一人の男として
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全く……何でこの人はいつも前触れなしに来るのかしら?
今日もまた相変わらず貴族風の変装をして、正体を隠しながらヴェロニカと談笑している。コロコロと笑うヴェロニカはとても可愛らしかった。
「まぁ! それではライ様は国王陛下、王妃殿下とお会いしたことがあるのですね」
「まぁね。陛下はそれはそれは豪快な方で、妃殿下は少々お茶目な所がある方だよ。そして何より可愛いものが大好きでいらっしゃる。お二人共臣下にも気安く接してくださる良いお方なんだ。だからヴェロニカ嬢も肩の力を抜いてデビュタントを楽しむといいよ」
「ライ様……はい、ありがとうございます」
ヴェロニカはライアン様の気遣いに頬を赤くし、どこか熱っぽくライアン様を見つめている。
……とんだ茶番だわ。ライアン様は一体何を考えているのだろう。ヴェロニカが社交界デビューすれば、ライアン様の正体などすぐに分かってしまうのに。
この秘密のお茶会を黙認しているクラウスさんもディランさんも何も言わないという事は、きっと何か考えあってのことなのだろうけど……。
一回きりだろうと思っていたこの茶会は、もう既に何回も開かれている。
一番初めに言っていた「王太子としての自分を知らない女性と話をしてみたい」との言葉を信じるのであれば、不定期的に開かれていたこの茶会も、もう開くことはないだろう。ヴェロニカがデビュタントを迎えれば、ライ様は王太子ライアン様としてヴェロニカの前に姿を見せることとなるのだから。
その時、ヴェロニカはどう反応するのだろう。末端貴族の一員だと信じていたライ様が、実はこの国の王太子殿下だと知れば、驚くことは間違いないだろうけど、同時にひどく恐縮してしまいそうだ。
「……でね、実はリリーに話しておきたいことがあって今日は来たんだ。でも、まさかヴェロニカ嬢までいるとは思わなかったんだけど、この際丁度いいから予定を変更してリリーにはここから先のことを見届けてもらおうかな」
ん? 一人で悶々と考え事をしていたが、ライアン様のその一言で現実に帰ってくる。
「え?」
何をしでかす気なのか訝しげにライアン様を見ると、ライアン様はふわりと微笑んでヴェロニカの手に自身の手を重ねた。
「えっ!?」
突然の事でヴェロニカも完全に固まっている。
「ちょ、ちょっと!」
私が抗議の声を上げるが、ライアン様は表情を変えずヴェロニカを見つめる。
「ヴェロニカ嬢、僕の……婚約者になっては頂けないだろうか」
ライアン様が発した言葉はこの場にいる私達を完全に硬直させた。
コンヤクシャ……って……なんだっけ。婚約……婚姻……結婚? 結婚!? いきなりの爆弾発言に私の脳内は慌ただしく色んな言葉が駆け巡ったが、出てきた言葉は「はぁっ!?」の一言だった。
ヴェロニカを見れば、未だ言葉を発せず硬直している。
「リリアナ!! ヴェロニカを!!」
私はリリアナにヴェロニカを任せ、ライアン様の耳を引っ張りローズガーデンから引きずり出した。
「い、痛いよリリー」
「一体何を考えているんですか! 揶揄うのにも程があります! 今回ばかりは冗談がすぎます! ヴェロニカを傷つける気ですか! いくらなんでも今回ばかりは許しませんよ!!」
気付けば私は肩で息をしながらライアン様に怒鳴りつけていた。
普段おちゃらけてはいるが、こんな冗談を言う人だとは思っていなかった。正直見損なってしまった。
「ちょ、ちょっと待ってよ。リリー、待ってってば」
「問答無用!」
「いや! ホントに真剣なんだってば!」
「十五歳の少女捕まえて何が婚約者になってくれよ! 貴方クラウスさんと同い年でしょ! 二十八にもなってロリコンですか!! ヴェロニカはまだ少女でしょ!」
「ロ、ロリコン? ロリコンの意味は分からないが、十五歳は立派な女性だよ? 俺は真剣なんだよ! 何も直ぐに結婚しようだなんて訳じゃないよ。頼むから落ち着いて話を聞いてくれ」
ライアン様の耳を引っ張りギャーギャー言い合っていると、そこへ慌てた様子のクラウスさんが私たちの元へ駆けつけた。
「お、遅かったか……」
その一言で私はまたライアン様の勝手の行動だったのだと悟る。
「クラウスさん! クラウスさんからも! 言って!」
私は頭に血が上って言葉が上手く紡げないでいた。
「リリー、すまない。さぁ、落ち着こう。ほら、深呼吸して」
クラウスさんは困った顔をしながら私の背中を撫でる。まるで暴れ馬を宥めるようにゆっくりと、優しく。
ライアン様はその様子を同じく困ったように離れた場所で見ている。
「クラウスさん、知ってたんですか?」
興奮冷めやらぬ私はクラウスさんにも食ってかかるように質問した。
「リリー、落ち着いて聞いてくれ。いいかい? ライアンとヴェロニカの婚約の事はしばらく前にライアンから聞かされていた。既にヴェロニカの父、ブローディア伯爵には話を通している。ライアンは本気なんだ。おそらくリリーが気にしているのは年齢の事もあるだろう。前にリリーの故郷では成人は二十歳と言っていたからね。でも、この世界で婚約を結ぶのに年齢は関係ないんだよ。生まれたばかりで既に婚約を結んでいる赤子もいるくらいだからね。何も直ぐに二人が結婚すると言う訳じゃないんだ。ライアンもあんなんでも王族だからね、結婚にはまだまだ長い時間がかかるだろう。あくまでも婚約だ、将来の約束だ」
クラウスさんはそこまで言うと、ふぅ。と息をついた。
「ほ、本気なの?」
「だからそう言ってるのに……」
ライアン様は心の底からの言葉のように眉尻を提げた。
「だ、だって! ライアン様がいつもふざけるから!」
「確かに。そこはライアンが悪い」
そうよ! まるでオオカミ少年だわ! 今度オオカミ少年の話で説教してやる!
