リーゼッテ
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闇娼館からの少女救出劇から二日、今日も私たちは少女たちの様子を見る為、沿岸騎士隊の救護室へとやってきた。
救出した当日は様子を見るために一晩泊まり込みで様子を見たのだが、どの少女たちも穏やかに眠るだけで目を覚ます様子はなかった。
「リリアナ、おはよう」
救護室に入ると、朝からせっせと働くリリアナの姿があった。
リリアナにリーゼッテが目を覚ますまで傍にいさせて欲しいと懇願されたからだ。
「あ、おはようございます、リリーさん」
「もう……また寝てないの?」
リリアナは笑顔で挨拶を返してくれたが、その顔には明らかに疲労の影が見えた。
無理だけはしないようにとは言ったものの、ようやく探し出せた、たった一人の家族と再会できたのだ。無理をしてしまうのも仕方がないだろう。
「それが昨日の夜、二人の子が目を覚ましたもので……リーゼも目を覚ますかと思うと眠れなくて。リーゼが目を覚ました時に傍にいてあげたいんです」
リリアナはリーゼッテの頭を撫でながら少しバツの悪そうな顔をした。
「仕方がないわね。ところで、目覚めた二人は?」
「その二人なら個室に移りましたよ。騎士隊の専属のメイドさんたちが付きっきりで面倒を見てくれているのですが……不思議なことに二人共、あの館に連れてこられてから先の記憶が全くないんです。酷い目に会って記憶を無くしてしまったんでしょうか?」
リリアナには黙っているが、彼女たちの記憶を奪ったのは言うまでもなく私だ。
事後処理や調査で彼女たちの証言も必要になってくるだろうとは思うが、散々辛い思いをしてきたのだ。これ以上苦痛を味わう事などない。
「まぁ……可哀想に。でも、忘れてしまった方がいい記憶だってあるわよ。そんな記憶、思い出す必要も無いでしょうしね」
クラウスさんたち特務のメンバーは私の能力を知っているので、直ぐに分かってしまうだろうが、しらを切り通すことにしている。
まぁ、そんな事をしなくとも分かってくれるだろうが……。
それから一日、次々と目を覚ます少女たちを介抱しつつ、騎士隊での調査への協力をした。
協力と言っても実際に騎士隊の仕事をする訳ではなく、主に薬(自白剤)の提供だったのだが、これまたすんなりと情報を引き出せたことにメアリックさんは驚きを隠せないでいた。
「リリーが魔女たる所以が分かったよ」
「だろう? 俺たちの魔女殿はな、弱きを助け、悪を許さない高潔なお人なのよ!」
メアリックとウドルフの会話を聞いた隊員たちは翌日からリリーのことを崇拝するような眼差しを向け、リリーを大いに混乱させた。
「魔女様! おはようございます!」
「お、おはようございます! 今日も良いお天気ですね!」
「おぉ……笑顔で挨拶を返してくれたぞ! まるで天使のようだ……」
「いや、どこかの地域では女神と呼ばれていたらしいぞ!」
『すげぇよなぁ……魔女様』
✻ ✻ ✻ ✻ ✻
「リリー、ちょっといいか?」
それは救出から五日目の早朝だった。まだ夜も明けきらない時間帯に、クラウスさんがウドルフさんを伴って私たちのコテージにやってきた。
「どうかしましたか?」
「リリアナからリーゼッテが目覚めたとの知らせが来た。すぐに来て欲しいと」
「どうやら他の少女たちと違って様子がおかしいそうだ」
その言葉を聞いて、私は急いで身支度を整え騎士隊舎へと急いだ。
「リーゼ! 私よ! リリアナ! 落ち着いて!」
救護室では目を覚ましたリーゼッテが壁際の家具の上に飛び乗り、リリアナに向かって威嚇をしていた。
騎士隊のみんなも、どう対処したら良いか分からず、リリアナを守るようにリーゼッテとリリアナの間に入り、様子を見るだけになっていた。
「リリアナ!」
「リリーさん! どうしよう、リーゼ、私のことが分からないみたいなの!」
リーゼッテを見ると、完全に獣化し真っ赤な目をギラつかせ、一つも動かずにこちらを警戒している。
リリアナのことを忘れるなんて、そんなはずは無い。他の少女たちと同じく記憶操作はしたけれど、そこまで深く干渉したつもりは無い。
……まさか、失敗した……!?
そう思っていると、リリアナはポケットからあるものを取りだし、リーゼッテに掲げて見せた。
「リーゼ、お願い思い出して! ほら、大事にしていたペンダント。リーゼが初めて狩りをした魔獣から出た魔石のペンダントよ」
リリアナが持っているのは、以前見せてもらった青い魔石の付いたペンダントだ。
リーゼはお守りだと言っていたが、結局は何も守ってくれなかったとリリアナは嘆いていた。
しかし今も尚、淡く魔力が溢れているのが分かる。
フーッ! フーッ! と、相変わらず威嚇を続けるリーゼだったが、次の瞬間、リリアナの持つ青い魔石はぶわりと大きく魔力を放ち、リーゼッテを包み込んだ。
「リーゼ!」
リリアナはペンダントを握りしめながらリーゼッテに向かって飛び、そのままの勢いでリーゼッテを抱きしめた。
「リーゼ! もう大丈夫だから! お願い、正気に戻って、お姉ちゃん!」
その一言で、リーゼッテの表情に変化が見られた。
真っ赤だった瞳は段々と元の色であろう淡く優しい色に、逆だった毛はゆっくりと元に戻っていき、姿は基本の半獣型へと戻っていった。
青い魔力が包む中、とうとうリーゼッテは覚醒した。
「あ、あれ? ここは……?」
キョトンと瞬きを繰り返すリーゼッテ。
「リーゼ!!」
リリアナはリーゼッテを強く強く抱きしめた。
「う、うそ! リリアナ? リリアナ!!」
「うわぁ〜ん! リーゼぇ〜! よ、良かったよ〜、会いたかった〜」
リリアナは夢にまで見たリーゼッテとの再会に、大号泣である。
「リ、リリーさん、ありがとう、ありがとう! 約束守ってくれてありがとう!」
以前、リリアナを連れていくと決めた時、彼女にひとつの約束をしていた。
「旅を続けていれば、いつかリーゼッテを見つけることが出来るかもしれない。その時は必ず力になるから」
そう誓ったのだ。その日の事は昨日の事のように思い出せる。
対するリーゼッテは今の状況に困惑しているようだった。なぜ自分がここにいるのか、なぜ目の前リリアナがいるのか、リリアナが言うリリーさんが何者なのか。
しかし、そう考えているうちに、大号泣のリリアナは安心したのか、連日の寝不足もあって、リーゼッテを抱きしめながら気を失うように眠ってしまった。
「よほど疲れていたのね。ずっとろくな睡眠もとらず貴女の看病をしていたから。初めまして、私はリリー。あなたの妹リリアナの友人よ。まずは……そこから降りてきてくれないかしら?」
私がそう言うと、リーゼッテは改めて自分がどこにいるのか察したようで、アワアワと慌てながらリリアナを横抱きにして飛び降りてきてくれた。
眠ったリリアナを今度はリーゼッテがベッドに下ろし頭を撫でている。
もう、大丈夫そうだ。
「皆さん、朝早くからありがとうございました。ここからは私一人で大丈夫ですので、皆さんは少しお休み下さい」
騎士隊の皆にお礼を言うと、彼らは散らかった救護室をサッと片付け、部屋をあとにした。
ウドルフさんや、クラウスさん達も空気を読んで「部屋の外にいるから」と退室してくれた。