クレメオ メアリック沿岸騎士隊長
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「魔女様、ようこそクレメオへ! お待ちしておりました!」
私達がクレメオへ入ると、既に迎えの騎士が待ち構えていた。若く愛らしい顔をしたその騎士は、私を満面の笑みで迎えてくれた。
「こらこら、あまり仰々しくしないよう言われてないのか?」
ウドルフさんはその騎士に軽く注意を促す。
「あ、貴方様は……アズレア王国第一騎士隊隊長、フェルンバッハ隊長殿!? うわ〜本物だ! そ、それに、そちらは特務部隊の隊長、ウィンザーベルク隊長殿では!? ど、どうしましょう……ずっと憧れていて……」
迎えの騎士はウドルフさんの言葉など耳に入らないようで、キラッキラに目を輝かせながら憧憬の眼差しを送っている。
「ふふふっ。お二人共、モテモテですね!」
私が揶揄うとウドルフさんは眉を顰める。
「野郎にそんな目で見られても嬉しくねぇよ」
「え?」
「え? じゃねぇよ。どう見ても野郎だろうが。ここクレメオの騎士団には女性騎士はいないしな。これがセクシーなお姉ちゃんなら喜んだんだがなぁ」
「ははは、俺も遠慮しておくよ。俺にはリリーしかいないからね」
軽く惚気けたクラウスさんにウドルフさんは呆れ顔だ。
「リリー、もしかして彼の事……女性だと思った?」
私が正直に頷くと、迎えの騎士はガックリと首を落としてしまった。
「ご、ごめんなさい……その……随分と可愛らしかったから……」
私が正直に謝ると、その騎士は目に涙を浮かべていた。
「リリー、それ慰めになってない」
「更に傷口を抉ったぞ。リリー実はSっ気あるんじゃねぇか?」
「あぁぁ! ホントごめんなさい! 悪気はないのよ……」
私が必死に謝っていると、ウドルフさんは面白おかしく笑っている。そんなに笑うなんて、ウドルフさんもよっぽど失礼よね!?
「いいんです……よく言われるから慣れてます……」
慣れてるとは言いつつも、酷く落ち込ませてしまったことに申し訳なくなってしまった。
それから私達は迎えの騎士、レオナード君に案内されクレメオ沿岸警備隊舎へとやってきた。
「失礼致します! 王都からの客人をお連れ致しました!」
レナオード君に案内された部屋には、浅黒く日に焼けた筋骨隆々の男性が待っていた。
「おう! 久しぶりだな! 二人とも元気にしてたか?」
「ああ、俺はずっと王都に缶詰だったが、変わりなくやってるぜ」
「俺の方は逆に王都にいる事が少なかったけどそれなりに元気にしてましたよ」
三人はどうやら顔なじみで、再会を喜んでいるようだった。
「ねぇ、あの人は?」
近くにいたアニーさんにそう問いかけると、コソコソと耳打ちしてくれた。
「あの人はね、ここクレメオ沿岸騎士隊の隊長でメアリック隊長よ」
「そうそう、元は第一騎士団の副隊長だったんだけどね、その副隊長の座を今のリーヴェス副隊長に譲って、このクレメオにやってきたって話だよね」
「元々この港町の平民出身で、前の隊長が殉職した際に自らが異動願いを出したと聞いた」
アニーさんに続きフレッドさん、ガウルさんが補足してくれる。
「僕もいつかはあんな逞しい男になりたいんですよね〜。平民出身でその身一つで副隊長にまで登り詰めた男の中の男って感じで、俺の一番の憧れの上司なんです」
レオナード君はそう言って、またあのキラッキラの顔をメアリックさんに向けている。
先程ウドルフさんとクラウスさんに向けた顔といい、なんだか小動物を見ているようで微笑ましい。
レオナード君には悪いが、私にはレオナード君がメアリックさんのような筋骨隆々の男性になれるとは思わない……と言うか、こんなに可愛い顔をした筋骨隆々のレオナード君は見たくない……。
また正直に言ってしまうと傷つくだろうから「うん、ガンバって」とささやかな応援を送っておいた。
私達がこちらでコソコソと話をしていると、メアリックさんが「ところでよ……」と話題を変えたのを気に、そちらへ目線を送る。すると、バチッと目線があってしまった。
メアリックさんはスタスタと足取り軽く私たちの方へやってくると、私の手を取った。
「初めまして美しいお嬢さん、貴女のお名前を聞かせてもらってよろしいかな?」
メアリックさんはそう言って取った私の手の甲に軽く口付けを落とした。
その瞬間、ウドルフさんは「相変わらず顔と行動が似合ってねぇな!」と大笑いし、クレメオ沿岸騎士隊の騎士達からは「またか……」と呟かれ、そして一人からはピリピリと静電気が発せられた。
挨拶! ただの挨拶よ! 落ち着いてクラウスさん!