「ブ、ブローディア伯爵様は何と!?」
「そりゃあ、王族からの婚約の話だからね。伯爵は喜んでいたよ」
「で、でも! ヴェロニカはライアン様の正体知らないでしょ? 正体隠してプロポーズだなんて!」
「俺はさ、王太子としての身分に寄ってくる令嬢達はうんざりと言っていいほど見てきたんだ。だから、俺を俺として見てくれる女性と一緒になりたいんだ。王族として生まれたからには結婚など政略の一つとして諦めてたけど……君達を見ていて少し、羨ましく思うようになっていた。幸せそうな君たちを見てね。そう思っていたタイミングでヴェロニカ嬢と出会って、彼女の素直な心に惹かれてね。勿論、俺が王族だからと言ってヴェロニカ嬢の気持ちを差し置いて無理矢理婚姻を結ぼうだなんて考えていない。全てはヴェロニカ嬢の心のままに、どんな結果でも受け入れるつもりだよ」
……何よ……めちゃくちゃ本気じゃないの! ただの冗談だと思って怒り狂った私、馬鹿みたいじゃない!
「でも、自分の身分はいつ明かす気でいたの?」
「あはは、問題はそこなんだよね〜」
……こいつ、やっぱり何も考えてないんじゃ。
「ああっ、リリーの目が突き刺さるようだ」
カラカラと笑うライアン様にクラウスさんも白い目を向けている。はぁ……ホントやってらんないわ。
ライアン様が本気で、ヴェロニカにもその気があるなら私がどうこう言う資格はない。全ては本人たち次第だ。ヴェロニカ、どうするんだろう。
「全く、こんなのがこの国の王太子殿下だなんてホント信じられないわ!」
ついアホらしくなって大きな声でそう言い放つと、後ろから「えっ!?」と声がした。
う、嘘……恐る恐る、後ろを振り向いてみると、そこにはリリアナに付き添われたヴェロニカが、顔を青くして立っていた。
「ヴェロニカ! い、いつの間に……」
最悪だ。私がバラしてしまったのも同然だ。
「ち、違うの! ヴェロニカ、い、今のは、えっと……」
必死に言い訳を探していると、スっとライアン様が前に出る。
「リリー、いいんだ。俺の言葉で伝えさせて」
ライアン様はそう言うと、ヴェロニカの前まで行き片膝を着いた。
「ヴェロニカ嬢。今まで黙っていて申し訳なかった。私は……ライアン・ベルナルド・アズレア。この名が意味することは聡い君は理解しているね」
「お、王太子……殿下……」
ヴェロニカはガクガクと足を震わせている。私たちはその様子を見守ることしか出来ない。
「正体を隠した事、許して欲しい。俺は、王太子としてでは無く、一人の男として誰かに認めて貰いたかったんだ。俺の妻となる人には王太子の俺も、一人の男としての俺も、どちらも認めてくれる人がいい」
そこからライアン様は長々と愛の言葉をヴェロニカにぶつけた。もう、聞いているこっちが恥ずかしくなるくらいキザな言葉を。
「俺の求婚を受けてくれれば、きっと君には大きな負担が伸し掛るだろう。それでもその負担を分かち合えるように努力すると誓おう。返事はゆっくりと考えてくれて良い。考えがまとまったら、君の素直な気持ちを聞かせてくれ」
ライアン様はそう言うとクラウスさんを連れ、静かに箱庭から出ていった。
残された私たちはそれはそれは大変だった。気を失いそうなヴェロニカを家で落ち着かせ必死になだめ、とにかく思いを吐き出させた。黙っていた私たちにも泣きながら八つ当たりをされたが、とにかく全てを吐き出させた。
しばらして落ち着きを取り戻したヴェロニカは、クラウスさんが知らせてくれたのだろう、ヴェロニカのお兄様が迎えに来て下さって、ブローディア家のタウンハウスへと帰っていった。
一体この先どうなる事やら。私とリリアナは深いため息を同時に吐いたのだった。




