安息日
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「改めまして、私はリリーよ。よろしくね」
「え、えっと、リーゼッテです」
「突然の事で混乱したわよね。少し、私とお話しましょう」
リーゼッテに今までの事の話をしなければならない。リリアナと出会い、どうやってここまで来たかを。
「と、その前にまずは目覚めたばかりだから体に優しいハーブティーを入れてあげるわね」
私はアイテムボックスから茶器を取りだし、カモミールティーを入れる。
リーゼッテはその様子をじっと見つめ、漂う香りに鼻をヒクヒクさせている。
「はい、お待たせ。熱いから気をつけて」
「あ、ありがとうございます」
ゆっくりと息をかけ少し冷ましてカモミールティーに口を付ける。一口飲んだリーゼッテは、ほぅ……と軽く息を吐いた。
「美味しいです……」
「良かった。じゃあ飲みながら私の話を聞いてね。私がどこでリリアナと出会い、どうやってここまで来たかを」
こうして、やっと日が昇り始める頃、私はリーゼッテに向けて話を始めた。
「……じゃあ、私たちが住んでいた村は……」
「うん、残念だけどもう誰も残ってはいないわ」
「許せない……それに、私の大事な妹を奴隷にですって!? その奴隷商人も、あの娼館の男共も使い物にならないくらいに捻り潰してやる!」
その話しぶりからリーゼッテはリリアナとは少し違った性格なのだと思い窺える。
リリアナは基本穏やかで嫋やかで心優しい。対するリーゼッテは芯が強く気風の良い性格のようだ。
「奴隷商人たちはもう、クラウスさん達が罰したわ。既にこの世にはいないから安心して……って、あれ? リーゼッテ、貴女、あの娼館での記憶、残っているの!? 他の少女たちは皆、記憶をなくしていたのに……」
「え、え? そりゃあもう……って、あれ? そう言えば、私、貴女の声どこかで聞いたことがあると思ったんだけど、そうよ思い出したわ! あの夢の中での声!」
リーゼッテはそう言って夢の話をしてくれた。
夢の中には女神様が現れてリーゼッテ達を助けてくれたそうだ。そして、「もう大丈夫、辛かった記憶は私が浄化するから」と一人一人の辛かった記憶を奪っていったそうだ。
しかし、リーゼッテはもしかしたら妹の情報に繋がる大事な記憶かもしれないと、私の魔力に抵抗したのだそう。
「それで目覚めた時様子がおかしかったのか……」
「え?」
「ううん、なんでもない。リーゼッテは強いのね」
「だってたった一人の家族だもの。必ず逃げだして探し出すつもりでいたのよ。あんな奴らにやられてたまるもんですか! ってね。でも、小さい子たちを人質のように使われて中々動き出せなかったのよね」
「うん、あの子たちに聞いたわ。リーゼッテが守ってくれたんでしょ?」
「当たり前よ。あんな小さな子たちに同じ目に合わせられないもの。それに小さかったリリアナを思い出して、絶対守らなきゃって思ったの。……ねぇ、貴女よね。私達を解放しようとしてくれたのは」
リーゼッテは全てを見透かすように、じっと私を見つめている。どうやら誤魔化しても無駄のようだ。
「そう……ね。貴女には嘘が付けないわね。私、あの子たちに未来を諦めてもらいたくなかったの。前にもね、同じ様な場面に遭遇して、ああいった目に遭った女の子たちが助け出された後も苦しむって教えられたの。だから折角助かったのだから皆には幸せになってもらいたじゃない? あ、この事は騎士隊のみんなには内緒ね。辛い目にあって記憶をなくした……ってことになってるから」
そう言うと、リーゼッテは全て納得したように大きく頷いた。
「あの子が……リリアナがあなたを慕う理由が分かったわ」
リーゼッテはそう言うと、もう一眠りすると言ってリリアナの眠る狭いベッドに無理やり体を押し込み、手を取り合い眠りについた。
ようやく再会出来た二人は穏やかな顔で眠っている。きっと良い夢を見るに違いないと、安堵の笑みが零れたのだった。
✻ ✻ ✻ ✻ ✻
「お疲れ様」
救護室を出ると、直ぐにそんな言葉をかけられた。
「クラウスさん」
「リリアナもリーゼッテも良かったな。無事に再会できて」
「うん……」
私は二人の再会を喜ぶ反面、少し複雑な気持ちが胸の奥に芽生えた。
「これからの二人の事か?」
クラウスさんには私の考えている事などお見通しだった。
リリアナが私の旅に付いてきたのは、姉リーゼッテを探す為。その最大の理由が解決された今、リリアナが私の元に留まる理由はなくなった。
今後の事はリリアナとリーゼッテが二人で決める事だ。もしかしたら村の仲間の後を追うのかもしれない。そう思うと、少し寂しい気持ちになった。
「これでリリアナの旅が終わるって思うと……少し寂しくてね」
「そうだな。まだ未来明るい二人だ、どんな結果になっても二人の意志を尊重してやろう」
「そうね……」
クラウスさんは慰めるかのように右手で私の頭を引き寄せ、ポンポンと軽く頭を叩く。
私の冷えた心は一瞬でほわんと心が温かくなった。
だがしかし……
「……なぁ、俺の事忘れてねぇか?」
その一言で一瞬にして冷静になる。
「ほわ! ウ、ウド、ウドルフさん!」
「おぅ。俺もいるんだわ」
そうだった! 忘れてた! なんて言えない!
