珍獣
忙しすぎて二週間も空いてしまいました。お待たせしてすいません。
こちらのお話も王都で過ごす間の小話です。
王都での暮らしも落ち着いてきた頃。
「……今何と?」
「だーかーらー、リリーに王宮の料理人達の講師を務めて欲しいんだって。あと、庭師の相談役も」
いつもの様にローズガーデンでサボ……息抜きに来たライアン様とアフタヌーンティーを楽しんでいるときだった。
ライアン様はお茶のお供として出したクッキーを指でつまみ、じっとクッキーを見つめている。
今日のクッキーはコーンフラワー(トウモロコシの粉ではなく、コーンフラワーというハーブ)を使用したアイスボックスクッキーだ。クッキーが焼き上がる少し前に、表面にコーンフラワーの花弁を卵白で貼り付け二度焼きしたものだ。小さな青い花弁が色鮮やかで見目の良い出来栄えとなった。
「王宮の料理人って……そんな立派な職業の方に私なんかの庶民派お菓子教えられるわけないじゃないですか。普段、晩餐のフルコースとか作ってる方ですよね? 無理無理無理無理! そんな恐れ多い……」
「いやさ、リリーいつも手土産持たせてくれるじゃん? それを料理長にお裾分けしたらすっごい喜んじゃって、是非紹介してくれって言われたんだよね」
確かにいつもライアン様が帰る時には新しく作ったスイーツを手土産として渡してあるが、それがこんな事になろうとは思ってもみなかった。
「いや、でも……」
「その料理長さ、元はグルメハンターやってて、珍しい食材を探すため世界を旅する冒険者だったんだよね。今は現役を引退して料理長をしてるけど、王宮で働いてるからってそんな萎縮しなくていいよ」
グルメハンター……前にディランさんから教えてもらったことがある。この国の冒険者には色んなハンターがいて、植物系の素材を専門に集めるプラントハンターや、同じく魔獣系の素材を集めるビーストハンター、鉱物素材を専門とするミネラルハンター、そして希少な食材を集めるグルメハンターなど、様々なハンターがいると教わったのだ。
「ん〜、でも、王宮ってそれなりの身分の方しか入れないんじゃ……」
「そういう事なら大丈夫! ちゃんと陛下にも許可取ってあるからね。リリーは忘れてるかもしれないけど前にも言った通り、リリーは王国にとって最重要人物で僕なんかよりず〜っと高い地位にいるんだよ」
「えぇ……」
一国の王太子より高い地位ってどんだけよ。
「頼むよ〜。しばらくしたらリリー旅に出るじゃん? そうしたら僕のスイーツは誰が作ってくれるのさ」
……こっちが本命か。私が旅に出ている間、料理長に作らせようって魂胆ね。
「はぁ……。分かりましたよ。その料理長さんとお会いして、私がいない間のライアン様のお茶菓子を作って貰えるようにお教えすればいいんでしょ?」
「さっすがリリー。そういう事! んで、ついでに王宮の庭園にハーブ園とローズガーデンを作って欲しいな〜って」
「ついでにしちゃ大事ですけど……分かりました、自由に過ごさせて頂いているお礼として、そのお話引き受けました。なんだかんだ言って奴隷狩りにあった子供たちの時もお世話になってますしね」
こうして数日後、ライアン様からの無茶振りを遂行することとなった。
王宮に出向くまではスイーツ作りに必要な材料をまとめたり、ローズガーデンを造るのに必要な苗等を準備していた。
まかり間違って魔力持ちの苗なんて混じってたら大変だものね。
「えっと……確か王妃様は青い花が好きだとライアン様が言っていたわね」
ローズガーデンを作るにあたって、ライアン様からこっそり王妃様の好みの色合いを聞いておいた。
ローズガーデンが出来上がれば一番利用するのは王族の方であろうから、王妃様の好みの色合いのローズガーデンを造ろうと考えている。まだお会いしたことはないけど、喜んでもらいたいものね。
まぁ、そもそも本当に綺麗な青い薔薇なんて存在しない。青い薔薇の花言葉が【不可能】と付けられるほど。
私が知る中で【青龍】や【ブルーヘブン】などのブルーローズは存在するが、限りなく薄い青だ。
難しい話をすると、薔薇には青色を生み出すデルフィニジンと言う物質を蓄積できない性質を持っている為だ。
デルフィニジンを蓄積できない花は他にも百合やカーネーション、菊などだ。言われてみれば青い百合もカーネーションも菊も無いわよね?
