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金木犀

 私がリーゼッテに回復魔法をかけている間に、女性騎士たちは他の少女たちを保護してくれている。

 リーゼッテ同様、他の少女たちも精神的ダメージが多そうだ。特に身体的に成熟したリーゼッテ位の少女たちのダメージが酷そうだった。


「お、おねぇちゃん……」

 その中でも年端のいかない小さな子達は身体的にも精神的にもダメージは少ないように見える。

 先程からリーゼッテを気にかけている小さな子は、偵察で潜り込んだ際、リーゼッテに抱かれて眠っていたあの子だった。


「大丈夫よ。魔女様がきっと救ってくれるからね。あのお姉さんの事も、勿論あなたの事もね。だから心配しなくていいのよ。もう大丈夫だからね」

 フェルンバッハ隊の女性騎士はそう言って少女を抱き上げ優しく撫でている。


 クラウスさんを含め、特務のメンバーは地下階段まで後退し、少女たちを刺激しないよう、階段と先程の三人の見張りに徹してくれている。


「まずは精神的にもダメージの大きい少女たちから優先して治癒していきます。リーゼッテの周りに集めてもらえますか?」

 私は魔法を唱えながら女性騎士たちに向かってそうお願いした。


 まずはこのボロボロの精神を何とか繋ぎ止めないとね。それには心を鎮める癒しの香り……うん、金木犀がいいわ。


 金木犀には精神を安定させる働きがある為、今回はこの花を使う。

 この世界で育てた金木犀は地球で見かける金木犀とは違い、より多くの花を咲かせた。きっとそれは金木犀が汚れた大気では開花しない事と関係しているためだろう。

 この世界の空気は余程綺麗で金木犀にはとても相性が良かったと言える。

 この世界で初めて金木犀の花を見た時はそれはそれは驚いたものだ。


 右手で作った水球に金木犀の花を散らし、魔力で熱を加える。すると地下室いっぱいに甘く優しい香りが充満した。

 すかさずそこに左手で治癒魔法を唱え、香りと共に少女たちへと降り注いだ。

 キラキラと魔力の粒が輝き、少女たちへと吸収されていく。


「もう少しの辛抱よ。スノー、この子たち数人に付けられている首輪ってもしかして……」

 少女たちの何人かは特殊な黒い首輪が装着されている。そして、その意匠はどこかで見た事のあるものだった。

「ああ、そうだな。魔封じの首輪だろう」

「やっぱり……」


 魔力を封じる魔道具。リリアナやジャンクも嵌められていた手枷にも同じ意匠が施されていた。

 あの時は馬車にいた奴隷商人が鍵を持っていたが、ここには鍵が無さそうだ。私たちに倒された三人も持ってはいなかった。外す気など無かったのだろう。


「スノー、外せる?」

 スノーにお願いすれば、優しく微笑み眠る少女たちの元へとしゃがみ込んだ。

 スノーは人差し指に魔力を込め、その指で鍵穴部分をつつく。

 すると首輪はカチャッと小さな音を立てて簡単に外れた。

「これで良いか?」

「うん、ありがとう」


 スノーは目の前に来ると私の肩に顔を埋める。あぁ……撫でての合図だ。

 近頃スノーはこうやって何かをお願いする度に甘えてくるようになった。

 今まではロジーとスノーと三人でベッタリだった生活が、森を出発してからはあまり一緒にいれなくなった。その反動のせいか、近頃は人目を憚らずにこうして甘えてくるのだ。

 

「スノー、まだ終わってないから後でね」

 そう言って頭を撫でてあげると少し満足したように離れていった。

 そして、私たちのその様子を見ていたフェルンバッハ隊の女性騎士はと言うと……

「え、え? えぇっ!?」

「魔女様とあの方ってそういう関係なの?」

「違うわよ、魔女様とウィンザーベルク様こそそういった関係なのよ?」

「じゃあ今のは一体どういう事?」


 あぁ、ほらまた。

「あははは、ごめんなさいね。びっくりしたでしょ? ウチの兄、私にベッタリで」

 毎度毎度そうやって誤魔化すのも大変である。

 思わずクラウスさんを遠目に見れば、何とも複雑そうな顔をしていた。

 エアさんは一人だけ「んまぁ!」と顔を輝かせていたが……。


 リーゼッテを含め全員が穏やかに眠っている。体の治癒はまだまだだが、顔色は随分と良くなっていった。

「さあ、次はあなたたちの番よ。怖い思いをしたわよね、もう大丈夫だからね。少し体を見せてね」

 パッと見、彼女たちの体には小さな傷しかかなかったが、目に見えない場所に酷い傷があるかもしれない。


「うん。で、でもね。大きいお姉ちゃんたちがあたし達の事守ってくれたの。何でも言う事を聞くから小さい子には手を出さないでって……それでお姉ちゃんたち……」

 ポロポロと涙を零しながら今までの事を話してくれる。一人が口を開けば、他の子も私に色々な話を聞かせてくれた。


 この子たちの話を要約すれば、この子たちはリーゼッテたちにとって良い脅し材料だったようだ。

「お前たちが言うことを聞かなければこいつらに同じ事をするぞ!」と。

 中には本当の姉妹もいるようで、そんな事を言われれば黙って言うことを聞くに決まっている。

 そうして、この子達が大きくなった頃には同じ事を繰り返すのだろう。

 

「屑が!」

「なんて卑劣な!」

「ゆ、許せない……」

 騎士たちも私と同様、怒りを露わにしていた。


「だからね、私たちほとんど何もされてないの。お姉ちゃんたちもう大丈夫なんだよね?」

「ええ。もう大丈夫よ。最後に、みんなまとめて治癒魔法をかけるから、あのお姉ちゃんの周りに集まってね」


「リリアナ、もう大丈夫だからこっちにおいで」

 リーゼッテから離れないリリアナを何とかこちらに呼び戻すと、私はまた魔力を集めた。


 もう一度、金木犀に加えて今度はセントジョーンズワートを少量。少しだけ、せめてシツケと言う名の拷問の記憶だけでも消してあげられれば……

 そう願い、魔力を広げた。


「うわぁ、いい匂い」

「うん、それに何だか暖かい」

「気持ちいいね……」

 少女たちは金木犀の香りに包まれ、ウトウトとし始めた。


「ゆっくりおやすみ……」


 全員が眠るのを見届けた後、私たちは少女たち全員を白いシーツで包んだ。運び出す際に顔を見られない為だ。

 リリアナもしっかりとリーゼッテを包んで横抱きにしている。

 十九人と人数が多い為、他の班からも人を割いてもらい全員を騎士隊舎にある救護室へと運び終えたのは、日が落ちて当たりが暗くなってからだった。

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