはぎこちないながらも「お、おう!」と答え、大事そうにマダムの髪をなでた。
私はそっと部屋を出ると頑張って! と部屋の扉を閉めたのだった。
二人とも幸せになって……。
私はあの個室持ちの女性に、二人が出てくるまで誰も近づかないようにと言付けて、月蜜の館を後にした。
あけましておめでとうございます!
昨年はちょこちょことしか更新できなかったものの、たくさんの方々に読んでいただけて嬉しく思っております。
今年も「異世界を花で彩ります!」をよろしくお願い致します。