「あ、あの! わ、忘れてた訳では……」
「ははは、いいって。そのおかげでリリーの可愛い顔見れたしな! いいなぁ、若いって!」
「もう! からかわないでくださいよ……」
パタパタと両手で顔を扇ぎ熱を冷ます。まぁ、そんなことをしても無駄なのだが。
「そうだ、リリー」
ウドルフさんは何かを思い出したようで、今度は真面目な顔をしている。
「どうしました?」
「メアリックなんだけどよ、疲れてないなら後で隊長室まで来て欲しいってよ。事後処理の事や次の連絡船の日程の事だと思うんだが、どうも一つ頼みたいことがあるようなんだわ」
頼みたいこと? なんだろう? 自白剤の追加とか? いやいや、あれは用法用量を正しく守らないと精神にくるからあれ以上あげられないって言ってあるし……なんだろ?
はて、はてと考えるが、考えたところでどうしようもない。私は直ぐに隊長室へ向かうことにした。
石造りの騎士隊舎を隊長室に向かって歩く。途中、中庭では騎士たちが剣を振ったり、模造刀で打ち合いをしていた。
「おぉ、魔女様だ!」
「あの方が……」
騎士たちは訓練の手を止め、ザワザワとこちらを伺いながら噂話をしている。その中でも満面の笑みでこちらに大きく手を振る小柄な騎士がいた。
「あ、レオナード君」
「リリー様〜!」
レオナード君は模造刀を握ったその手で、思い切り手を振っている。おかげで周りにいる騎士は、ブンブンと振りかざされる模造刀を避ける羽目になっていた。
「レオナード君、危ないよ〜!」
私も手を振ってレオナード君に答えると、ようやく周りが見えたのか、周りの騎士たちに謝っていた。
実はこう見えて少女救出の為に大きく貢献した人物だ。体は小さく女の子のような彼だが、その見た目を大いに利用して諜報活動を行っている。
娼館の人間を経営者はもちろんの事、雑務をこなす末端の人間まで一人も逃さずに捕縛出来たのは、彼の情報のおかげだ。
娼館に関わる全ての人数、住人たちも知らない裏の抜け道、それに娼館内部の見取り図まで完璧な情報を掴んでくれたからだった。
「ディラン当たりが欲しがりそうな人材だな……」
クラウスさんのその呟きは、数年後に実現することとなる。まだ見ぬ未来、レオナード君はアズレア王国を影で支える諜報部隊で活躍することとなり、そのさらに数年後、部隊長まで登り詰めることになるとは目の前の本人はまだ知らないところだ。
私たちはレオナード君に別れを告げ、メアリックさんの待つ隊長室へとまた足を進めた。
「それにしてもここの騎士隊舎って頑丈に出来てるんだね。石造り……でいいのかな?」
王都の騎士隊舎と比べてみると、外観から何から全てが異なる。
「あぁ、それはな、ここが港町っつーのが関係してるんだわ。ここは海から潮風が吹き付けるから普通の建物じゃ直ぐに錆びついちまう。……ほら」
ウドルフさんはそう言って外壁を擦ると、私にその手のひらを見せた。
ウドルフさんの手のひらは薄らと白い粉で覆われていた。これは劣化した石壁が粉になったものではなく、潮風が運んできた塩だ。
「塩害か……」
よく見ると外に面している窓ガラスも白く濁っている。
一度は憧れる海沿いの街。どこまでも続く水平線に、白い砂浜青い海。誰もが憧れるであろうオーシャンビューはその土地の人でしか分からない苦労があるようだ。
そうこうしているうちに、もう目の前に隊長室が見えていた。
果たしてメアリックさんの頼みとは何なのか。笑顔で迎えるメアリックさんに促され、無骨なソファに腰を下ろした。