ハーブの女王
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そしてまたある日……。
「リリー、どうしよう!」
そう言って我が家へ飛び込んできたのは、いつもの華美なドレスではなく、簡素なドレスを見に纏ったヴェロニカだった。
お茶会に来る時は必ず豪華なドレスを纏いやってくるのだが、今日のヴェロニカは浅い海と深い海を繋ぐような見事なグラデーションのロングドレスに身を包んでいた。裾に向かうにつれ濃くなっていく青がエレガントで、ハイウエストで引き絞ったリボンがヴェロニカの豊満な体を引き立たせている。
……ホントに十五か、この子……。そうそう、先日めでたく誕生日を迎えたヴェロニカは、十五歳となった。
社交界デビューを迎えていないヴェロニカは、身内だけのパーティーを開いて大いに祝ってもらった。
身内だけと言っても王都のタウンハウスには三十人ほど人が訪れ、盛大に開かれた。
これで社交界デビューをしたら、どれだけの人が集まるのやら。きっと様々なご令嬢や子息がお呼ばれするのだろう。ブローディア伯爵様はお顔が広そうだからなぁ。
で、そこに漏れなく私もお呼ばれをして、初めての貴族のパーティーを体験したのだが、粗相をしないように気を張る事で、ひとつも楽しめなかったのが事実。
そのヴェロニカが、懇願するように私の両手を握り泣きそうな顔を向けてきた。
「もぅ、どうしたの? そんな泣きそうな顔しちゃって。ほら、話なら聞いてあげるからまずは落ち着いて」
落ち着きのないヴェロニカをリビングへと連れてきてソファに座らせると、落ち着くようにカモミールティーを入れてあげた。
「で? どうしたの?」
「リリー、わたくし……デビュタント、行きたくありませんわ」
そう言って大きなため息を吐くと俯いてしまった。
デビュタントは貴族女性が必ず通る道。日本で言う成人式みたいなものだろうか。一人前の貴族女性として認めてもらう儀式のようなものだ。
「あら、ヴェロニカってばあんなに楽しみにしていたデビュタントなのに、どうしたの? せっかくあんな綺麗なドレスも用意したのに」
少し前まであんなに目をキラキラさせて楽しみにしていたのにどうしたのだろう。
衣装合わせの際、意見を聞かせて欲しいと言われ、ヴェロニカのタウンハウスで見せてもらった裾がふんわりと広がったプリンセスラインの純白のドレスはそれはそれは見事なものだった。
デビュタントでは純白のドレス、同じく純白の肘上までのオペラグローブ、そして靴を身につけるのが掟だ。
社交界に馴染みのない私にとって、そのドレスはまるでウェディングドレスの様だった。
「それが、デビュタントの日に近づくにつれて段々と自信が無くなってしまって。もう、毎日が酷く憂鬱で……」
ヴェロニカは「はぁ〜」と、らしからぬ大きな溜息を吐き、頬杖をついてしまった。
今のこの姿……アルベルトさんが見たらきっと「お嬢様!」とお叱りになるだろうな、などとヴェロニカの様子を伺っていると、少し気になる事が。
「ねぇ、ヴェロニカ、もしかして体調悪い? 顔色が良くないようだけど」
ヴェロニカの陶器のような綺麗な白い肌は、どこか青ざめたような、健康的とは言えない顔色をしていた。いつものような薔薇色の頬も真っ白だ。
「あ。え、えっと……」
私に指摘されて、思い当たることがあるのか、モジモジととても言いづらそうにしている。
「どこか調子が悪いなら相談に乗るわよ。話してみない?」
そう促すと、モジモジしながら「あの、その、ツキモノが……」と口を開いた。
ツキモノ……あぁ! 生理痛か!
「そっか、それは辛いわよね。きっと今憂鬱な気分になってるのは、そのせいもあるのかもしれないわね」
女性特有のこの悩みは仕方がないことだが、痛いのって我慢できないものね。個人差もあるが、全く痛みのない人もいるし……私もキツい方だから、痛みのこない人が妬ましくて仕方がない。
さぁ、そんな時は。
「ヴェロニカ、ちょっと二階のお部屋にいらっしゃい。私も毎月酷いんだけど、そんな時はハーブのカイロをするといいのよ。少しだけど痛みを和らげる事ができるわ」
そう言ってヴェロニカを二階の私の部屋まで連れてきた。
ヴェロニカにはベッドに横になっててもらい、準備をしたカイロを服の上からお腹に乗せた。
本当はドレスではなく、ゆったりとした服を来てリラックスしてもらえればいいのだが、貴族女性の矜恃を捨てる訳にはいかないだろう。
さすがに今日はコルセットを締めていないようで、体調が悪かったから簡素なドレスだったようだ。
しばらく温めてあげると「温かい……」と言葉を零し、カイロの温かさに強ばった顔が解けていた。
「このカイロにはね、よもぎって言うハーブを使っているのよ。よもぎは別名ハーブの女王とも呼ばれていて、婦人科系疾患によく効くとされているの。私の故郷で馴染みの深いハーブなのよ」
よもぎは食べても美味しいし、薬湯として浸かって良し、お灸として燃やして良しの万能なハーブなのだ。
今ヴェロニカのお腹に乗っているのは、乾燥させたよもぎと乾燥させた柑橘系の皮を布の袋に入れ、それを魔法で温めてた物だ。よもぎには体を温める効果があるので、お腹の痛みに優しく効いてくれるはず。
そうして二十分ほど経っただろうか。
「す、凄い。本当に痛みが引いているようですわ」
ヴェロニカは痛みからの解放で、晴れ晴れとした顔をしていた。
「もし、もっと酷い場合はお灸をしてあげるから言ってね。どぉ? 気分の方も落ち着いた?」
「ええ。随分とマシになったようですわ。これはこの国の女性全てに広めなければなりませんわね」
ふふふっ、と笑ったヴェロニカはいつもの薔薇色の頬を取り戻していた。
痛みは人の心も弱くする。憂鬱と言う言葉を通り越し、本当に鬱状態にもなり得るのだ。
「さて、気分も良くなった事でしょうし、いつものお茶会していく?」
そうヴェロニカに提案すれば、顔を綻ばせて優雅に頷いた。
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「……でね、クラウスお兄様のお母様に付き添い人として同行していただくことになったのよ」
「なるほどね〜。親族の女性に付き添われ、一緒に国王陛下、王妃様へご挨拶するのがデビュタントなのね。それは緊張しても仕方がないわ」
「ヴェロニカ様も緊張する事があるんですね」
「勿論ですわ。デビュタントは一人の貴族女性として社交界への参加を認めてもらう一世一代のイベントですもの」
いつものお茶会にいつものメンバー。そこにはリリアナも参加している。
初めは遠慮気味だったリリアナも、ちょっと強引なヴェロニカにグイグイと引っ張られ、今ではすっかり仲良しだ。
まぁ、お茶会と言っても貴族女性の嗜みのお茶会ではなく、女子会って感じだけどね。
「あら?」
ヴェロニカと談笑していたリリアナが長い耳をピクリと動かす。
「ん、どうかした?」
「リリー、お客様だわ」
リリアナは一言そう言うと自分の茶器をサッと片付け、静かに席を立った。
どうやらリリアナは自分が席を一緒にすべきではないと察知し席を立ったのだろう。
という事は……。
「やぁ、お嬢さん方。僕もご一緒してもいいかな?」
そう言って顔を覗かせたのはライアン殿下改め、ライ様だった。




