女神?
女神様って実は怖い存在なんだ……などと思っていると、静かに話を聞いていたスノーが「ちょっといいか」と私たちの話に入ってきた。
「あら、アタシに興味があるのかしら」
「その女神……どんな姿をしていた?」
「あら、アタシじゃなくて女神様なの? 残念」
「おい」
「はいはい。女神様はね、上半身は美しい美女で下半身が巨大な蛇の姿をしていらしたわ」
「蛇? ドラゴンではなくてか?」
「ドラ……ゴン? いいえ、見間違うはずがないわ。アレは蛇だったわ。それに背中に翼のようなものもあったわね」
「翼? 翼……翼か……」
なんだかエアさんとスノーのデルピュネに関する認識が噛み合ってないような気がする。
黙りこくって考え込むスノーをエアさんがじっと見つめている。
「あんた、おそらくそいつはデルピュネでは無い。デルピュネの名を騙った別の化け物だ」
「えっ!?」
「あんた言ったよな。下半身が蛇で背中に翼が生えていると。そんな化け物はただ一つ、エキドナだ。その聖域とやらが本当にデルピュネのものであるのなら、何らかの事情によってエキドナに奪われた可能性もある。もしくはデルピュネの聖域だと思っていた場所が、初めからエキドナの生息地だった……とかな」
「あぁ。そう言うのあるよね〜。神様だと思って信仰していた相手がただの化け物だったとか。それで、その化け物に毎年貢物をするとか。……最悪、生贄と称して若い娘を差し出したりね」
スノーの言葉にロジーもうんうんと頷きながら言葉を返した。
エアさんはスノーから告げられた真実に頭が追いつかないようだ。
「ちょ、ちょっと待ってよ。アナタ、なんでそんな事が分かるの? 実物を見たことがある訳?」
「まぁ、ちょっとな」
スノーは神獣だ。おそらくどちらも知っているのだろう。しかし、スノーの正体をこんなに人がいっぱいいる場所で明かす訳にはいかない。
言葉を濁したスノーをエアさんがじっと見つめている。
「ねぇ、もしそれが本当にエキドナって言う化け物ならこのまま放っておくの、マズくない?」
スノーが正しければ、エアさんを襲った偽女神エキドナは、その地域で女神として崇められている。
さっきロジーが言ったように、生贄なんて間違った風習がなければいいのだが……。
「確かに……スノー殿の情報は殿下にもお伝えして指示を仰ごう。エアネスト、詳しい場所を教えてくれ……エアネスト?」
クラウスさんが詳しい場所を聞くと、エアさんはどこか心ここに在らずな様子で、考え事をしているようだった。
それもそのはず、自分が女神の領域を侵した罪で受けた罰だと思っていたのが、実はただの化け物にやられただけだと知ったら……。女神への償いとして受け入れた罰が何の意味も無いものだと知ったエアさんの心を思うと痛ましくて仕方がない。
「ああ、ごめんなさい。ちょっと……気持ちの整理がつかなくて……リリーもごめんなさいね。折角こうして来てくれたのにこんな雰囲気になっちゃって……」
「そんな! エアさんが動揺するのも無理ないです。ありふれた言葉ですけど、私に出来ることがあれば何でも言ってください。力になれることがあれば協力しますから」
「ふふふっ、ありがとね。その言葉だけで救いになるわ」
そこからエアさんは私達に詳しい経緯を教えてくれた。
場所は何と、後々向かうであろうフランジパニ周辺の無人島だそうだ。
フランジパニ諸島は大小様々な島が集まってできている。その中でも特に大きな島をフランジパニ島と呼んでいる。
エアさん曰く、エキドナがいた島は【セラダイン島】と呼ばれる美しい花々に囲まれた島だそうだ。
そんな美しい島に恐ろしい化け物がいるだなんて……。
フランジパニと聞いて、パッと二人の顔が浮かび上がる。イーヴォさんやヴィムさんは大丈夫だろうか。その島と近かったらどうしようかなどと考えてしまう。
「リリー、大丈夫だよ。もしそんな化け物がフランジパニ島の近くにいたとすれば、あの二人はきっと感謝祭になんて来れていないはずだから」
私の考えを読んだかのようなロジーの言葉にほっとする。
「あら、リリーってばもしかしてフランジパニに知り合いでもいる?」
「ええ。去年、ブローディアの感謝祭で知り合った親子がフランジパニ出身で……」
「そう……それは心配ね。でも、セラダイン島はフランジパニ島に隣接しているわけじゃないし、深い海に阻まれているから大丈夫なはずよ。それにこんな大事、国が知ったからにはきっと特務が動くはずよ? ね、クラウス」
パチンとウインクを飛ばされたクラウスさんが強く頷く。
「ああ。事態は深刻そうだ。必ず派遣されるだろう」
そっか。いつになるか分からないが、しばらくの間クラウスさんとは離れ離れになるかもしれないのね。
特務部隊が派遣されるとなると、隊長であるクラウスさんはもちろんの事、精鋭と呼ばれているフレッドさん、アニーさん、ガウルさんも派遣されるだろう。
寂しい……など、思っている場合ではないことは分かっている。本来、こうして私と一緒にいるのは特務部隊としての仕事ではないのだから。
「リリー?」
気遣わしげに発せられたクラウスさんの言葉にハッとなる。
「ごめんなさい。なんでもないわ」
肩に触れられたクラウスさんの手に自らの手を重ね、緩く微笑んだ。
「んま! 見せつけてくれるわねぇ。一体リリーはどうやってこの堅物の心を動かしたのかしら? 是非教えてもらいたいわぁ。そのテクニックさえあればイケメンの一人二人はアタシの虜にできると思わない?」
エアさんの底抜けの明るさに思わず吹き出してしまう。おかげでモヤモヤとした気持ちがスーッと引いていく。
「ふふふっ。だったら今度私の庭に遊びにいらしてください。自慢のお庭でお茶会しましょう。珍しいハーブも栽培しているのできっと気に入って貰えますよ」
その言葉に顔を破顔させたエアさんは私の両手を握り、ブンブンと降って喜びを顕にした。
エアさんとはきっと仲良くなれるだろう。
その後、ハーブを使った料理をメインに講習を行い、厨房をあとにしたのだった。




