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いざ出発の時

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 王都での生活も今日で終わり。そう、いよいよ次の地へ旅立つ時がやってきたのだ。

 大きく息を吸うと、冷えた空気が肺に送り込まれる。初夏とは言え、まだ日も明け切らぬ白んだ空は、心地良い冷たさを孕んでいる。


「さて、それじゃあ箱庭を片付けるわね。忘れ物はない?」

「オッケー」

 ジャンクはそう言いながら、バーニーさんに作ってもらったククリを腰の後ろに装備した。腰の後ろにはククリを収納するホルダーが斜め十字に装備されている。

 ジャンクはこの王都にいる間、主に騎士隊舎へと通いつめていた。

 何をしていたかと言えば、尊敬するガウルさんに稽古をつけてもらったり、他の騎士の皆さんに新しく作ってもらったククリの練習台になってもらったりしていた。

 元々優れた身体能力の持ち主だったジャンクだが、騎士隊での訓練のおかげか特務部隊にも引けを取らない実力を身に付けていった。


「悪い、リリアナ、俺のマント取って」

「もう! 自分で取りに来なさいよ。私は貴方の小間使いじゃないのよ?」

 プリプリと小言を言いながらもマントを渡してあげているのはリリアナだ。何だかんだ言っても結局は世話を焼いてしまうリリアナを微笑ましく思う。

 リリアナはこの王都で私の手伝いをしながら日々を過ごしていたが、時々アニーさんに第三騎士隊に連れていかれ、隊の女性騎士に愛でられる……と言う日々を過ごしていた。

 ちなみにリリアナは他の隊の騎士からも声をかけられることもあったが、第三騎士隊の女性騎士達にガッチリガードされて、ろくに会話もできない状態だったらしい。見事な過保護っぷりだ。まぁ、おかげで安心して預けられたんだけどね。

 リリアナ可愛いからなぁ……。


 二人共優秀なもので、よく近隣の魔獣退治に同行もしていた。騎士隊から頼まれる……のではなく、本人達が「体が鈍るから」と言う理由で。そのおかげで二人は騎士隊の皆から好かれとても良くしてもらっているようだ。昨晩、二人のための激励会が開かれるほどに。

 

 私は箱庭から出ると、いつものように魔力を込める。数ヶ月ぶりの魔法だが、ちゃんと箱庭を縮小させることが出来た。目の前には広い更地と、コロンと転がる箱庭が残されている。

 ライアン様の計らいで、旅から戻った後にまたここへ戻ってこれるよう、この土地は手を付けずに管理してくれるそうだ。


「さて、行きますか」

 私たち三人は貴族街から商業街へと足を運ぶ。そして時折、顔見知りになった人達が私達の旅の安全を祈ってくれた。その多くは貴族家で働くメイドや下働きの子だった。

 屋敷に飾る花々を受け取りに来るのは下働きの子達だ。本来なら貴族の買い物とは業者を屋敷に招き、業者に商品を説明させながら選んでいく……というスタイルなのだが、ミュゼではそういった販売はしていないので、よく下働きの子達が買い付けに来ていて、買い付けのお駄賃として手作りの飴玉をあげていたら懐かれてしまったのだった。

「魔女様、気を付けて行ってらしてください。みんな、魔女様のお帰りを待ってます」

 下働きの子と言えど、さすが貴族のお邸で働いているだけあって、皆礼儀正しい。

「行ってくるわね。数ヶ月で戻る予定だから、戻ってきたらまたお話しましょう」


 子供たちと別れ、少し歩いた先でまたもや呼び止められる。

「リリーちゃん!」

 振り向けば、今度は小人族のミンディさん、熊の亜人のバーニーさん、梟の亜人のクインツさんの三人が私を待ち受けていた。


「みんな! 見送りに来てくれたの?」

「えぇ、そうよ。しばらくリリーちゃんと会えなくなるのは寂しいけど、リリーちゃんの使命だものね。しっかり頑張ってくるのよ。旅の安全を祈ってるわ」

「ボウズ、魔女様をしっかり守るんだぞ。帰ってきたら俺のところに武器を持ってきな、手入れをしてやるからよ」

「ホーッホッホッ、お嬢ちゃん、南国の珍しい素材、楽しみに待っとるよ」

「「「行ってらっしゃい!」」」

 三人は私達が見えなくなるまで、ずっと見送ってくれた。「行ってらっしゃい」の言葉が胸に響く。

 戻ってきたら、ちゃんと三人には「ただいま」と伝えたいと心から思った。

 予め、クラウスさん達と集合場所を決めて、現地集合にしてある。場所はここ王都へ初めてやってきた時、一番最初に訪れた場所……騎士隊詰所だ。

 もうすぐ詰所が見えてくる頃、詰所を目指して歩いているとリリアナが「え?」と呟いた。

「どうかした?」

「う〜ん、詰所の辺りで人が口論しているみたいなんだけど……喧嘩かなぁ?」

 耳の良いリリアナはいち早くその口論を聞きつけたのだ。

「詰所で喧嘩って……何かあったんかな?」

「取り敢えず行ってみましょう」

 全く……誰かしら? 人の旅路の出鼻を挫くのは。


 野次馬をかき分け、騒がしい方向へと向かうと、なんだか聞いたことのあるような二人分の大声が聞こえてきた。

「だ〜か〜らぁ〜! アタシも一緒に行くって言ってんでしょうが!」

「何を馬鹿なことを言ってるんだ! これは遊びじゃないんだぞ! 危険すぎる!」

「分かってるわよ! アタシだって元は冒険者よ! それくらい承知してるわよ!」

「例え元S級の冒険者でもその片足では足でまといになるだけだ!」

「言ってくれるじゃないの! でもね、ご愁傷さま! こんなこともあろうかと大金払ってバーニーに戦闘用の義足作ってもらったわよ。オーッホッホッホ! 高いだけあってビックリするくらいアタシの足に馴染んでるわ」