あぁ、髪が浮き上がる……海の潮風の湿気っぽさどこ行った……
「初めまして、王都よりやって参りましたリリーと申します」
私がそう言って名乗ると、メアリックさんは白い歯を覗かせた。褐色の肌に白い歯が映えて、騎士と言うよりは海の男と言った感じだ。
「そうかリリーか。俺はここの沿岸騎士隊を預かるメアリックと言うものだ。気軽にメアリックって呼んでくれ。リリーの噂はこのクレメオにも届いているぜ、魔女……なんだってな。王国の伝令から既に話は聞いてたが……こんな美しい人だとは思わなかった……」
「そんな、美しいだなんて……自分で名乗り出した訳じゃないんですけど、世間では魔女と呼ばれています」
メアリックさんは私がそう話している間にも、ずっと手を握って離してくれない。そしてあろう事か私の耳元に顔を近づけ「なぁ、リリー。この後クレメオを案内してやるよ、どうだ? 俺と二人で出かけないか?」と、囁いた。
なっ、何なの? 何これ、これってもしかして口説かれてる!? そう思った瞬間のピリリとした刺激とともにメアリックさんから引き離された。
「……いい加減にしてください。リリーが困っています」
クラウスさんが私とメアリックさんの間に割り込み、手を強引に引き剥がしたのだ。
「ん? なんだクラウス。邪魔すんなよな」
「邪魔しますよ。貴方全然変わってませんね、そのすぐに誰にでも惚れる性格。……誰かを怒らせる前に治した方が賢明ですよ」
私の前にずいっと出たクラウスさんはとても……とても冷ややかな笑顔をメアリックさんに向けている。
「ひでぇなクラウス。誰にでも惚れるわけじゃねぇぞ? こんな美人に会ったんだ、惚れない方がおかしいだろ?」
びっ、美人!?
「それにお前に文句言われる筋合いないだろ? なぁ、リリー」
「気安くそう何度もリリー、リリーと呼ばないで頂こう」
あぁ、もうクラウスさん限界ね。こちらを伺う特務のメンバーは苦笑いを向けている。ガウルさんなんかは頭を手で覆って大きなため息をついていた。
「メアリックさん、お気遣いは有難いのですがまだこちらに着いたばかりですし、みんなも疲れていると思うので宿の方に行きたいと思います。お誘い受けられなくてごめんなさい」
そう言って断ると、その様子を見ていたウドルフさんが堪えていた笑いを吹き出した。
「ブッ!! ハハハハハハ!! 振られてやがんの!」
「うるさい、振られてない!」
「馬鹿だなぁ……人のもんに手出そうとすると後で大火傷……いや、落雷にあっても知らねぇぞ?」
「なんだよ、随分と意味深だな……」
メアリックさんはウドルフさんに言われた言葉を思い返し目を見開く。
「はぁ!? 嘘だろ!? リリーはもしかして……」
「正解。あんまりしつこいと激怒するやつがいるから気をつけな」
ウドルフさんは面白可笑しそうにメアリックさんの肩を叩いていた。
『リリー、今どこ?』
不意に聞こえたのはロジーの念話だ。いつもの如く、白馬に化けたスノーを馬小屋に預ける振りをして戻ってきたらしい。
『リリー、頑張った私に後でご褒美期待しているよ』
スノーはスノーで、やたら色っぽい念話を送ってくる。後で何を要求されるのだろうか、とても心配だ。
(ちょっと待ってね。すぐに向かうからクレメオ沿岸騎士隊舎の前で待ってて)
そう念話を飛ばすと、クラウスさんに耳打ちをし、ロジーとスノーが戻ってきた事を伝えた。
「さて、そろそろ俺たちは失礼するよ。今後の詳しい話は明日話すとしよう」
「そうだな。そこの坊主、俺たちを宿屋まで案内してくれ」
ウドルフさんはレオナード君にそう言うと部屋を出て行った。それに続き私達も部屋を出ようとすると、後ろからメアリックさんの声が飛んできた。
「リリー、クラウスに愛想尽かしたらいつでも俺の所に来いよ! 待ってるか……」
その言葉の続きは、クラウスさんに乱暴に閉められた扉によって遮られた。
メアリックさん……強いわね。苦笑いをしながら不機嫌なクラウスさんの手を摂ると、大きなため息をついて苦笑いを返してきた。
「全く……いつまで経っても変わらない。あの人昔からああなんだ。よりによってリリーにあんな事……」
ブツブツと不機嫌に文句を言いながらも、クラウスさんによって優しく手を引かれ外へと出たのだった。