「それなのにねぇ……」
目の前には気品溢れる深藍の薔薇、空をそのまま映したかのような晴れ渡る空色の薔薇、儚さの中にも芯の強さが見え隠れする青白磁の薔薇など、様々な薔薇が咲き誇っている。
「薔薇の育種家もビックリよね……」
まぁ、細かいことは気にしちゃこの世界でやっていけないわよね。
頭の中でどの薔薇をどのように配置するかを思い描き、必要な薔薇の苗を選んでいく。ブルーローズの他に白と紫も取り入れ一体感のあるように心掛けた。
そして数日後、いよいよ王宮へ向かう日がやってきて、私は迎えの馬車に乗り王宮の門をくぐり抜けた。
「緊張してる?」
「そ、そりゃあもちろん……」
迎えの馬車にはクラウスさんが乗っていて、一緒に王宮へ行ってくれるそうだ。
そして、今回は珍しく興味を示したロジーとスノーが一緒に着いてきてくれている。
そもそも私一人で登城するなんてハードルが高すぎるのでとても助かった。
「そんなに緊張せずとも大丈夫だよ。その格好でいれば余計な人からは興味を持たれずに過ごすことができるしね」
その格好……クラウスさんがそう言うのは、私の身につけている服だ。黒いシックなワンピースにスカート部分が隠れる程の真っ白なエプロン。そして頭には同じく真っ白なキャップ。いわゆるメイド服、お仕着せだ。
メイド服と言うと、どうしてもコスプレを思い出してしまうが、私が身に付けているコレは実用性抜群の本物のお仕着せだ。袖は無駄にヒラヒラせず、キャップもカチューシャの様ないい加減なものではなく、まとめた髪を包み込んで髪の毛を落とさない様なしっかりとした物。
実用性を重視した無駄のないお仕着せなのに、地味……とは言い難い。きっといい生地を使っているのだろう、お仕着せなのにそれなりの高級感がある。それはきっと勤める先が王宮だからなのだろう。
「ここまで準備してもらって逆に申し訳ないわね」
「いや。ライアンのわがままで始まった事だ。気に病むことではないよ。それに【魔女リリー】が王宮に来ていると知れ渡れば余計な貴族が首を突っ込んで来かねないからな。面倒事を避ける為にもその姿で過ごしてもらいたいんだ」
うん。余計な面倒事……御免被りたいものね。
「そう言えばクラウスさんは料理長さんとお会いしたことってある? どんな人なんだろう……」
「もちろん。とっても気さくでいい人だよ。ただ……」
ん? ただ?……
「なんと言ったらいいか……珍、獣?」
「えっ!?」
「いや、ものの例えだけどね。いい人なんだけど変わってるって言うか……」
料理長に対する上手い例えが見つからないようで、クラウスさんは「う〜ん」と唸ってしまった。
クラウスさんに珍獣だなんていわれるなんて……一体どんな人なのだろうか。滅多に来ることの無いだろう城の雰囲気を楽しむことなく、不安を募らるばかりだった。
しばらくクラウスさんに案内されるまま、ロジーとスノーを引き連れ王宮の廊下をひたすら歩く。
(広いわねぇ……)
『まるで迷宮のようだな』
『リリーなんてはぐれたらきっと迷子になるだろうね』
(やめてよ、ホントにそうなりそうじゃない)
すれ違いざま、色々な人がクラウスさんに頭を下げていく。時には立ち止まり、軽く話しをする人もいたが、チラチラとこちらを気にしながらも、特に突っ込まれることなく去っていった。
一メイドが特務部隊隊長とヘラヘラ話しながら歩くのは違和感しか無いだろうから、ロジーとスノーと念話しながら黙って歩いていると、クラウスさん足取りがピタリと止まった。
「さぁ、着いたよ」
クラウスさんが立ち止まった先には観音開きの扉が。
この先はいよいよ王宮の厨房だ。
さてさて、どんな珍獣がいるのやら。緊張と少しの好奇心を胸に厨房への扉に手をかけた。
もう少し忙しい日々が続きそうです。
出来るだけ週一で更新できるように頑張りますね!