 ……口論の出処はご察しの通り、エアさんだ。

「エアさん……何やってるんですか」

 呆れ半分に声をかけると、パッと表情を変え、私の元へ駆け寄ってきた。

「や〜っと来たわね、リリー。待ってたわよ」

 如何にも待ち合わせしてました! みたいに声をかけるエアさんに苦笑いを向ける。その姿は紛れもなく冒険者の格好をしたエアさんだ。背中には大太刀ならぬ、巨大なフォークとナイフが縦に二本装備されている。


「うふふっ。気になる? アタシの獲物」

 エアさんは背中からナイフとフォークをスラリと引き抜く。白銀色のナイフとフォークは曇りがなく、日頃からよく手入れされているのが伺える。

 冒険者を引退しても、愛用の武器は大事にしていたのだろう。


「気にはなりますけど……私はここになぜエアさんがいるのか。の方が気になります」

 素直に思ったことを口にすれば、今度はエアさんの口論相手、フェルンバッハ隊長がここぞとばかりに口を開いた。


「リリー殿! もっと言ってやってくれ! コイツ、俺たちに着いてくるって言ってるんだ。俺たちが偽女神の調査を殿下から仰せつかったと聞くや否や同行するって聞かなくてなぁ。確かにコイツは元S級冒険者だが、はっきり言って足でまといなんだ。エアには悪いが足のこともあるからな……」

「だから足のことは気にしなくてもいいって言ってるでしょうが」

 せっかく治まりつつあった口論がまた勃発しそうだったので、すぐ様間に入り、エアさんの話を聞いてみることにした。フェルンバッハ隊長には悪いが、すこし離れたところにいてもらおう。


「それで……エアさん、これは一体?」

「アタシね、足を失ったのは女神の領域を犯した罰だと思ってた……だから素直に罰を受けたのよ。自業自得だってね。でも……違った。アレは女神ではない、女神の名を語った化け物だった。そう思ったら居てもたってもいられなくてね。もう足は戻ってこないけど、一発くらいやり返したいじゃない! それに、もしかしたらアタシの他にも被害者が居そうだし、その人達の為にも力になりたかったのよ。アタシ、こんなんでも腕には自信あるのよ? ウドルフがさっき言ってたように元だけどS級冒険者だったんだから。まぁ、あっさりウドルフに却下されちゃったけどね」

 エアさんは正直に自分の気持ちを話してくれた。わがままだって自分で分かっていても、どうしても同行したいとエアさんは言う。


 気持ちは分からなくもない。だから私は一つの提案をしてみた。フェルンバッハ隊に同行できないのなら……「エアさん。だったら私に同行しませんか?」と。


 クラウスさんとディランさんからは事前にこの旅の作戦を聞かされていた。

 まず一つ。私の旅に、クラウスさん率いる特務隊が同行すること。そこは予想内。


 二つ目は私達が向うフランジパニにフェルンバッハ隊長が率いる小隊も同行すること。

 これにはちゃんと訳があって、スノーの偽女神の情報をライアン様に報告したところ、やはり調査隊が編成されることとなった。そこで、丁度同じ方向へ行く私達に同行することとなったのだ。

 普段は王都を護る第一騎士隊であるフェルンバッハ隊長だが、スノーの報告から予想する化け物は並の騎士では手に負えないと判断し、騎士隊の中でもフェルンバッハ隊長を初めとした特に優秀な騎士が調査隊として編成された。

 本来なら特務部隊の仕事なのだが、クラウス隊は私から離れないようにとのライアン様からの命令が出ているので、討伐を目的としたフェルンバッハ隊が新たに作られたのだった。


 そして、三つ目。ここからが大事だ。

 偽女神の調査には……恐らく私も同行することになる。スノーの話とエアさんの話を聞くに、余程の大物と想定することが出来る。……という事は、間違いなくその周囲では特濃の魔素が漂っていることだろう。

 魔素の浄化。私のこの世界での役割だ。誰がなんと言おうとこれだけは譲れない。と言うか他の人には出来ないからね。 

 フェルンバッハ隊長は私の魔素浄化の旅の事は伝わってあるので、何も言わずとも私の行動は理解してくれるだろう。


「んもう! リリーってばなんてイイコなの! ウドルフ、という事でアタシはリリーのお供として付いていくから! これならアナタに文句を言われる筋合いは無いわよね?」

 エアさんは私をギューっと抱きしめフェルンバッハ隊長にそう言い切った。

「リリー殿……勘弁してくれ……甘やかしすぎだ」

「まぁまぁ。いいじゃないですか。私のところはディランさんが王都に残ることになって一人分の空席がありますからね。私としては代わりにエアさんに仲間に入ってもらえれば心強いです」


 そう、今回の旅にディランさんは付いてこない。と言うか、ライアン様の第一秘書官ともあろう人がライアン様の傍を離れることなど滅多にないのだ。

 前回は「私」と言う正体不明の魔女を見極める為に特別に王都を離れただけだったのだ。

 

 箱庭の部屋も空いているし、うん。何も問題ないはずだ。そう思っていると、何故か空気がピリピリと肌に刺さる感覚を覚える。

 あっ。

 振り向かずとも分かる。私はそっとエアさんのハグから抜け出し、ご機嫌斜めな彼を苦笑いで迎えた。


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