魔女の秘薬
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あれから数日後……私は月蜜の館の女の子たちとのカウンセリングを終え、箱庭の研究室でうんうんと頭を悩ませていた。
薬の調合などは、やはり箱庭にある研究室が一番適しているので、クレメオの町外れにある広い空き地をお借りして、ドドン! と箱庭を展開させてある。
空き地を借りるにあたり、メアリックさんの許可を得て箱庭を広げたのだが、メアリックさんを初め、レオナード君を含めた騎士隊員達は顎が外れるくらい大きく口を開け、しばらく放心していた。
クラウスさんが「そのうち慣れますよ」とメアリックさんの肩を叩き、特務部隊とウドルフ遠征隊がうんうんと頷く。
毎度おなじみの光景が目の前でやり取りされたのを思い出す。
「それにしても……思った以上に問題があったわね……」
私は目の前に置かれた一房の小粒なぶどうを睨んでいる。
数年前、このストレリチアへやって来て間もない頃、森の中で見つけた猛毒の【フォレストレザン】とそっくりな色違いの果実だ。
なぜそんなものが目前にあるのかと言うと、私が月蜜の館から没収してきたからだ。元々は館で働く……主に個室持ちの女の子たちの持ち物であった。
個室持ちとは、いわゆる娼婦の事だ。
月蜜の館では娼婦と言う言葉は使わず【個室持ち】、酒場でお酒の相手などをしている子たちは【御迎え】、スタッフとして働く子たちは【蜜蜂】と区別をしている。
実際に働く現場を間近で見てきたのだが、個室持ちの子も御迎えの子も蜜の子もマダムは平等に扱っており、どの職種の子も仲が良く、互いに支え合っている印象を受けた。
で、問題の目の前の果実なのだが、これは個室持ちの子たちが避妊の為に常用していた薬の原料だった。
昔から彼女たちのような職業はあったのだが、その頃から長く使われた薬なのだそうだ。
しかし、どんな効果があるか、また副作用などはないかと鑑定をしてみたところ、思いもよらない鑑定結果が出てしまった。
【スカーレットレザン】毒レベル ★★★☆☆
ストレリチアではるか昔より避妊薬の原料として使われてきた果実。乾燥させ粉にしたものを服用する。
少量であれば問題は無いが、常用すれば頭痛、めまい、発汗、けいれん、呼吸困難などの症状を起こし、酷い場合では幻覚症も現れる。
毒だ。しかも毒レベルが五段階のうちの三。毒々しい濃い紫色の星が警告灯のようにチカチカと光っている。
『あの子たちさ、これが毒だって知らなかったんだよね?』
そう言ってロジーが指先でスカーレットレザンを弾く。
「そうなのよね。昔から薬として使われてきているから何の疑いもなく使っていたのよね……。さすがに幻覚症状が出るほど酷い症状が出ている子はいなかったけど、半数以上が頭痛に悩まされていたのはショックだったな」
『誰も毒だと疑いもしなかったのは無知だから……無知とは恐ろしいものだ』
「そうね、スノーの言う通り。毒もそうだけど、本当の薬だって用法用量を間違えれば毒になりかねない……きちんとした知識が必要なのよ。ハーブだってそう、取り過ぎれば消化器官にダメージを与えるものも多いからね」
『それで? リリーはこれをどうするつもり? 同じ効能の安全なハーブとかあるの?』
「ないわ」
ロジーの質問には即答できた。ハッキリと避妊効果のあるハーブなど存在しない。
ただ避妊とは違うが、昔から子宮収縮を促すイヌホオズキや牛膝、そしてセントジョーンズワートも堕胎薬として使われてきたのは事実だ。
しかし、出来ることならそんな事に使いたくはない。
一つ安心したのは、月光の館ではもし避妊が失敗して子が授かった場合、その子は館の子として祝福され、大切に育てられるという事だ。
実際に子供たちとも接してきたが、不自由なく育てられているあたり、本当に大切に育てられているのだろう。
彼女たちには彼女たちなりの世界があり、生き生きと働いているので、彼女たちの生き方に私が口を挟むべきでは無い。
中には借金で売られてきた女性の他にも、マダムが奴隷として売られている女性を各地から率先して買ってくる女性もいる。
下手な金持ちに買われ弄ばれるより、月蜜の館で働く方が身の安全は守られるからだ。
マダムはそこまで考え売られた女性たちを買ってくるのだ。そうして買われた女性はマダムに救いの手を差し伸べられたと言っても過言ではない。
だからマダムは慕われるのだ。
私に出来ることは、彼女たちが少しでも過ごしやすく、働きやすくする助けになる事だ。
「確実に避妊効果のあるハーブはないから、ここにあるスカーレットレザンの毒だけを中和できるような調合が出来ればいいんだけど……こればっかりは色々とやって見なきゃ分からないわよね」
『それじゃあ、片っ端から調合しまくるわけだね!』
「気が遠くなりそうだけど……ロジーもスノーも協力してね」
『任せてよ!』
『勿論だ』
✻ ✻ ✻ ✻ ✻
こうして私たちは箱庭の研究室に籠り、まるっと三日かけて無毒の避妊薬を調合した。
ロジーとスノーがひたすら調合し、私が鑑定をしまくる……その繰り返しを百と行ったのだ。
「で、できた……」
何度目の鑑定だろう。スカーレットレザンと地球の植物とのハイブリッド薬が完成した。
【魔女の秘薬】 ☆☆☆☆☆☆☆☆
避妊を目的とした経口薬。
使用法は直前にお湯で溶き、経口薬として用いる。
ストレリチアと異世界の植物から成るハイブリッド薬。
詳細は極秘。
『おぉ……本当に出来たね……』
『完璧だな……』
ロジーとスノーも私の体に触れ鑑定結果を確認し、満足そうに微笑んだ。
「ありがとう。二人のおかげよ」
私が薬を調合している間は、月光の館は酒場のみの営業としてもらっているので早く届けてあげたかったが、完成と共にどっと疲れが出てしまったのは正直なところだ。
『リリー』
スノーはそう言うと私を横抱きにし、研究室に備えられたソファへと運んだ。
優しくふわりと落とされたソファに沈む感覚が心地よい。
「スノー?」
『疲れているんだ、無理をするな。いくら無限の魔力を持っているといってもリリーは人間だ。私たちとは違うだろう? 少し休むといい』
『ホントだよね〜。あいつもちょいちょい来てはリリーの事心配してたでしょ? そんな顔で外に出たらあいつに捕まって離してもらえなくなるよ』
ロジーもソファに横になった私にブランケットを掛けてくれた。
ロジーが言うアイツとは勿論クラウスさんの事だ。
一日に二度は研究室を訪れ、差し入れと共に様子を見に来るのが日課になっていた。
クラウスさんも忙しいだろうに、少しでも時間を作って会いに来てくれるのが嬉しかった。
二人には何でもお見通し。クタクタだった私は秒で眠りについたのだった。