クレメオの屋台
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「リリー迎えに……」
コテージの扉を開けたクラウスさんは、そこまで言うとハッと息を飲み、私の頭のてっぺんからつま先までをゆっくりと目で追った。
私達が今着ているワンピースは、デコルテが大きく開くホルターネックのマキシ丈ワンピースなのだが、三人でお揃いだとはしゃいだが、今更ながら大胆すぎたかなと思い返す。
港町の女性は皆薄着であり、沿岸騎士隊舎からここまで移動した際に見かけた女性たちも、お腹の見える服装だったり丈の短いスカートだったので、つい浮かれてしまった。
「ちょっとハメを外しすぎだったかしら?」
「い、いや。とてもよく似合っているよ……綺麗だ……」
クラウスさんはそう言うと、少し頬を赤くしながら微笑んでくれた。
おぅ…そこで照れられるとこっちまで恥ずかしくなるんですけど……。
クラウスの後ろではフレッドさんが「わぉ!」と驚き、親指を立ている。どうやら褒めてくれているようだ。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「クラウスさんはここの屋台、来たことがあるの?」
皆で屋台への道すがら、私は両脇をロジーとスノーに挟まれ、先頭を歩くクラウスさんに問いかけた。
「ああ。海を渡っての遠征では必ずここの港町へ立ち寄るからね。それに、いざ出発しようにも、海の状態次第では何日も足止めをくらってしまうこともあるから、それなりの回数は行ってるよ」
「じゃあ、美味しいお店も沢山知っているわね!」
先程のイール貝も楽しみだが、この街ならではの海鮮が楽しみだ。
今日の屋台歩きのお供は、リリアナ、ジャンク、特務部隊に加えてウドルフさんとエアさんだ。そして現地でメアリックさんとレオナード君が待っていてくれている。折角だから一緒にどうかと誘われたのだ。
フランジパニ出発に関しては明日の朝から沿岸騎士隊の詰所で話は聞けるが、ここクレメオついてもっと詳しく話を聞きたかったのでありがたくお誘いを受けることにしたのだ。
「本当はメアリック殿には合わせたくないんだがね」
こちらに到着後のメアリックさんの態度を気にしていたクラウスさんはそうは言いながらも渋々了承してくれた。
「もぉ、心が狭い男は嫌われるわよ?」
エアさんはそう言ってクラウスさんをつついている。コテージで着替えてきたのだろうその姿は、冒険者装備姿とは打って変わってシルクのシャツにパンツスタイルといった、実にシンプルな姿なのだが、高身長のエアさんにとても似合っていた。
「おーい! こっちだ!」
声の先にはメアリックさんと、レオナード君が屋台街を後ろに待ち構えていた。
もう既に私達の所にもいい香りが漂っていて、空腹を刺激する。
まだ陽は落ちていないが、西の空はあかね色に色付き始めたところだ。
「すみません。お待たせしましたか?」
「いや、俺達もさっき着いたところだ……リリー、その格好、可愛いじゃねぇか。似合ってるぞ」
メアリックさんはニカッと笑い、褒めてくれた。
「いいですか。リリーには絶対に手を出さないでくださいよ」
「お前も執拗いな。分かってるって、俺だって人のもんだと分かってれば手は出さないさ。そこまで落ちぶれちゃいねぇよ」
「貴方には全く信用がないのでね。そんなんだからいつまで経っても独身なんですよ。いい年こいて信じられませんよ」
「おぅおぅ、よぉ言ってくれるじゃねぇか。俺からしてみりゃ今まで女に興味が無いなんて、それこそ信じられなかったがな。一部では女より男の方が……なんて噂も立ったくらいだからな。でもよ、クラウス。お前、良かったな。お前がちゃんと女と向き合えるようになって俺はほっとしたよ」
二人で言い合いをしている間、喧嘩になるんじゃないかと心配した私が馬鹿だった。
メアリックさんは、きっとクラウスの過去を知ってて心配してくれていたのだろう。彼の「良かったな」は心からの声に聞こえた。
クラウスさんもそれを分かっていて「リリーだからですよ」と少し嬉しそうに言葉を返していた。
「さぁ、腹も減ったし行くぞ」
「待ってました。実はもうお腹ペコペコで……。思いっきり海で泳いだら一気にお腹が減っちゃったんです。飛びっきり美味しいお店に連れてってください!」
あまりの空腹に手を挙げながら主張すれば、周りから笑い声が飛ぶ。
「えーっ! リリー達海で泳いだの? もぅ! なんで私も誘ってくれないのよぉ」
エアさんは自分も一緒に泳ぎたかったらしく、口を尖らせた。
「あはは、ごめんなさい。コテージ入って目の前の海見ちゃったらすぐにでも飛び込みたくなっちゃって」
「分かるわぁ! 湖や川にはない海の美しさって別物だもの。あ〜ぁ、私も一緒に泳ぎたかったわ……」
「いやいやいや、何普通にレディ達の輪に入ろうとしてんだよ」
そこですかさずウドルフさんが突っ込むが、エアさんは胸を張って言い返す。
「いいじゃない別に。あんたら男共と違って私は下心ないもの、なんの問題もないわよ。ねぇ、リリー?」
いやいや、私に話を振らないでほしい。ほら、クラウスさん難しい顔してるじゃない。
私達はレオナード君のおすすめのお店へ案内してもらう間にも、話題が尽きることなく話し続けた。
ちなみに、仕事着の鎧を脱いだレオナード君の私服姿は、やはりかわいい女の子にしか見えないが、メアリックさんを目標にしている彼には口が裂けても言えないだろう。また落ち込ませては可哀想だものね。
そうこうしている内に、レオナード君の足はピタリと止まる。どうやらここがレオナード君のおすすめのお店らしい。
ここまで来る間にもずらりと屋台が立ち並んでいたが、どの屋台もほぼ同じスタイルで、カウンターに椅子が十脚ほどの、こじんまりとした屋台だ。
王都の屋台は販売のみがメインで、目の前の食事スペースで飲食をするのに対し、ここの屋台はお店ごとのカウンターで飲食するスタイルのようだ。
このスタイルは私にも馴染み深い、日本の屋台のようで、イメージするなら博多屋台のようなものだろうか。
「到着です! 良かった、まだ混んでなくて。最近できたばかりの屋台なんですけど、今若い人達に人気の屋台なんですよ!」
たくさんの屋台が間隔を空けずに立ち並ぶ中、その屋台は真新しさが一際目立っていた。
まだ早い時間帯だったのか、先客は若いカップルが一組だけで、私達は特に並ぶこともなくすんなりと座る事ができた。
「いらっしゃい! って、レオじゃないの、それに隊長さんまで。今日は随分と大人数なのね、お友達?」
この屋台の店員と見られる女性がレオナード君を見て目を見開く。親しげに、そして柔らかく笑うその女性は何となくレオナード君の雰囲気と似ているようだ。
「えっと……お知り合い?」
「知り合いというかですね、……実はここ姉の屋台なんです。身内の贔屓目もありますけど、本当に評判の良い店なんですよ!」
「え、という事はお姉さんがこのお店の店主?」
「そうさ。女店主なんて珍しがられるけど、どうしても自分の店を持ちたかったからね。小さな頃からの夢だったのさ。料理の腕には自信があるんだ。ゆっくりして行っておくれ!」
この世界では女性がお店を持つ事はほとんどない。私が知っている限りでも、女性が店主を務めているところなんて、マダム・ミンディくらい。
女性は妻として、主人を支えるのが一般的で、独身女性も家族を手伝う以外は自らが率先して働く事はないのだ。
男尊女卑とまでは言わないが、これがこの世界の標準である。それなのに、そんな常識を笑顔で覆す彼女はとても逞しく見えた。
私達はそれから数々の美味しい料理を胃袋に収めた。
レオナード君のお姉さんはレイリーさんと言い、本当に料理が上手だった。
中でも一番インパクトが強かったのは、イール貝だ。ウニのような棘に巻貝のような姿、中身はどうなっているのだろうかと気にはなっていたが、レイリーさんがサザエのようにクルリクルリと蓋を回すと、プルルン! と中身が飛び出した。
「うわ〜! 綺麗〜!」
貝の中身を見て綺麗だなんて言葉が出るとは思わなかった。きっとサザエの様なちょっと見た目のよろしくない中身が出てくると思っていたのだから。
イール貝は螺旋状のオレンジ色に輝く宝石のようだった。
レイリーさんは私達に、生で食べるのに抵抗があるかなど気を配ってくれたので、人によっては加熱処理したものと生のものと二種類のイール料理を出してくれた。
私はもちろん、生派です!
「はい、お待たせ。イール貝のつぼ焼きラーム添えとイール貝のラームジュレ乗せだよ」
白いお皿に乗せられたイール貝には、薄らと緑色をしたジュレが載せられている。
「いい匂い……レイリーさん、ラーム、って何ですか?」
「あら、貴女この辺りの人間ではないのね。ラームはね、この辺りの暖かい気候で良く育つ、爽やかな香りのする果実よ。私達はこのラームを毎日のように食べたり飲んだりしてるんだけど、どんなに暑くても絶対にバテないようにしてくれるのよ」
その言葉で私はパッとシークワーサーを思い出した。確かアレも沖縄などで、健康長寿の秘訣として知られていた。多分、そんな感じなのだろう。
「いただきます……」
フォークで掬って口に運ぶと、口に入れた瞬間にふんわりと爽やかな香りが鼻を抜ける。そして、噛めばオレンジ色の宝石は、ウニの濃厚さに加えて素材特有の甘味と、ほんの少しの苦味を口の中いっぱいに広げた。
か、感激! 美味しすぎて言葉が出ない!
「あら? やっぱり生は苦手だったかしら?」
無言で口の中の余韻に浸っていると、心配したレイリーさんがお水を準備してくれていた。
「と、とんでもない! あまりに美味しすぎて言葉を失ってました! ん〜! ホントに美味しい〜! それにラームは初めての体験だけど、爽やかな香りがとっても気に入りました!」
「それは良かった! それじゃあこっちのラームの果実酒も好きかもしれないね。飲んでみない?」
レイリーさんが取り出した瓶には、黄色味の強い黄緑色の液体が入っていた。
お酒……と聞いて、スノーが黙っているはずもなく、「さぁ、頂こう」と今まで入っていたグラスの中身を一気に煽って、グラスを傾けていた。
お陰で、スノーは終始上機嫌。またお気に入りのお酒を見つけてカパカパと瓶を空けていった。




